20 / 23
20
しおりを挟む
「ユナ、何もしないから出てきておくれ。僕が悪かったよ。君を怯えさせるつもりはなかったんだ。ユナー」
屋敷に戻ったユナは、地下の調合室にこもって無心で薬草を調合し、心を落ち着かせていた。
返事のないユナにエルは溜息を吐く。
エルはユナの信頼を得るために、この調合室を彼女の「城」としていた。彼女の招きがなければ、王子といえど立ち入ることはできない。自室も同様だ。彼女のプライベート空間だけは侵略しないと決めていた。あまりに追い詰めすぎて、逃げ出されては困るからだ。
もちろん、屋敷の主としてマスターキーを用いればどこへでも入れる。しかし、それをすればユナの信頼は完璧に失われるだろう。
(どうせ、魔法を使えばどこにいても彼女を『覗き見』はできるのだから……)
「ユナー、お風呂と夕食にしようよ~」
何度も声をかけるが、顔も見せてくれない。
少し興奮しすぎて怖がらせたのは反省しよう。何度も反省しているが、獰猛な本性は隠しきれないのだ。だって、怯える彼女の顔も堪らなく愛らしいのだから。
「うわっ!」
扉にもたれかかって溜息をついた瞬間、不意にドアが開いた。エルはそのまま後ろへ倒れ込む。
「エル様? 何をしているんですか?」
「……君が出てこないから」
「この部屋、防音なのでは?」
調合に集中していたユナには、外の声など一切聞こえていなかった。
「ああ、そうだったね。うっかりしたよ」
ハハッと苦笑して立ち上がるエル。とにかく、顔を見せてくれて助かった。
「お風呂に入っておいで。それから晩ごはんを食べよう。今日はシチューだって」
「分かりました。リサ、一緒にお風呂に入りましょう」
「リサは、お嬢様のお風呂のお手伝い係ですから」
ユナが呼ぶと、調合室の奥から当然のようにリサが出てきた。エルの血圧がカッと上がる。
「なんでリサと一緒にいるんだ!」
「リサは薬草をよく覚えてくれて、今では私の良いアシスタントですよ」
「リサめ……!」
リサがフフンと見下すような視線を送ってくるのが、余計に腹立たしい。
「今作ったばかりの『安らぎ満点ピチピチ入浴剤』を使いましょう。あ、エル様もどうぞ」
「ああ、ありがとう。嬉しいな」
「エル様用のは、落ち着きすぎて、もはや『老人の精神』になる入浴剤ですよ」
「……枯れてしまえと?」
性欲強すぎ猛禽王子を、物理(薬草)で沈めようとするユナに、エルは苦笑いするしかなかった。
「え、寮に入りたい? なんで!?」
食事中、ユナの突然の申し出にエルは激しく動揺した。学園の寮に入れば、共に過ごせる時間が激減してしまう。
「そんなの、エル様が鬱陶しくて嫌に決まってるでしょう」
給仕をしながら、リサがすかさず毒を吐く。
「基本的に実家が通える距離にない者のための場所だし、僕たちは婚約しているんだよ。既に僕の屋敷に住んでいる君が急に寮へ移ったりしたら、仲が冷え込んだと噂されてしまう。それは困るな」
エルは早口で「ダメダメダメ」と拒絶を繰り返す。
「……そうですか。冷え込んだと思われるのは、エル様の評判にも関わりますものね」
ユナは意外にもあっさりと引き下がった。エルは「分かってくれたかい!」と表情を輝かせたが、リサの目は笑っていない。
「ですがエル様。私がここに留まる代わりに、一つ条件があります。学園での自由時間を増やしてください。特に、放課後の図書室や温室での『自主学習』を」
ユナの瞳は真っ直ぐにエルを射抜いていた。
(三年後までに、なんとかして別のカップルにこの役目を引き継いでもらわなきゃ。そのためには、学園内でターゲットを探す時間が必要だわ!)
エルは僅かに眉を寄せた。
「自主学習、か。熱心なのは良いことだが……いや、分かった。ただし、必ず僕の用意した護衛をつけること。そして、日が暮れる前には必ず僕が迎えに行く。いいね?」
「はい。お約束します」
エルはユナの交渉術に折れる事となった。
(やったわ! 護衛はリサに撒いてもらうとして……。よし、明日から本格的に『生贄……じゃなくて、愛し合うカップル』探しよ!)
ユナがそんな事を考えているとは誰も知らず、夕食が進む。
シチューは美味しかった。
屋敷に戻ったユナは、地下の調合室にこもって無心で薬草を調合し、心を落ち着かせていた。
返事のないユナにエルは溜息を吐く。
エルはユナの信頼を得るために、この調合室を彼女の「城」としていた。彼女の招きがなければ、王子といえど立ち入ることはできない。自室も同様だ。彼女のプライベート空間だけは侵略しないと決めていた。あまりに追い詰めすぎて、逃げ出されては困るからだ。
もちろん、屋敷の主としてマスターキーを用いればどこへでも入れる。しかし、それをすればユナの信頼は完璧に失われるだろう。
(どうせ、魔法を使えばどこにいても彼女を『覗き見』はできるのだから……)
「ユナー、お風呂と夕食にしようよ~」
何度も声をかけるが、顔も見せてくれない。
少し興奮しすぎて怖がらせたのは反省しよう。何度も反省しているが、獰猛な本性は隠しきれないのだ。だって、怯える彼女の顔も堪らなく愛らしいのだから。
「うわっ!」
扉にもたれかかって溜息をついた瞬間、不意にドアが開いた。エルはそのまま後ろへ倒れ込む。
「エル様? 何をしているんですか?」
「……君が出てこないから」
「この部屋、防音なのでは?」
調合に集中していたユナには、外の声など一切聞こえていなかった。
「ああ、そうだったね。うっかりしたよ」
ハハッと苦笑して立ち上がるエル。とにかく、顔を見せてくれて助かった。
「お風呂に入っておいで。それから晩ごはんを食べよう。今日はシチューだって」
「分かりました。リサ、一緒にお風呂に入りましょう」
「リサは、お嬢様のお風呂のお手伝い係ですから」
ユナが呼ぶと、調合室の奥から当然のようにリサが出てきた。エルの血圧がカッと上がる。
「なんでリサと一緒にいるんだ!」
「リサは薬草をよく覚えてくれて、今では私の良いアシスタントですよ」
「リサめ……!」
リサがフフンと見下すような視線を送ってくるのが、余計に腹立たしい。
「今作ったばかりの『安らぎ満点ピチピチ入浴剤』を使いましょう。あ、エル様もどうぞ」
「ああ、ありがとう。嬉しいな」
「エル様用のは、落ち着きすぎて、もはや『老人の精神』になる入浴剤ですよ」
「……枯れてしまえと?」
性欲強すぎ猛禽王子を、物理(薬草)で沈めようとするユナに、エルは苦笑いするしかなかった。
「え、寮に入りたい? なんで!?」
食事中、ユナの突然の申し出にエルは激しく動揺した。学園の寮に入れば、共に過ごせる時間が激減してしまう。
「そんなの、エル様が鬱陶しくて嫌に決まってるでしょう」
給仕をしながら、リサがすかさず毒を吐く。
「基本的に実家が通える距離にない者のための場所だし、僕たちは婚約しているんだよ。既に僕の屋敷に住んでいる君が急に寮へ移ったりしたら、仲が冷え込んだと噂されてしまう。それは困るな」
エルは早口で「ダメダメダメ」と拒絶を繰り返す。
「……そうですか。冷え込んだと思われるのは、エル様の評判にも関わりますものね」
ユナは意外にもあっさりと引き下がった。エルは「分かってくれたかい!」と表情を輝かせたが、リサの目は笑っていない。
「ですがエル様。私がここに留まる代わりに、一つ条件があります。学園での自由時間を増やしてください。特に、放課後の図書室や温室での『自主学習』を」
ユナの瞳は真っ直ぐにエルを射抜いていた。
(三年後までに、なんとかして別のカップルにこの役目を引き継いでもらわなきゃ。そのためには、学園内でターゲットを探す時間が必要だわ!)
エルは僅かに眉を寄せた。
「自主学習、か。熱心なのは良いことだが……いや、分かった。ただし、必ず僕の用意した護衛をつけること。そして、日が暮れる前には必ず僕が迎えに行く。いいね?」
「はい。お約束します」
エルはユナの交渉術に折れる事となった。
(やったわ! 護衛はリサに撒いてもらうとして……。よし、明日から本格的に『生贄……じゃなくて、愛し合うカップル』探しよ!)
ユナがそんな事を考えているとは誰も知らず、夕食が進む。
シチューは美味しかった。
11
あなたにおすすめの小説
僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜
柿 心刃
恋愛
僕の幼馴染で姉的な存在である西田香奈は、眉目秀麗・品行方正・成績優秀と三拍子揃った女の子だ。彼女は、この辺りじゃ有名な女子校に通っている。僕とは何の接点もないように思える香奈姉ちゃんが、ある日、急に僕に急接近してきた。
僕の名は、周防楓。
女子校とは反対側にある男子校に通う、ごく普通の男子だ。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
愛情に気づかない鈍感な私
はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。
碧眼の小鳥は騎士団長に愛される
狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。
社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。
しかし、そこで会ったのは…?
全編甘々を目指してます。
この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる