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23話
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アルベールが王城へと向かっている間、リラは薬屋で眠る冒険者の手当てを続けていた。
強い瘴気の影響とモンスターの攻撃を受けた彼の傷は、リラの浄化能力と薬を用いても完治させるのに時間がかかる。
リラは彼のそばに付き添い、疲労から来る悪夢にうなされるたびに、そっと手を握って安心させた。
しばらくして、二人の男が客を装って店を訪れた。一人は商人風の男、もう一人は厳つい顔の用心棒だ。
「おや、この森に、薬屋があるとは…」
商人風の男は、店を物珍しそうに見回すと、リラに話しかけてきた。
「娘さん、お一人かね? 護衛の騎士はいないのかい?」
男の不自然な問いに、リラは一瞬戸惑った。
しかし、すぐに「アルなら、用事があって、今はお留守だよ」と答える。
「そうなのかい。困ったねぇ。道に迷ってしまって、お嬢さん、道を案内してくれないだろうか?」
「わかった、何処に行きたいの?」
「この森に、綺麗な泉が湧いていると聞いてね。どうしても見てみたいんだ」
「私は手が離せないから、狼に送るね」
「どうしても、お嬢さんが良いんだよ。その男の看病なら私の連れがするからさ」
リラは、男の言葉に違和感を覚えた。
薬を求めるのではなく、しつこく道案内をさせようとしてくる。
その不審な様子に、リラは警戒心を抱いた。
「うちは薬屋であって、案内所では無いの。狼が嫌なら自力で行ってよ。地図を書いてあげるから」
「お願いだよお嬢さん」
男はリラの言葉を聞かず、腕を掴んでくる。
「やめて! 離して!!」
抵抗するリラ。
その時、店の扉が勢いよく開けられた。
血相を変えたアルベールが、息を切らしながら店に飛び込んでくる。
「リラ、大丈夫か!」
アルベールのただならぬ様子に、商人風の男は顔色を変えた。
アルベールは男たちを一瞥し、すぐに彼らが国王の密偵であることを察した。
「失せろ」
アルベールの冷たい声と、剣の柄に置かれた手に、男たちは恐怖に怯む。
彼らは何も言えず、慌てて店を飛び出していった。
「アル! どうしたの!? その痕」
リラは、アルベールの焦燥した表情と、いつもと違う剣呑な雰囲気に、不安を募らせる。
そして首元にできた青あざが見えた。
アルベールは、リラを抱きしめ、深く息を吐いた。
「大丈夫です、リラ。私は無事です。…ですが、国王陛下は、あなたのことも…」
アルベールは、国王が自分を狙っていること、そして、彼がリラを始末しようとしていることを、慎重に、しかし隠すことなく伝えた。
リラは、その衝撃的な事実に、言葉を失う。
「国王は、アルを? 私を始末しようとしてる?」
「はい。私は、国王を説得することは出来ませんでした。国王は、瘴気や魔王のことなど、何も聞いていなかった…いえ、聞こうとしませんでした。リラ、もう国を頼ることはできません」
アルベールの言葉は、重く、そして真剣だった。
リラは、アルベールの話を聞き、改めて、アルベールが置かれている状況の危険さを痛感する。
やっぱり、行かせるのではなかった。
「すみません。陛下は、私を姫が誑かしたと思っています。私を取り戻す為に姫を始末すると言うのです。私のせいで姫が危険な目に…」
アルベールは狼狽えている。
リラはアルベールの首元の痣を癒やす為の薬を持って来た。
優しく塗って包帯を巻く。
鬱血した痣は痕も残らず消えるだろう。
しかし、アルベールの心の傷は消えることはない。
リラは国王に言いしれぬ怒りを覚える。
「私が姫を危険に晒してしまっている以上、姫の側に私は居るべきでは無いと思います」
「何を言っているの?」
アルベールはまた私から離れようとするの?
リラは思わずアルベールの肩を強く掴んだ。
「ですが、私はもう、姫の側を離れられません。姫、申し訳ありません。私のわがままです」
アルベールは跪いて涙を落とした。
リラはアルベールの肩に手を置いて、ハンカチを差し出す。
「良い判断ね。アルは私の騎士なんだから、勝手に居なくなるのは許さないよ。私だって、アルの側を離れられないから」
リラは、アルベールを抱きしめる。
そして彼の瞳をまっすぐに見つめた。
アルベールは、その力強い眼差しに、再び希望を見出すのだった。
「申し訳有りません国王陛下」
「リラ姫を連れ出すことに失敗しました」
アルベールに睨まれ逃げ帰った二人の男は国王に土下座していた。
「使えん。お前は下働きに降格処分にする」
チッと舌打ちし、冷たく言い放つ国王。
あの女め。
顔の作りや、体つきは姫に良く似ているが、あの癖の強い赤茶色の髪に、濁ったドブ色の瞳は先の国王である兄上にソックリだ。
人の物を奪うのが好きな男だった。
姫は兄に初めてを無理やり奪われたのだ、それも群衆の眼の前で。
奪った小国の民を姫を使って言う事を聞かせる為に敢えてそうした。
俺にも見せつけるように……
許せない。
姫の絶望に満ちた表情と、涙、苦痛に歪んだ表情、全てが頭に焼き付いて離れないのだ。
あの女にも、同じ思いをさせてやる。
国王は歪んだ復讐心に心を燃やすのだった。
強い瘴気の影響とモンスターの攻撃を受けた彼の傷は、リラの浄化能力と薬を用いても完治させるのに時間がかかる。
リラは彼のそばに付き添い、疲労から来る悪夢にうなされるたびに、そっと手を握って安心させた。
しばらくして、二人の男が客を装って店を訪れた。一人は商人風の男、もう一人は厳つい顔の用心棒だ。
「おや、この森に、薬屋があるとは…」
商人風の男は、店を物珍しそうに見回すと、リラに話しかけてきた。
「娘さん、お一人かね? 護衛の騎士はいないのかい?」
男の不自然な問いに、リラは一瞬戸惑った。
しかし、すぐに「アルなら、用事があって、今はお留守だよ」と答える。
「そうなのかい。困ったねぇ。道に迷ってしまって、お嬢さん、道を案内してくれないだろうか?」
「わかった、何処に行きたいの?」
「この森に、綺麗な泉が湧いていると聞いてね。どうしても見てみたいんだ」
「私は手が離せないから、狼に送るね」
「どうしても、お嬢さんが良いんだよ。その男の看病なら私の連れがするからさ」
リラは、男の言葉に違和感を覚えた。
薬を求めるのではなく、しつこく道案内をさせようとしてくる。
その不審な様子に、リラは警戒心を抱いた。
「うちは薬屋であって、案内所では無いの。狼が嫌なら自力で行ってよ。地図を書いてあげるから」
「お願いだよお嬢さん」
男はリラの言葉を聞かず、腕を掴んでくる。
「やめて! 離して!!」
抵抗するリラ。
その時、店の扉が勢いよく開けられた。
血相を変えたアルベールが、息を切らしながら店に飛び込んでくる。
「リラ、大丈夫か!」
アルベールのただならぬ様子に、商人風の男は顔色を変えた。
アルベールは男たちを一瞥し、すぐに彼らが国王の密偵であることを察した。
「失せろ」
アルベールの冷たい声と、剣の柄に置かれた手に、男たちは恐怖に怯む。
彼らは何も言えず、慌てて店を飛び出していった。
「アル! どうしたの!? その痕」
リラは、アルベールの焦燥した表情と、いつもと違う剣呑な雰囲気に、不安を募らせる。
そして首元にできた青あざが見えた。
アルベールは、リラを抱きしめ、深く息を吐いた。
「大丈夫です、リラ。私は無事です。…ですが、国王陛下は、あなたのことも…」
アルベールは、国王が自分を狙っていること、そして、彼がリラを始末しようとしていることを、慎重に、しかし隠すことなく伝えた。
リラは、その衝撃的な事実に、言葉を失う。
「国王は、アルを? 私を始末しようとしてる?」
「はい。私は、国王を説得することは出来ませんでした。国王は、瘴気や魔王のことなど、何も聞いていなかった…いえ、聞こうとしませんでした。リラ、もう国を頼ることはできません」
アルベールの言葉は、重く、そして真剣だった。
リラは、アルベールの話を聞き、改めて、アルベールが置かれている状況の危険さを痛感する。
やっぱり、行かせるのではなかった。
「すみません。陛下は、私を姫が誑かしたと思っています。私を取り戻す為に姫を始末すると言うのです。私のせいで姫が危険な目に…」
アルベールは狼狽えている。
リラはアルベールの首元の痣を癒やす為の薬を持って来た。
優しく塗って包帯を巻く。
鬱血した痣は痕も残らず消えるだろう。
しかし、アルベールの心の傷は消えることはない。
リラは国王に言いしれぬ怒りを覚える。
「私が姫を危険に晒してしまっている以上、姫の側に私は居るべきでは無いと思います」
「何を言っているの?」
アルベールはまた私から離れようとするの?
リラは思わずアルベールの肩を強く掴んだ。
「ですが、私はもう、姫の側を離れられません。姫、申し訳ありません。私のわがままです」
アルベールは跪いて涙を落とした。
リラはアルベールの肩に手を置いて、ハンカチを差し出す。
「良い判断ね。アルは私の騎士なんだから、勝手に居なくなるのは許さないよ。私だって、アルの側を離れられないから」
リラは、アルベールを抱きしめる。
そして彼の瞳をまっすぐに見つめた。
アルベールは、その力強い眼差しに、再び希望を見出すのだった。
「申し訳有りません国王陛下」
「リラ姫を連れ出すことに失敗しました」
アルベールに睨まれ逃げ帰った二人の男は国王に土下座していた。
「使えん。お前は下働きに降格処分にする」
チッと舌打ちし、冷たく言い放つ国王。
あの女め。
顔の作りや、体つきは姫に良く似ているが、あの癖の強い赤茶色の髪に、濁ったドブ色の瞳は先の国王である兄上にソックリだ。
人の物を奪うのが好きな男だった。
姫は兄に初めてを無理やり奪われたのだ、それも群衆の眼の前で。
奪った小国の民を姫を使って言う事を聞かせる為に敢えてそうした。
俺にも見せつけるように……
許せない。
姫の絶望に満ちた表情と、涙、苦痛に歪んだ表情、全てが頭に焼き付いて離れないのだ。
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