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1 四年目の片想い
第八話
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「さっき、見たぞ」
なんのことだろうと思った。振り向くと、來は不機嫌とも呆れたともつかない顔をしている。
「小村だっけ? 告られてんの見たっつってんの」
「覗きか、悪趣味だな」
「あんな目立つとこでやってんのが悪いんだよ」
ため息をつく聖利を挑発するように、ふんと來が鼻で笑った。
「期待持たせるような断り方して残酷だな。あいつ、聖利のこと忘れらんないじゃん」
「交際は断った。これで終わりだよ」
自分にはその気はなくとも、恋愛沙汰を來に見られたのはあまり嬉しいことではなかった。揶揄されるのはもっと嫌だ。
「どーだが。あっちはこれからも“同級生”としておまえの周りをチョロチョロする。おこぼれとチャンスを狙ってさ。聖利が隙を見せたら、あっという間に襲い掛かってくんぞ」
「余計なお世話だ。誰もが來と同じ下世話な考えじゃない」
「ああいう下心の塊は、完膚なきまでに叩きのめして振ってやらなきゃ駄目なんだよ。それとも、そうやって気のある振りして親衛隊を増やしてんの?」
人の気も知らないで。そんな言葉が口を突いて出そうになったものの、ぐっと飲み込む。代わりにつかつかと歩み寄り、聖利は背の高いルームメイトをじろりと睨んだ。
「本当に下品だな、おまえは。親衛隊とはなんだよ。僕にそんなものはいない!」
「自分が男を惹きつけてるって気づいた方がいいぞ。ツラだけ見りゃ、その辺の女よりずっと綺麗じゃねぇかよ。おまえの細い身体を思い浮かべて自分を慰めてる男が何人もいるって知ってんだろ?」
來がさらに挑発的なことを言い、聖利は遠慮なく來の襟首を掴んだ。來より上背はないが、一般の生徒よりは鍛えている。敵わなくても、ここで弱腰な対応をしたくはなかった。
「誰かれ構わず誘っていると言いたいようだな。來の中で僕はさぞ貞操観念の薄い男なのだろう」
「違ったか? 誰か一途に想う相手がいるとか?」
ああ、いる。想う相手なら、今目の前にいる。こんなに腹立たしい男なのに、どうしてか惹かれてしまう。
「学校生活に必要のないことで騒ぎ立てないでくれ。そもそも、恋愛関係は周囲が口を挟むことじゃない。僕に何があろうが、來には関係ない」
こちらがどれほど來を想っても、この男には通じない。どころか軽薄で節操無しな質だと思われているようだ。悔しいような悲しいような気持ちになり、睨んだままぎりっと奥歯を噛みしめる。
すると來が何か言いかけて、暫時動きを止めた。次に首をわずかに傾げて、聖利を覗き込んでくる。
「……聖利、おまえ何か香水つけてるか?」
「つけてない」
「甘いモン食った?」
「食べてないよ」
何を言っているのだろう。話を逸らして、一触即発のムードを緩和しようとしているのだろうか。
「來……?」
「ま、いーわ」
聖利の手を簡単に襟から外してしまうと、來は乱れた襟元のまま部屋を出て行ってしまった。ひとり残された聖利は溢れてきそうな悔し涙を飲み込み、夕食までのわずかな時間、頭を落ち着かせようと枕に顔を埋めた。
ふと、甘い匂いという単語が過る。
もしかすると、学園か寮の来客にオメガが来ているのかもしれない。來が感じたのはオメガのフェロモン由来の甘い香りではなかろうか。
アルファの多い学校だけあって、保護者や兄弟姉妹にオメガがいる場合もある。たまに家族が面会に来ると反応してしまうアルファがいるのだ。もちろんアルファの反応には個人差があり、オメガが近くにいても抑制剤が効いていればまったく気づかないことがほとんど。逆にどれほどオメガの薬が効いていても、オメガとの間に距離があっても、気づいてしまうときは気づく。これは相性のようなものなのだろう。
「つまり、來に相性のいいオメガが近くに来ているのかな」
呟くと、ひどくみじめな気持ちになった。來はおそらく、アルファの女性かオメガをパートナーに選ぶ。選ばざるを得ない。
あの來とていつか心惹かれる相手と出会うのだろう。
“運命の番”なんて聖利は信じない。それでもアルファとオメガの相性を重視する人たちは多い。來が反応してしまうくらいの香りを持ったオメガ。
番が成立すれば、オメガのフェロモンは抑えられてしまうので、親世代のオメガに反応しているわけではない。おそらくは学生の兄弟姉妹……。ああ、どうか來が気づきませんように。近くに相性のいいオメガが来ていると思いませんように。
彼が誰かのものになってしまえばラクだと思いながら、まだまったく覚悟が決まっていなくて笑ってしまう。
「情けない……」
聖利は枕に顔を押し付け、涙をこらえた。
なんのことだろうと思った。振り向くと、來は不機嫌とも呆れたともつかない顔をしている。
「小村だっけ? 告られてんの見たっつってんの」
「覗きか、悪趣味だな」
「あんな目立つとこでやってんのが悪いんだよ」
ため息をつく聖利を挑発するように、ふんと來が鼻で笑った。
「期待持たせるような断り方して残酷だな。あいつ、聖利のこと忘れらんないじゃん」
「交際は断った。これで終わりだよ」
自分にはその気はなくとも、恋愛沙汰を來に見られたのはあまり嬉しいことではなかった。揶揄されるのはもっと嫌だ。
「どーだが。あっちはこれからも“同級生”としておまえの周りをチョロチョロする。おこぼれとチャンスを狙ってさ。聖利が隙を見せたら、あっという間に襲い掛かってくんぞ」
「余計なお世話だ。誰もが來と同じ下世話な考えじゃない」
「ああいう下心の塊は、完膚なきまでに叩きのめして振ってやらなきゃ駄目なんだよ。それとも、そうやって気のある振りして親衛隊を増やしてんの?」
人の気も知らないで。そんな言葉が口を突いて出そうになったものの、ぐっと飲み込む。代わりにつかつかと歩み寄り、聖利は背の高いルームメイトをじろりと睨んだ。
「本当に下品だな、おまえは。親衛隊とはなんだよ。僕にそんなものはいない!」
「自分が男を惹きつけてるって気づいた方がいいぞ。ツラだけ見りゃ、その辺の女よりずっと綺麗じゃねぇかよ。おまえの細い身体を思い浮かべて自分を慰めてる男が何人もいるって知ってんだろ?」
來がさらに挑発的なことを言い、聖利は遠慮なく來の襟首を掴んだ。來より上背はないが、一般の生徒よりは鍛えている。敵わなくても、ここで弱腰な対応をしたくはなかった。
「誰かれ構わず誘っていると言いたいようだな。來の中で僕はさぞ貞操観念の薄い男なのだろう」
「違ったか? 誰か一途に想う相手がいるとか?」
ああ、いる。想う相手なら、今目の前にいる。こんなに腹立たしい男なのに、どうしてか惹かれてしまう。
「学校生活に必要のないことで騒ぎ立てないでくれ。そもそも、恋愛関係は周囲が口を挟むことじゃない。僕に何があろうが、來には関係ない」
こちらがどれほど來を想っても、この男には通じない。どころか軽薄で節操無しな質だと思われているようだ。悔しいような悲しいような気持ちになり、睨んだままぎりっと奥歯を噛みしめる。
すると來が何か言いかけて、暫時動きを止めた。次に首をわずかに傾げて、聖利を覗き込んでくる。
「……聖利、おまえ何か香水つけてるか?」
「つけてない」
「甘いモン食った?」
「食べてないよ」
何を言っているのだろう。話を逸らして、一触即発のムードを緩和しようとしているのだろうか。
「來……?」
「ま、いーわ」
聖利の手を簡単に襟から外してしまうと、來は乱れた襟元のまま部屋を出て行ってしまった。ひとり残された聖利は溢れてきそうな悔し涙を飲み込み、夕食までのわずかな時間、頭を落ち着かせようと枕に顔を埋めた。
ふと、甘い匂いという単語が過る。
もしかすると、学園か寮の来客にオメガが来ているのかもしれない。來が感じたのはオメガのフェロモン由来の甘い香りではなかろうか。
アルファの多い学校だけあって、保護者や兄弟姉妹にオメガがいる場合もある。たまに家族が面会に来ると反応してしまうアルファがいるのだ。もちろんアルファの反応には個人差があり、オメガが近くにいても抑制剤が効いていればまったく気づかないことがほとんど。逆にどれほどオメガの薬が効いていても、オメガとの間に距離があっても、気づいてしまうときは気づく。これは相性のようなものなのだろう。
「つまり、來に相性のいいオメガが近くに来ているのかな」
呟くと、ひどくみじめな気持ちになった。來はおそらく、アルファの女性かオメガをパートナーに選ぶ。選ばざるを得ない。
あの來とていつか心惹かれる相手と出会うのだろう。
“運命の番”なんて聖利は信じない。それでもアルファとオメガの相性を重視する人たちは多い。來が反応してしまうくらいの香りを持ったオメガ。
番が成立すれば、オメガのフェロモンは抑えられてしまうので、親世代のオメガに反応しているわけではない。おそらくは学生の兄弟姉妹……。ああ、どうか來が気づきませんように。近くに相性のいいオメガが来ていると思いませんように。
彼が誰かのものになってしまえばラクだと思いながら、まだまったく覚悟が決まっていなくて笑ってしまう。
「情けない……」
聖利は枕に顔を押し付け、涙をこらえた。
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