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翌朝。
学園に登校したユナは、いつも以上に周囲の観察に余念がなかった。廊下の角で密かに手を取り合う男女、中庭の木陰で語らう恋人たち――。
「お嬢様。先ほどからあちらの二年生のカップルを凝視されていますが、何か不快感でも?」
背後からリサが小声で尋ねる。「不快ならすぐに始末します」と言わんばかりの鋭い声色だ。
「怖いわリサ、不快感なんてないわ。むしろ、私が求めているものがそこにあるの」
「……お嬢様、おかしな物でも食べましたか?」
リサの懸念をよそに、ユナは目に映ったカップルたちの特徴を、メモ帳へこっそりと書き留めていった。
放課後。
エルが迎えに来るまでの僅かな隙を突き、ユナは教授の研究室を訪ねた。
「教授! 昨日の『儀式』のことです。聖樹は愛し合うカップルならば誰でも良いはずです。だから、私が誰か別の、本当に愛し合っている人たちに場所を提供したいんです! エル様やヴィクトール様に知られると阻止されそうなので、教授にしか話せません」
教授は資料から顔を上げ、驚いたように眼鏡の位置を直した。
「……ユナさん、君は本当に……。だが、聖樹が求めているのは単なる営みではなく、そこから生じる『魔力の共鳴』だと思われるよ。凡夫のカップルでは、聖樹を救うほどの出力は得られない可能性が高いね」
「聖樹はそんなことは一言も……」
ユナが言いかけたその時、唐突に頭の中に声が響いた。
『そっかー、魔力の共鳴を糧にしてたのね、私……』
ユナは飛び上がらんばかりに驚く。
『あれ? ユナ、もしかして聞こえる?』
「……聞こえました」
『昨日、直接会ったから、このぐらいの距離ならお話しできるのかも。嬉しい!』
精霊が喜びの声を上げる。
「ユナさん? 何が聞こえたんだね?」
教授が不思議そうにユナを見る。
「精霊の声が……。教授の分析に感銘を受けています。魔力の強いカップルなら良いのですか?」
「聖樹から正解を提示されたのなら光栄だね。まあ、理論上はそうだ。だが、この国で最も高い魔力を持つ若者は――」
教授が言いかけた時、廊下からカツカツと騒がしい足音が響いてきた。
「ユナ! 迎えに来たよ! 図書室にいないと思ったら、またこんな男(教授)のところに!」
扉が勢いよく開き、エルが血相を変えて飛び込んできた。その後ろには、冷ややかな笑みを浮かべたヴィクトールの姿もある。
「エル、廊下を走るなと言っただろう。……教授、邪魔をするよ。ユナが熱心に『愛の代弁者』を探していると聞いてね。少し面白い資料を持ってきてあげたんだ」
ヴィクトールが机に置いたのは、『学園内・魔力適合相性一覧表』という、王族しか閲覧できない極秘資料だった。
「僕もユナ以外に、魔力適合相性の良い男女が見つかるかもしれないと調べたんだ。初物が良いようだからね。早く知って、監視する必要があるだろう?」
ヴィクトールのセリフに、ユナは嫌悪感を覚えつつも、やっていることは自分と同じだと思い直す。彼女は恐る恐る資料に目を落とした。そして、一番上の欄に、自分の名前と並ぶ驚異的な数字を見つけて絶句した。
「……うそ」
そこにははっきりと、『ユナ & エルフレード・アステリア 適合率 99%』と記されていた。
「これは……ユナ! すごいよ。建国以来の奇跡と言ってもいい数字だ。やっぱり僕たちは運命で結ばれているんだよ!」
エルが狂喜乱舞し、抱きしめようと迫る。ユナはとっさにリサの背後に隠れた。
「ああ、ここも見てくれ」
ヴィクトールが指した二行目に、ユナは震えながら視線を移す。
『ユナ & ヴィクトール・アステリア 適合率 98%』
「……えっ」
室内の温度が、一気に数度下がったような気がした。ヴィクトールは相変わらず冷徹な笑みを崩さず、静かに告げた。
「1%の差など、誤差の範囲だな。つまり、エルに万が一のことがあれば、次は私が聖樹の『糧』になる準備があるということだ」
「兄上……兄上は引っ込んでいてください! ユナは僕が見つけた、僕の物だ。魔力が惹かれ合ったのかもしれないけど、僕はユナをずっと見ていたんだ。兄上には負けない!」
冷ややかに微笑むヴィクトールと、そんな兄を強く睨みつけ、熱くくってかかるエル。
「ほーう、エル。この僕にたて突くとは。偉くなったな」
ヴィクトールはエルを見下し、不敵に微笑む。
「僕も兄上と女性を取り合って喧嘩なんかしたくないよ。でも、兄上はユナを愛しているわけじゃない。道具としか見ていない。そんな奴、男としては黙っていられないよ!」
エルはユナの前に両手を広げ、兄から守るように立ちはだかった。
王室が誇る美形兄弟が、一人の少女を巡って(あるいは聖樹の生贄を巡って)、バチバチと火花を散らす。その光景は、端から見れば絵画のように美しいが、当事者であるユナにとっては地獄でしかなかった。
(これじゃあ、どちらに転んでも私の『初めて』が国家予算並みの重さで扱われるじゃない!)
地獄のような兄弟喧嘩を前に、ユナの頭に再び精霊の声が降ってくる。
『うーん、魔力相性数値は確かに高いほうが良いけど、絶対条件は「愛し合う男女」よ』
ユナが呆然としていると、教授が一覧表の備考欄を指差した。
「適合率が高いということは、それだけ相手の魔力を受け入れる器があるということだ。だがユナさん、ここを見てごらん。適合率の計算式の隣に、『増幅条件:感情の深度』とある。つまり、お互いがどれだけ本気で惹かれ合っているかで、数値は99%にも0%にもなり得るということだ」
「愛だよ、ユナ! 僕の愛が深まれば、適合率は無限大だ!」
エルの叫びに、ヴィクトールが冷酷に被せる。
「……あるいは、ユナの拒絶が強ければ、儀式は失敗し、聖樹は枯れるということだな」
『そうなのよね~、こんな博打を私で打たないでほしいわけ。それに、私が「美味しそう」と感じる男女は、この数値に比例しないことが多いわ。魔法適合率は当てにならないわよ。やっぱり愛が一番!』
(ちょっと待って、精霊さん。好みの男女がそこから見えているの?)
『ええ、私は学園の様子が丸見えよ……。そうだわ! ここからユナに指示して、連れてきてもらえば良いのね!』
「……っ、問題解決しそうです!」
ユナの瞳にパッと光明が差した。
学園に登校したユナは、いつも以上に周囲の観察に余念がなかった。廊下の角で密かに手を取り合う男女、中庭の木陰で語らう恋人たち――。
「お嬢様。先ほどからあちらの二年生のカップルを凝視されていますが、何か不快感でも?」
背後からリサが小声で尋ねる。「不快ならすぐに始末します」と言わんばかりの鋭い声色だ。
「怖いわリサ、不快感なんてないわ。むしろ、私が求めているものがそこにあるの」
「……お嬢様、おかしな物でも食べましたか?」
リサの懸念をよそに、ユナは目に映ったカップルたちの特徴を、メモ帳へこっそりと書き留めていった。
放課後。
エルが迎えに来るまでの僅かな隙を突き、ユナは教授の研究室を訪ねた。
「教授! 昨日の『儀式』のことです。聖樹は愛し合うカップルならば誰でも良いはずです。だから、私が誰か別の、本当に愛し合っている人たちに場所を提供したいんです! エル様やヴィクトール様に知られると阻止されそうなので、教授にしか話せません」
教授は資料から顔を上げ、驚いたように眼鏡の位置を直した。
「……ユナさん、君は本当に……。だが、聖樹が求めているのは単なる営みではなく、そこから生じる『魔力の共鳴』だと思われるよ。凡夫のカップルでは、聖樹を救うほどの出力は得られない可能性が高いね」
「聖樹はそんなことは一言も……」
ユナが言いかけたその時、唐突に頭の中に声が響いた。
『そっかー、魔力の共鳴を糧にしてたのね、私……』
ユナは飛び上がらんばかりに驚く。
『あれ? ユナ、もしかして聞こえる?』
「……聞こえました」
『昨日、直接会ったから、このぐらいの距離ならお話しできるのかも。嬉しい!』
精霊が喜びの声を上げる。
「ユナさん? 何が聞こえたんだね?」
教授が不思議そうにユナを見る。
「精霊の声が……。教授の分析に感銘を受けています。魔力の強いカップルなら良いのですか?」
「聖樹から正解を提示されたのなら光栄だね。まあ、理論上はそうだ。だが、この国で最も高い魔力を持つ若者は――」
教授が言いかけた時、廊下からカツカツと騒がしい足音が響いてきた。
「ユナ! 迎えに来たよ! 図書室にいないと思ったら、またこんな男(教授)のところに!」
扉が勢いよく開き、エルが血相を変えて飛び込んできた。その後ろには、冷ややかな笑みを浮かべたヴィクトールの姿もある。
「エル、廊下を走るなと言っただろう。……教授、邪魔をするよ。ユナが熱心に『愛の代弁者』を探していると聞いてね。少し面白い資料を持ってきてあげたんだ」
ヴィクトールが机に置いたのは、『学園内・魔力適合相性一覧表』という、王族しか閲覧できない極秘資料だった。
「僕もユナ以外に、魔力適合相性の良い男女が見つかるかもしれないと調べたんだ。初物が良いようだからね。早く知って、監視する必要があるだろう?」
ヴィクトールのセリフに、ユナは嫌悪感を覚えつつも、やっていることは自分と同じだと思い直す。彼女は恐る恐る資料に目を落とした。そして、一番上の欄に、自分の名前と並ぶ驚異的な数字を見つけて絶句した。
「……うそ」
そこにははっきりと、『ユナ & エルフレード・アステリア 適合率 99%』と記されていた。
「これは……ユナ! すごいよ。建国以来の奇跡と言ってもいい数字だ。やっぱり僕たちは運命で結ばれているんだよ!」
エルが狂喜乱舞し、抱きしめようと迫る。ユナはとっさにリサの背後に隠れた。
「ああ、ここも見てくれ」
ヴィクトールが指した二行目に、ユナは震えながら視線を移す。
『ユナ & ヴィクトール・アステリア 適合率 98%』
「……えっ」
室内の温度が、一気に数度下がったような気がした。ヴィクトールは相変わらず冷徹な笑みを崩さず、静かに告げた。
「1%の差など、誤差の範囲だな。つまり、エルに万が一のことがあれば、次は私が聖樹の『糧』になる準備があるということだ」
「兄上……兄上は引っ込んでいてください! ユナは僕が見つけた、僕の物だ。魔力が惹かれ合ったのかもしれないけど、僕はユナをずっと見ていたんだ。兄上には負けない!」
冷ややかに微笑むヴィクトールと、そんな兄を強く睨みつけ、熱くくってかかるエル。
「ほーう、エル。この僕にたて突くとは。偉くなったな」
ヴィクトールはエルを見下し、不敵に微笑む。
「僕も兄上と女性を取り合って喧嘩なんかしたくないよ。でも、兄上はユナを愛しているわけじゃない。道具としか見ていない。そんな奴、男としては黙っていられないよ!」
エルはユナの前に両手を広げ、兄から守るように立ちはだかった。
王室が誇る美形兄弟が、一人の少女を巡って(あるいは聖樹の生贄を巡って)、バチバチと火花を散らす。その光景は、端から見れば絵画のように美しいが、当事者であるユナにとっては地獄でしかなかった。
(これじゃあ、どちらに転んでも私の『初めて』が国家予算並みの重さで扱われるじゃない!)
地獄のような兄弟喧嘩を前に、ユナの頭に再び精霊の声が降ってくる。
『うーん、魔力相性数値は確かに高いほうが良いけど、絶対条件は「愛し合う男女」よ』
ユナが呆然としていると、教授が一覧表の備考欄を指差した。
「適合率が高いということは、それだけ相手の魔力を受け入れる器があるということだ。だがユナさん、ここを見てごらん。適合率の計算式の隣に、『増幅条件:感情の深度』とある。つまり、お互いがどれだけ本気で惹かれ合っているかで、数値は99%にも0%にもなり得るということだ」
「愛だよ、ユナ! 僕の愛が深まれば、適合率は無限大だ!」
エルの叫びに、ヴィクトールが冷酷に被せる。
「……あるいは、ユナの拒絶が強ければ、儀式は失敗し、聖樹は枯れるということだな」
『そうなのよね~、こんな博打を私で打たないでほしいわけ。それに、私が「美味しそう」と感じる男女は、この数値に比例しないことが多いわ。魔法適合率は当てにならないわよ。やっぱり愛が一番!』
(ちょっと待って、精霊さん。好みの男女がそこから見えているの?)
『ええ、私は学園の様子が丸見えよ……。そうだわ! ここからユナに指示して、連れてきてもらえば良いのね!』
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