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抜刀したエルの殺気は、訓練場でのそれとは比較にならないほど鋭かった。その背後で得物を構えるリサの瞳も、いつになく真剣だ。
「リサ、僕に殺気を向けるとは無礼だね。死刑にするよ」
「ここは死角。私が今ここで貴方の息の根を止めても、誰にもバレないということですよ、王子。私が王子を死刑にします」
リサはエルの数々の暴挙に業腹であった。ユナへの執着を目の当たりにし、もはや我慢の限界だったのである。
二人の圧倒的な武力がバチバチと火花を散らす中、教授は動じることなく眼鏡を指先で押し上げた。
「……おやおや、怖いねぇ。これではまるで、美しい小鳥を籠に閉じ込めて、覗き込む者すべてを噛み殺そうとする猛獣のようだよ」
そう、エルを揶揄する。
「黙れ。ユナは僕のものだ。その目に彼女の価値を映したこと自体、万死に値する」
エルの剣先が教授の喉元へ数ミリまで迫る。その隙を突き、リサの攻撃がエルの後頭部を撃ち抜こうとした――その時だった。
「――いい加減にしてください」
低く、けれど温室全体に響き渡る声。
エルと教授、そしてリサが視線を向けた先には、震える拳を握りしめたユナが立っていた。
「……ユナ?」
「足元を見て。貴方たちが殺気を出すせいで、せっかく咲いた百合が枯れかけているわ。リサも、武器を仕舞って」
ユナが指差す先では、銀色の粒子を振りまいていた『星降る百合』が、どす黒い殺気に当てられ、しおれ始めていた。植物の痛みは、ユナ自身の痛みと同じだ。
「この場所は、私がエル様からもらった場所です。もう、私の場所なの! 戦うなら外でやって。……それ以上一歩でも動いたら、もう二度とエル様とはお話ししません! ――リサとも!!」
決定的な拒絶。エルの顔から血の気が引き、剣がカランと音を立てて床に落ちた。リサも即座に得物を隠し、天井の闇へと消える。
「……済まない、ユナ。君を不安にさせるつもりは……」
ユナを本気で怒らせてしまった事に、エルはどうしたら良いか分からずにオロオロしてしまう。縋り付こうと歩み寄った。
「今すぐその剣を拾って、外に出てください。私は教授とお話しします」
ユナの有無を言わさぬ態度は拒絶である。エルは絶望に満ちた表情で温室から追い出された。扉の外では、付き従う騎士たちが「殿下が追い出された……!?」と戦慄している。
温室に静寂が戻ると、教授は感心したように溜息をついた。
「驚いたね。あの『狂犬』を言葉一つで黙らせるとは。ユナさん、君こそがこの学園で最も恐ろしい存在かもしれない」
「教授こそ、エル様を停学させると脅して黙らせたでしょう?」
ユナがニコリと微笑むと、教授は姿勢を正した。
「ユナ、単刀直入に言おう。私はこの国の魔導諮問官も兼任している。……君のその『植物を再生させる魔力』は、枯死しつつあるこの国の聖樹を救うことができるかもしれない」
その言葉は重かった。エルが彼女を「無能」として隠そうとしたのは、彼女が国家レベルの「宝」である可能性を知っていたからだ。もし公になれば、一王子の婚約者どころか、国に管理される「巫女」として幽閉されることになるかもしれないのだ。
「君をエルフレードくんの独占欲から救い出し、正式な『聖樹守護職』として迎えたい。どうかな? 私が全力で君を保護しよう」
ユナは窓の外を見た。温室の影から、こちらを盗み見ているエルの執拗な視線を感じる。エルの「甘い檻」か、それとも国家という名の「巨大な檻」か。
「……私の答えは決まっています」
ユナが口を開こうとしたその時、温室の入り口からエルの私兵たちを跪かせ、新たな人物が入ってきた。
「教授。私の弟の婚約者に、勝手な勧誘をされては困りますね」
現れたのは、エルによく似た容姿ながら、より冷徹で完成された威厳を纏う男。
この国の第一王子、ヴィクトールであった。
「リサ、僕に殺気を向けるとは無礼だね。死刑にするよ」
「ここは死角。私が今ここで貴方の息の根を止めても、誰にもバレないということですよ、王子。私が王子を死刑にします」
リサはエルの数々の暴挙に業腹であった。ユナへの執着を目の当たりにし、もはや我慢の限界だったのである。
二人の圧倒的な武力がバチバチと火花を散らす中、教授は動じることなく眼鏡を指先で押し上げた。
「……おやおや、怖いねぇ。これではまるで、美しい小鳥を籠に閉じ込めて、覗き込む者すべてを噛み殺そうとする猛獣のようだよ」
そう、エルを揶揄する。
「黙れ。ユナは僕のものだ。その目に彼女の価値を映したこと自体、万死に値する」
エルの剣先が教授の喉元へ数ミリまで迫る。その隙を突き、リサの攻撃がエルの後頭部を撃ち抜こうとした――その時だった。
「――いい加減にしてください」
低く、けれど温室全体に響き渡る声。
エルと教授、そしてリサが視線を向けた先には、震える拳を握りしめたユナが立っていた。
「……ユナ?」
「足元を見て。貴方たちが殺気を出すせいで、せっかく咲いた百合が枯れかけているわ。リサも、武器を仕舞って」
ユナが指差す先では、銀色の粒子を振りまいていた『星降る百合』が、どす黒い殺気に当てられ、しおれ始めていた。植物の痛みは、ユナ自身の痛みと同じだ。
「この場所は、私がエル様からもらった場所です。もう、私の場所なの! 戦うなら外でやって。……それ以上一歩でも動いたら、もう二度とエル様とはお話ししません! ――リサとも!!」
決定的な拒絶。エルの顔から血の気が引き、剣がカランと音を立てて床に落ちた。リサも即座に得物を隠し、天井の闇へと消える。
「……済まない、ユナ。君を不安にさせるつもりは……」
ユナを本気で怒らせてしまった事に、エルはどうしたら良いか分からずにオロオロしてしまう。縋り付こうと歩み寄った。
「今すぐその剣を拾って、外に出てください。私は教授とお話しします」
ユナの有無を言わさぬ態度は拒絶である。エルは絶望に満ちた表情で温室から追い出された。扉の外では、付き従う騎士たちが「殿下が追い出された……!?」と戦慄している。
温室に静寂が戻ると、教授は感心したように溜息をついた。
「驚いたね。あの『狂犬』を言葉一つで黙らせるとは。ユナさん、君こそがこの学園で最も恐ろしい存在かもしれない」
「教授こそ、エル様を停学させると脅して黙らせたでしょう?」
ユナがニコリと微笑むと、教授は姿勢を正した。
「ユナ、単刀直入に言おう。私はこの国の魔導諮問官も兼任している。……君のその『植物を再生させる魔力』は、枯死しつつあるこの国の聖樹を救うことができるかもしれない」
その言葉は重かった。エルが彼女を「無能」として隠そうとしたのは、彼女が国家レベルの「宝」である可能性を知っていたからだ。もし公になれば、一王子の婚約者どころか、国に管理される「巫女」として幽閉されることになるかもしれないのだ。
「君をエルフレードくんの独占欲から救い出し、正式な『聖樹守護職』として迎えたい。どうかな? 私が全力で君を保護しよう」
ユナは窓の外を見た。温室の影から、こちらを盗み見ているエルの執拗な視線を感じる。エルの「甘い檻」か、それとも国家という名の「巨大な檻」か。
「……私の答えは決まっています」
ユナが口を開こうとしたその時、温室の入り口からエルの私兵たちを跪かせ、新たな人物が入ってきた。
「教授。私の弟の婚約者に、勝手な勧誘をされては困りますね」
現れたのは、エルによく似た容姿ながら、より冷徹で完成された威厳を纏う男。
この国の第一王子、ヴィクトールであった。
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