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翌朝、ユナを待っていたのは、山のようなドレスと宝石、そして一人の老婦人だった。
「今日から教育係を務めます、マダム・ローランです。殿下が金貨三十枚もお払いになったと聞き、どれほどの宝石かと思えば……ずいぶん、くすんだ石ですこと」
マダムはユナの荒れた指先を扇子でぴしゃりと弾いた。
リサが隣でピクリと眉を動かしたが、ユナは平然としていた。村で父に殴られることに比べれば、扇子で叩かれるなど羽で撫でられるようなものだ。
「マダム。彼女は紛れもない『宝石』だよ。今はまだ『原石』だけれどね。僕が大切に磨いている最中なんだから、あまり苛めないでくれるかな」
どこからともなく現れたエルが、ユナの肩を抱き寄せた。その手は優しく、けれどユナの自由を奪うようにしっかりと固定されている。
「殿下、甘やかしては学園で恥をかきます。まずは基礎の座学と、どれほどの調合技術があるのかを確かめねば」
「分かっているよ。……さあユナ、あちらの部屋へ。君の好きな『仕事』の時間だ」
案内されたのは、エルがユナのために用意した秘密の調合室だった。見たこともないほど豊富な薬草と、最新の調合器具。ユナは今が厳しい教育の時間であることを忘れ、瞳を輝かせる。思わず伸ばした手を、再びマダムの扇子がたしなめた。
「全く、落ち着きがありませんよユナ。淑女には程遠い振る舞いです。減点ですね」
マダムは厳しく言いながら、数種類の乾燥薬草を吟味して差し出した。
「これは……」
「おまけで、指示書を見る許可を与えましょう」
マダムは厳しい表情のまま、古びた調合書を押し付ける。
「喉の痛みを和らげる一般的な薬です。簡単ですよ、三十分以内に完成させなさい」
ユナは無言で薬草を見つめ、その中からいくつかの種類を弾き出した。
「これは使いません」
「何を言っているのです?」
マダムは呆れた声を出す。それでは作用が足りない。そもそも与えた指南書すら見ようとしない。「やはり学のない娘ね」と匙を投げそうになったが、ユナはマダムの様子を気にする風もなく、手際よく作業を始めた。鼻歌まじりのユナは、本当に楽しそうだ。
「ああ、貴重な薬草を無駄に……」
マダムが声を上げようとしたが、エルがそれを手で制した。
ユナは指先から、ほんのわずかな「光」を薬草に流し込む。それは彼女が村で母のために薬を作るとき、無意識にやっていたことだった。
わずか十分後。ボウルの中には、真珠のように輝く翡翠色の液体が出来上がっていた。マダムは目を見開いて絶句する。
「……馬鹿な。これは王宮の筆頭魔導師が作るものより純度が高いわ。どうやって……どんな魔法を使ったのですか!?」
「魔法? 私、使っていましたか? ただ、頭に浮かんだレシピ通りに作っただけですけれど……」
不思議そうに首を傾げるユナを、エルが背後から包み込むように抱きしめた。
「素晴らしいよ、ユナ。僕が思った以上の宝石だ。君は、薬にも毒にもなるね」
エルの吐息が耳元にかかり、ユナの背筋に冷たいものが走る。
「殿下、近すぎます」
「いいじゃないか。……マダム、彼女の才能は証明されたね。社交の礼儀作法はリサに任せる。君はもう、ここへ来なくていいよ」
エルは冷徹にマダムを解雇し、怯える老婦人をリサに命じて外へ連れ出させた。部屋には、エルとユナの二人きりになる。
「ユナ、君のその力は、誰にも見せてはいけないよ。学園でも、僕の前以外では『普通の薬』を作りなさい」
「……どうしてですか? 良い薬なら、たくさんの人に分けたほうがいいのでは……それに私、普通の薬の作り方なんて解らない」
独学で独自の方法を編み出したユナには、今さら非効率な「普通の作り方」を覚えるほうがはるかに難しく、無理難題に感じられた。薬草が勿体ない。そんな無駄遣い、したくはなかった。
しかし、エルの瞳が、一瞬だけ濁った暗い色に染まる。
「駄目だよ。そんなことをしたら、みんなが君を欲しがる。僕は、君を誰にも渡したくない。君は学園で僕の婚約者を演じるんだ。僕だけのものじゃないと、困るんだよ」
エルはユナの細い首筋に指を這わせ、まるで自分の所有物であることを示す刻印を刻むように、強く押し当てた。
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな。……ユナ、君は僕の世界そのものなんだ」
ユナは、手の中にある翡翠色の薬を見つめた。
喉の痛みを治すはずのその薬が、今の彼女には、自分を繋ぎ止める鎖の音を響かせているような気がしてならなかった。
「今日から教育係を務めます、マダム・ローランです。殿下が金貨三十枚もお払いになったと聞き、どれほどの宝石かと思えば……ずいぶん、くすんだ石ですこと」
マダムはユナの荒れた指先を扇子でぴしゃりと弾いた。
リサが隣でピクリと眉を動かしたが、ユナは平然としていた。村で父に殴られることに比べれば、扇子で叩かれるなど羽で撫でられるようなものだ。
「マダム。彼女は紛れもない『宝石』だよ。今はまだ『原石』だけれどね。僕が大切に磨いている最中なんだから、あまり苛めないでくれるかな」
どこからともなく現れたエルが、ユナの肩を抱き寄せた。その手は優しく、けれどユナの自由を奪うようにしっかりと固定されている。
「殿下、甘やかしては学園で恥をかきます。まずは基礎の座学と、どれほどの調合技術があるのかを確かめねば」
「分かっているよ。……さあユナ、あちらの部屋へ。君の好きな『仕事』の時間だ」
案内されたのは、エルがユナのために用意した秘密の調合室だった。見たこともないほど豊富な薬草と、最新の調合器具。ユナは今が厳しい教育の時間であることを忘れ、瞳を輝かせる。思わず伸ばした手を、再びマダムの扇子がたしなめた。
「全く、落ち着きがありませんよユナ。淑女には程遠い振る舞いです。減点ですね」
マダムは厳しく言いながら、数種類の乾燥薬草を吟味して差し出した。
「これは……」
「おまけで、指示書を見る許可を与えましょう」
マダムは厳しい表情のまま、古びた調合書を押し付ける。
「喉の痛みを和らげる一般的な薬です。簡単ですよ、三十分以内に完成させなさい」
ユナは無言で薬草を見つめ、その中からいくつかの種類を弾き出した。
「これは使いません」
「何を言っているのです?」
マダムは呆れた声を出す。それでは作用が足りない。そもそも与えた指南書すら見ようとしない。「やはり学のない娘ね」と匙を投げそうになったが、ユナはマダムの様子を気にする風もなく、手際よく作業を始めた。鼻歌まじりのユナは、本当に楽しそうだ。
「ああ、貴重な薬草を無駄に……」
マダムが声を上げようとしたが、エルがそれを手で制した。
ユナは指先から、ほんのわずかな「光」を薬草に流し込む。それは彼女が村で母のために薬を作るとき、無意識にやっていたことだった。
わずか十分後。ボウルの中には、真珠のように輝く翡翠色の液体が出来上がっていた。マダムは目を見開いて絶句する。
「……馬鹿な。これは王宮の筆頭魔導師が作るものより純度が高いわ。どうやって……どんな魔法を使ったのですか!?」
「魔法? 私、使っていましたか? ただ、頭に浮かんだレシピ通りに作っただけですけれど……」
不思議そうに首を傾げるユナを、エルが背後から包み込むように抱きしめた。
「素晴らしいよ、ユナ。僕が思った以上の宝石だ。君は、薬にも毒にもなるね」
エルの吐息が耳元にかかり、ユナの背筋に冷たいものが走る。
「殿下、近すぎます」
「いいじゃないか。……マダム、彼女の才能は証明されたね。社交の礼儀作法はリサに任せる。君はもう、ここへ来なくていいよ」
エルは冷徹にマダムを解雇し、怯える老婦人をリサに命じて外へ連れ出させた。部屋には、エルとユナの二人きりになる。
「ユナ、君のその力は、誰にも見せてはいけないよ。学園でも、僕の前以外では『普通の薬』を作りなさい」
「……どうしてですか? 良い薬なら、たくさんの人に分けたほうがいいのでは……それに私、普通の薬の作り方なんて解らない」
独学で独自の方法を編み出したユナには、今さら非効率な「普通の作り方」を覚えるほうがはるかに難しく、無理難題に感じられた。薬草が勿体ない。そんな無駄遣い、したくはなかった。
しかし、エルの瞳が、一瞬だけ濁った暗い色に染まる。
「駄目だよ。そんなことをしたら、みんなが君を欲しがる。僕は、君を誰にも渡したくない。君は学園で僕の婚約者を演じるんだ。僕だけのものじゃないと、困るんだよ」
エルはユナの細い首筋に指を這わせ、まるで自分の所有物であることを示す刻印を刻むように、強く押し当てた。
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな。……ユナ、君は僕の世界そのものなんだ」
ユナは、手の中にある翡翠色の薬を見つめた。
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