覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜

甘塩ます☆

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 アーサーは惨めで、情けなくて、耐えられなかった。これほどまでに声を上げて泣きじゃくったのは、生まれて初めてのことだ。
 呆然と涙を流し続けるアーサーを、カイルは苛立ったように、けれど力強く抱き上げた。

「やめろ! 今度は何をする気だ!!」

 これ以上は、もう一刻も耐えられない。アーサーの精神は限界だった。無我夢中で暴れ、カイルの端正な頬を思い切り平手打ちする。乾いた音が室内に響き渡った。

「……っ、ってぇな。何もしねぇよ。興が冷めた、もう寝てろ」

 カイルは忌々しげに舌打ちし、剥き出しのモノをしまって身なりを整えた。そして、抵抗する気力さえ失い、ぐったりとしたアーサーを抱き上げたまま、彼のために用意した私室へと運ぶ。
 まるでお姫様が眠るような、豪奢な天蓋付きのベッドにアーサーを無造作に放り出した。

「今日はこの辺で勘弁してやる。だが、明日は覚悟しておくんだな。お前は俺の奴隷だ。一分一秒、忘れるんじゃないぞ」

 カイルは言い聞かせるように冷たく告げ、背を向けて部屋を出ていった。
 一人残されたアーサーは、あまりの急な幕引きに拍子抜けした。
 ——泣いたから、許してくれたのか?
 酷使した喉が痛み、思考が混濁する。極限の緊張から解放された反動で、泥のような眠気が襲ってきた。アーサーは濡れた睫毛を震わせたまま、深い眠りへと落ちていった。



 執務室に戻り、仕事の続きを始めたカイルだったが、一向に心は落ち着かなかった。
 あんなに泣きじゃくるなんて。あの不遜で気高かったアーサーが、俺の腕の中で。
 女物の部屋を与え、屈辱的なメイド服を着せ、男の象徴を喉の奥まで突き入れ、奉仕させた。騎士としての自尊心は、今や粉々に砕け散っているはずだ。
 だが、その蹂躙の光景を思い出すだけで、カイルの股間は再び抗いようのない熱を帯びてくる。

「……やはり、あいつは去勢して俺の『女』にしよう」

 あんなに美しいのだ。男として戦わせるなど宝の持ち腐れではないか。
 カイルはペンを置き、暗い悦びに浸りながら独りごちた。
 アーサーを完全に去勢し、女にしてしまえば——国務の傍ら、いつでもあの柔らかな唇を奪い、あの気高い精神を自分への依存だけで塗りつぶすことができる。

「お前に男としての機能など必要ない。俺がいれば、それでいいんだ……」

 カイルの瞳に宿るのは、もはやかつての少年のような反発心ではない。獲物を檻に入れ、自分好みに作り替えようとする「支配者」の冷酷な情欲だった。



「去勢して、手元に置く」

 そう決意したはずだった。そのための魔術道具や、術式の書かれた古書を無造作に机に広げ、カイルは深夜、吸い寄せられるようにアーサーの寝所へと足を向けた。
 静まり返った私室。天蓋のカーテンを乱暴に引き開けたカイルは、そこに横たわる姿を見て、一瞬、呼吸を忘れた。

「……っ」

 豪奢なフリルの枕に沈み、アーサーは死んだように眠っていた。
 泣き腫らした瞼は赤く、端正な顔立ちにはまだ涙の跡が乾かずに残っている。あれほど鋭かった眼光は閉じられ、微かな寝息を立てる唇は、先刻自分が無理やり蹂躙したせいで少しだけ腫ぼったい。
 カイルの手が、無意識にアーサーの頬へと伸びた。
 指先が触れた瞬間、その肌のあまりの柔らかさに指が震える。

(……壊したい。こいつの心をズタズタにして、俺なしでは生きていけない体に作り替えてやりたい)

 そう思っているのは、嘘ではない。
 だが、その一方で、胸の奥が焼けるように熱い。
 去勢術の術式を思い出そうとするたびに、あの日、自分を見下ろした「気高く強いアーサー」の幻影が脳裏をよぎる。

(……もし、こいつからその牙を抜いてしまったら。ただの「人形」になってしまったら、俺は満足するのか?) 

 カイルは唇を噛み締めた。
 自分が求めているのは、自分に跪き、絶望に濡れた瞳で自分を見つめ、それでもなお消えない火花を散らす「アーサー」なのだ。
 もしその魂を完全に壊してしまったら、自分の中に残るこの「渇き」は永遠に癒えないのではないか。

 カイルは、眠るアーサーの横に腰を下ろし、そっとその髪を撫でた。

「……何故だ、アーサー。何故お前は、男なんだ」

 もし、お前が最初から女であったなら。
 俺はこんな回りくどい復讐などせず、力ずくで奪って、王妃としてでも愛人としてでも、ただひたすらに愛し抜いてやれたのに。
 そうすれば、今この瞬間も、こんな苦しい感情に振り回される事も無かったのだ。

「……ん……っ」

 アーサーが苦しげに身じろぎをし、カイルの服の裾を無意識に掴んだ。
 縋るようなその仕草に、カイルの理性が音を立てて崩れそうになる。
 憎んでいる。殺したいほど、憎んでいる。
 けれど——今すぐこの男を抱き寄せ、その涙を舌で掬い取り、「怖がるな」と耳元で囁いてやりたい自分も、確かにそこにいた。

「卑怯だぞ、お前……。どこまで俺を狂わせる」

 カイルは自嘲気味に笑うと、アーサーの手をそっとほどき、逃げるように部屋を後にした。
 扉の向こう側で、彼は誰にも見せられないほど酷く歪んだ、悲しげな顔をしていた。
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