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部屋に通されたユナは、何度見てもお姫様のようなその設えに溜息をつく。自分には到底勿体ない部屋だ。
下女に促されるままネグリジェに着替え、ベッドに横たわった。あまりにふかふかな感触は、固いゴザの寝床に慣れたユナの体には違和感しかない。今夜は眠れないかもしれない――そんな不安が胸をよぎる。
「お嬢様、先ほどは本当にありがとうございました。リサはこの御恩を終生忘れず、お嬢様に尽くすことを誓います。私は何があっても、お嬢様のために動きます」
下女は『リサ』と名乗り、深々と頭を下げた。黒髪をお下げにし、知的な眼鏡をかけた彼女は、背が高く凛とした美人だった。
「リサさん、こちらこそありがとう。何も知らない場所で緊張しているの。いろいろ教えてね」
ユナは新しい友達ができたようで、素直に嬉しかった。
「私はお嬢様の下僕です。なにかあれば、なんなりとご命令ください」
しかし、リサは跪いてそう告げると、すぐに部屋を辞してしまった。
「下僕だなんて……。友達になりたかったのに」
ユナは残念な気持ちになりながら、寂しくベッドの毛布に潜り込んだ。
「ああ、可愛いね、ユナ。ネグリジェ姿がとっても似合うよ。……早くその身体も、僕のものにしたいな」
隣の薄暗い寝室で、エルは熱に浮かされたような荒い息を吐いていた。
彼は自室から透視魔法を使い、ユナの様子を観察していたのだ。
エルがユナを見かけたのは、もう数年も前のことだ。
偶然、あの草原のあの場所を通りかかったのが始まりだった。
あの草原は冒険者を目指す者が手始めに向かう人気のポイントだ。幼い頃から並外れた魔力を持っていたエルにとって、草原のモンスターなど遊び相手にもならなかったが、王子の身分ゆえに護衛に縛られ、その範囲内でしか動けなかった。
そこで彼女を見た。同じ草原と言ってもかなりの広大さで、彼女を見つけたのは奇跡と言っても過言ではない。運命的なものだった。
いつもボロボロの服を着て、けれど当時はまだ、太陽のように明るかった少女。
彼女が薬草を摘んだり、日向で本を読んだりする姿を眺めるのが、いつしかエルの日課になっていた。
彼女の家庭環境は悲惨だった。
飲んだくれの父と、弱気な母。守ってくれる者は誰もいない。それなのに彼女は献身的に家計を支え、絶望の中で健気に生きていた。
次第に彼女から笑顔が消えていくのを見て、エルは何度も救い出そうと手を伸ばしかけた。
それでも我慢したのは、『金』という無機質なもので彼女を縛りたくなかったからだ。学園で運命的に出会い、恋に落ちる――彼女が好む物語のような、ロマンチックな演出を用意したかった。
「惜しかったなぁ。春まで、あと少しだったのに」
今日のあの状況は、どうしても我慢ができなかった。
だが、まあいい。こうして囲ってしまえば、余計な虫がつく心配もない。彼女は今、僕の支配下にあるのだから。
「ユナ、もう逃げられないよ。僕からね」
エルの視線は、獲物をじっくりと追い詰める猛禽のような鋭さを孕んでいた。
下女に促されるままネグリジェに着替え、ベッドに横たわった。あまりにふかふかな感触は、固いゴザの寝床に慣れたユナの体には違和感しかない。今夜は眠れないかもしれない――そんな不安が胸をよぎる。
「お嬢様、先ほどは本当にありがとうございました。リサはこの御恩を終生忘れず、お嬢様に尽くすことを誓います。私は何があっても、お嬢様のために動きます」
下女は『リサ』と名乗り、深々と頭を下げた。黒髪をお下げにし、知的な眼鏡をかけた彼女は、背が高く凛とした美人だった。
「リサさん、こちらこそありがとう。何も知らない場所で緊張しているの。いろいろ教えてね」
ユナは新しい友達ができたようで、素直に嬉しかった。
「私はお嬢様の下僕です。なにかあれば、なんなりとご命令ください」
しかし、リサは跪いてそう告げると、すぐに部屋を辞してしまった。
「下僕だなんて……。友達になりたかったのに」
ユナは残念な気持ちになりながら、寂しくベッドの毛布に潜り込んだ。
「ああ、可愛いね、ユナ。ネグリジェ姿がとっても似合うよ。……早くその身体も、僕のものにしたいな」
隣の薄暗い寝室で、エルは熱に浮かされたような荒い息を吐いていた。
彼は自室から透視魔法を使い、ユナの様子を観察していたのだ。
エルがユナを見かけたのは、もう数年も前のことだ。
偶然、あの草原のあの場所を通りかかったのが始まりだった。
あの草原は冒険者を目指す者が手始めに向かう人気のポイントだ。幼い頃から並外れた魔力を持っていたエルにとって、草原のモンスターなど遊び相手にもならなかったが、王子の身分ゆえに護衛に縛られ、その範囲内でしか動けなかった。
そこで彼女を見た。同じ草原と言ってもかなりの広大さで、彼女を見つけたのは奇跡と言っても過言ではない。運命的なものだった。
いつもボロボロの服を着て、けれど当時はまだ、太陽のように明るかった少女。
彼女が薬草を摘んだり、日向で本を読んだりする姿を眺めるのが、いつしかエルの日課になっていた。
彼女の家庭環境は悲惨だった。
飲んだくれの父と、弱気な母。守ってくれる者は誰もいない。それなのに彼女は献身的に家計を支え、絶望の中で健気に生きていた。
次第に彼女から笑顔が消えていくのを見て、エルは何度も救い出そうと手を伸ばしかけた。
それでも我慢したのは、『金』という無機質なもので彼女を縛りたくなかったからだ。学園で運命的に出会い、恋に落ちる――彼女が好む物語のような、ロマンチックな演出を用意したかった。
「惜しかったなぁ。春まで、あと少しだったのに」
今日のあの状況は、どうしても我慢ができなかった。
だが、まあいい。こうして囲ってしまえば、余計な虫がつく心配もない。彼女は今、僕の支配下にあるのだから。
「ユナ、もう逃げられないよ。僕からね」
エルの視線は、獲物をじっくりと追い詰める猛禽のような鋭さを孕んでいた。
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