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2 異変
第一話
しおりを挟む朝のランニングは聖利の習慣だ。
小学生時代、背が低く運動が苦手だった聖利は、修豊真船の中等部から剣道部に所属した。しかし圧倒的に基礎体力が足らず、走り込みを毎朝するようになったのだ。学園は広大な敷地を有し、グラウンドや中庭、実習用の丘陵などランニングに使用できるところは多い。学園と寮にジムスペースもあるのでトレーニングはそこでできる。
聖利は今日もひとり走っていた。入学式から三週間、学園生活は順調だ。部活動をそろそろ決めなければならないが、生徒会に入ることを検討しているのでどこにも所属しないかもしれない。それとも、勉学の負担にならないような文科系の部活に入部しておこうか。
生徒会役員になりたいのは、学園内でも責任のあるポジションにありたいという想いからだ。
両親は厳しい人たちではないが、やはりひとり息子の聖利に期待をしている。期待に応えたい。一番の成績を取り、学園では要職につき、自慢の息子だと思われたい。
外務省勤務で海外にいることも多い両親。聖利なりの精一杯の愛情表現が、いい息子であることだった。
一方で、生徒会に入れば二年時から個室を与えられるという特権も魅力的ではあった。基本、一・二年時はふたり部屋で、ルームメイトの交代はない。生徒会役員になれば來と別室になれる。
今さっきも眠る來の顔を横目に手早く仕度して出てきたけれど、毎日これでは身が持たない。
來はあまり自室に居着かないとはいえ、着替えが被れば必死に目を逸らさなければならないし、シャワー後の濡れ髪を目にすれば心臓の高鳴りを抑えるのに苦心する。
來もまた、聖利には気安く寄ってくるので困ってしまう。勉強中にいきなり後ろから寄りかかってこられたりすると勉強どころじゃない。夜中に帰ってきて、寝ている聖利のベッドに無造作に腰かけたりされれば目が冴えてしまう。うっかり髪など撫でて来ようものなら、平静を保つのに凄まじい精神力が要る。
「ふう」
聖利は息をついて、歩調を緩めた。來のことを考えると、胸がじわじわと熱くなる。端正な顔立ち、綺麗なのにどこか野蛮な笑顔。意地悪で、傲慢。顔以外に好きになれる要素なんかない。それなのに、もう長いこと片想いをしている。
馬鹿みたいだ。叶うことのない恋なんて早く捨ててしまった方がいい。
(……あれ? 調子悪い?)
変調に気づいたのはそのときだ。走っていたときはまぎれていたが、なんとなく身体が熱い。
ここ数日、熱っぽいとは感じていた。新生活に気張っていたせいで、一時的なものだろうと深く考えなかったのだが。
間もなくゴールデンウィーク。イギリスにいる両親が休みを合わせて帰国してくれる約束になっている。三人で久しぶりに食事を予定しているのだ。タチの悪い風邪などひいては、両親に会えない。
そうこうしているうちに、いよいよ身体はおかしくなってきた。熱い。頭も痛いし、吐き気もある。身体の奥からどろどろとした何かが溢れてくるような不快感がある。
体調の異変を自覚しながら、ランニングなどすべきではなかった。
「もう、切り上げよう」
聖利はひとり呟いたが、その声がひどく震えていることに気づいた。熱も出てきているようだ。インフルエンザなどであれば、來に移してしまう前に保健室に隔離してもらわねばならない。
よろよろと寮に戻った。手足が焼け付くように熱い。身体が石のように重い。シャワーは後回しだ。
自室のドアを開けると、來は起きていた。ベッドに座り、胸を抑えうつむいている。聖利が一歩室内に入ると、弾かれたように顔をあげた。
「聖利……おまえ」
「來、寄らないでくれるか。どうも風邪を引いているみたいだ。移すわけには……」
次の瞬間、來の大きな体躯が目の前にあった。
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