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アーサーを自国に連れ去ったカイルは、彼に、騎士には不釣り合いなほど綺羅びやかで可愛らしい女性用の部屋を与え、あろうことかメイド服に着替えるよう命じた。
アーサーは一瞬、自分が女性であると露見したのかと身構えたが。
「まずは騎士である貴様に滑稽な格好をさせ、その自尊心をなぶって楽しむとしようか」
ニヤリと底意地悪く笑う様子を見るに、男であるアーサーを女のように扱い、屈辱を与えたいという意図が濃厚だった。
確かに、自分は女性らしくなど見えない。胸は平坦に固め、背も高い。鍛えられた痩身に女物のフリルを纏うなど、滑稽以外の何物でもないだろう。
アーサーは自嘲的に唇を端を上げると、「分かった」と短く返して部屋に入った。
与えられたメイド服を身に纏う。
魔法の国である隣国の衣類は、着用者の身体に合わせて勝手にサイズが調整された。ぴったりと肌に吸い付くような布地の感触に、アーサーは重い溜息をつく。
あの日、彼に喧嘩を売ったのは若気の至りであったと、今更後悔しても遅い。
全身鏡に映る自分は、皮肉なほどに似合っていなかった。
(……確かに、これは無様だ。彼の狙い通りだな)
「おい、まだか! さっさと出てこい」
苛立ったノックの音に促され、アーサーは部屋を出た。
着替えたアーサーを見下ろすカイルは、今やアーサーより十センチも背が高い。
「……ふん、つまらんな」
カイルは吐き捨てるように言った。何がつまらないのか。これほど滑稽なら、もっと腹を抱えて笑えばいいものを。
「お前はこれから俺の専属メイドだ。分かったら、さっそく茶の準備でもしてこい」
「私に茶の準備をさせて良いのか? 毒を仕込むかもしれんぞ」
「……すぐに気づく。無駄な真似はするな。もし毒を入れたら、その時は鞭打ちだ」
ハハッと尊大に笑い、カイルは執務室へと向かった。
その傲慢さは、もはや血筋によるものではない。彼自身が積み上げた実績に裏打ちされている。今のアーサーには、もう彼を突き放す言葉などなかった。
執務室に入った瞬間、カイルはドアに背を預けて胸を抑え、喉の奥で荒い息を吐き出した。
(なんだ、あの男は……。綺麗すぎるだろうが……ッ!)
出会った頃から女顔の優男だとは思っていた。だが、数年経って再会したアーサーは、あまりにも残酷なまでに美しく育っていた。
透き通るような肌に、影を落とす長い睫毛。ほんのり色付いた唇は柔らかそうで——。
(いやいや、相手は男だぞ! 落ち着け!)
騎士である彼に女装させ、その気高さを粉々に砕いてやるつもりだった。
首輪を嵌めて常に跪かせ、娼婦を抱かせて卑屈に歪ませてやりたい。その一心で、これまで死に物狂いで王としての力を蓄えてきたのだ。
それなのに、ここに来て「開けてはいけない扉」がこじ開けられそうになっている。
(……いや、いっそ俺が抱いて、アイツの何もかもをボロボロにしてやってもいいのか? 女の格好をさせて、同じ男に抱かれる。……アイツは、どんな顔をして泣くんだ?)
不埒な妄想に、心臓が爆ぜるほど高鳴る。
「お茶です」
「お、おい! ノックぐらいしろ! 『ご主人様』と呼べと言っただろう!」
妄想の中で組み敷いていた相手が、音もなく背後に立っていた。カイルは跳ね上がるように椅子から立ち上がる。
「ノックはしましたよ、ご主人様。お茶です」
「……どれ。カモミールか。俺の好みをよく分かっているな。偉いぞ、褒めてやろう」
「メイド長が教えてくれました。褒めるなら彼女を。私は掃除の手伝いをします」
「待て。お前は専属だと言っただろう。ここで俺の世話をしろ」
「世話、とは具体的に?」
「……肩でも揉め」
「承知しました」
椅子に座り、お茶を啜るカイルの肩に、アーサーの手が置かれた。
「結構、凝っていますね。……ちゃんとした施術師を呼んだ方が良いのではありませんか?」
「そんな暇はない」
カイルはアーサーに肩を揉ませたまま、執務机の書類にペンを走らせ始めた。
背後で、アーサーは少しだけ意外そうに目を細める。
(……結構、真面目にやってるんだな)
目の前で黙々と国務をこなすカイルの背中に、アーサーはかつての我儘王子の面影ではない、本物の「王」の重みを感じ、少しだけ感心するのだった。
アーサーは一瞬、自分が女性であると露見したのかと身構えたが。
「まずは騎士である貴様に滑稽な格好をさせ、その自尊心をなぶって楽しむとしようか」
ニヤリと底意地悪く笑う様子を見るに、男であるアーサーを女のように扱い、屈辱を与えたいという意図が濃厚だった。
確かに、自分は女性らしくなど見えない。胸は平坦に固め、背も高い。鍛えられた痩身に女物のフリルを纏うなど、滑稽以外の何物でもないだろう。
アーサーは自嘲的に唇を端を上げると、「分かった」と短く返して部屋に入った。
与えられたメイド服を身に纏う。
魔法の国である隣国の衣類は、着用者の身体に合わせて勝手にサイズが調整された。ぴったりと肌に吸い付くような布地の感触に、アーサーは重い溜息をつく。
あの日、彼に喧嘩を売ったのは若気の至りであったと、今更後悔しても遅い。
全身鏡に映る自分は、皮肉なほどに似合っていなかった。
(……確かに、これは無様だ。彼の狙い通りだな)
「おい、まだか! さっさと出てこい」
苛立ったノックの音に促され、アーサーは部屋を出た。
着替えたアーサーを見下ろすカイルは、今やアーサーより十センチも背が高い。
「……ふん、つまらんな」
カイルは吐き捨てるように言った。何がつまらないのか。これほど滑稽なら、もっと腹を抱えて笑えばいいものを。
「お前はこれから俺の専属メイドだ。分かったら、さっそく茶の準備でもしてこい」
「私に茶の準備をさせて良いのか? 毒を仕込むかもしれんぞ」
「……すぐに気づく。無駄な真似はするな。もし毒を入れたら、その時は鞭打ちだ」
ハハッと尊大に笑い、カイルは執務室へと向かった。
その傲慢さは、もはや血筋によるものではない。彼自身が積み上げた実績に裏打ちされている。今のアーサーには、もう彼を突き放す言葉などなかった。
執務室に入った瞬間、カイルはドアに背を預けて胸を抑え、喉の奥で荒い息を吐き出した。
(なんだ、あの男は……。綺麗すぎるだろうが……ッ!)
出会った頃から女顔の優男だとは思っていた。だが、数年経って再会したアーサーは、あまりにも残酷なまでに美しく育っていた。
透き通るような肌に、影を落とす長い睫毛。ほんのり色付いた唇は柔らかそうで——。
(いやいや、相手は男だぞ! 落ち着け!)
騎士である彼に女装させ、その気高さを粉々に砕いてやるつもりだった。
首輪を嵌めて常に跪かせ、娼婦を抱かせて卑屈に歪ませてやりたい。その一心で、これまで死に物狂いで王としての力を蓄えてきたのだ。
それなのに、ここに来て「開けてはいけない扉」がこじ開けられそうになっている。
(……いや、いっそ俺が抱いて、アイツの何もかもをボロボロにしてやってもいいのか? 女の格好をさせて、同じ男に抱かれる。……アイツは、どんな顔をして泣くんだ?)
不埒な妄想に、心臓が爆ぜるほど高鳴る。
「お茶です」
「お、おい! ノックぐらいしろ! 『ご主人様』と呼べと言っただろう!」
妄想の中で組み敷いていた相手が、音もなく背後に立っていた。カイルは跳ね上がるように椅子から立ち上がる。
「ノックはしましたよ、ご主人様。お茶です」
「……どれ。カモミールか。俺の好みをよく分かっているな。偉いぞ、褒めてやろう」
「メイド長が教えてくれました。褒めるなら彼女を。私は掃除の手伝いをします」
「待て。お前は専属だと言っただろう。ここで俺の世話をしろ」
「世話、とは具体的に?」
「……肩でも揉め」
「承知しました」
椅子に座り、お茶を啜るカイルの肩に、アーサーの手が置かれた。
「結構、凝っていますね。……ちゃんとした施術師を呼んだ方が良いのではありませんか?」
「そんな暇はない」
カイルはアーサーに肩を揉ませたまま、執務机の書類にペンを走らせ始めた。
背後で、アーサーは少しだけ意外そうに目を細める。
(……結構、真面目にやってるんだな)
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