大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―

甘塩ます☆

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 温室の入り口に立つ第一王子ヴィクトール。彼が纏う空気は、エルのような荒々しい殺気ではなく、すべてを平伏させる圧倒的な「王の威厳」だった。

「兄上……。何をしにここへ? ここは僕が管理を任された場所です。兄上の管轄ではないはずですが……」

 エルは兄と派閥を争うわけにはいかず、下手に出る。実際、エルは安寧を愛し、野心を持たず、本当に平和を望んでいた。

「エル、全く困った弟だね。お前がこの娘を『無能』として囲い込み、私兵まで動かして隠匿していたことは知っているよ。お前は実力があるのに私に気を使って裏方に回りたがるし、物欲もなかった。だから、その娘を欲しがった時は何でもしてあげようと思ったんだ。……けれど、そういうわけにはいかなくなったね」

 ヴィクトールはエルに申し訳なさそうな表情を見せると、ユナに歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。

「……ユナ・フェリシア。教授から報告を受けた。我が国の象徴である『聖樹』を蘇らせる力、それが真実ならば、お前をこのような場所で腐らせておくわけにはいかない」

 差し出された手は、有無を言わせぬ圧力をユナに感じさせた。

「彼女を連れて行くつもりですか、兄上!? ユナを僕の婚約者にすることを認めてくださったのに……」

 エルは今にも泣き出しそうな表情で兄を見つめていた。

「エル、すまないね。彼女がただの天才ならまだ良かったが、『聖樹』を蘇らせる力があるとなれば話は別だ。エル、お前の『愛』とやらは、国家の存亡よりも重いのかい?」

 ヴィクトールの問いに、エルは言葉を詰まらせ、眉間に深いシワを寄せた。それは兄との決別か、ユナの放棄かを迫る非情な宣告だった。



 天井裏に潜んでいたリサが、音もなくユナの背後に降り立った。

「お嬢様。第一王子の背後には、王宮直属の魔導師団が控えています。今のエル様では、彼らすべてを相手にするのは無理でしょう」

 リサの声は冷静だった。事態が一王子の独占欲で解決できる段階を超えたことを、彼女は正しく理解していた。

「ユナ、私と来てくれるね」

 ヴィクトールが、白手袋を嵌めた手をもう一度差し出す。

「王宮へ来れば、最高の環境と身分を約束しよう。お前を『没落令嬢』という偽りの泥にまみれさせた弟の檻から、救い出してあげるよ」

 口元は微笑んでいるが、ヴィクトールの瞳はエルに似て、猛禽のように標的を見定めている。ユナは(本当にそっくりな兄弟ね)と、どこか他人事のように考えていた。 

「……駄目だ!」

 エルが叫んだ。彼はなりふり構わずヴィクトールの手を弾き飛ばし、ユナを背後から抱きしめた。昨夜の悪夢のせいか、その腕は酷く震えている。ヴィクトールは、初めて弟に反発されたことに驚き、弾き飛ばされた自分の手を見つめていた。

「ユナ、行かないでくれ。王宮へ行けば、君は文字通り『国の道具』として一生閉じ込められるんだ。僕なら……君を自由に、ただの女の子として愛せる。……頼む、僕を選んでくれ」

 エルの「甘く、狂気じみた、けれど必死な檻」。ヴィクトールの「冷徹で、義務に満ちた、巨大な檻」。ユナは、自分を抱きしめるエルの心臓が壊れそうなほど速く打つのを感じていた。だが、それ以上に彼女の胸を騒がせたのは、足元で震える植物の呼び声だった。

「……ヴィクトール様。私は、聖樹を救いたいと思っています」 

 ユナがそう口にした瞬間、エルの顔が絶望に染まった。

「ユナ……」

「でも」

 ユナは自分を抱きしめるエルの手に、そっと自分の手を重ねた。

「エル様の言う通り、道具として閉じ込められるのは御免です。そもそも、勝手に盛り上がられては困ります。私がその聖樹を蘇らせられるかどうか、見てみなければわからないことなのですから」

 ユナは、泥にまみれながらも微笑んでいる教授に視線を向け、目を輝かせた。

「私の答えは一つです。教授、早くその聖樹に会わせてください!!」

 ユナにとっては、自身の処遇よりも何よりも、未知の、そして苦しんでいるであろう大樹のことが気になって居ても立ってもいられなかった。

「私をどうするかは、その後でゆっくり決めれば良いことです」

 あまりに潔い宣言に、教授は思わず「ハハッ!」と笑い声を上げた。

「ユナさんとは植物オタクとして気が合いそうだよ」
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