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5 まだ俺のもの
第四話
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今朝の出来事が頭から離れない。思い返すつもりはないのに、自然とあの光景は浮かんできて、聖利の胸を熱くさせる。
中庭、薔薇の茂みの陰で來に抱き寄せられた。薄曇りの空の下、香る薔薇と來の香り。大好きな香り。
妙なことを言って、戻ってこいと懇願した來。あんなことをされては勘違いしそうになる。
來はどう思っているのだろう。來の言葉の意味はわからなくても、抱擁に滲む感情には親愛があった。いや、それは親愛なのだろうか。熱っぽい視線と言葉の正体は……。
そこまで考えて、妄想を打ち払った。自分に都合が良すぎる解釈をすべきではない。
來が自分を好きになるはずないのだ。來にあるのは同情と責任感、それだけ。
「楠見野―」
時刻は中休み。呼ばれて見やれば、クラスメートの向こうに副寮長の添川の姿がある。物憂げに頬杖をついていた聖利は立ちあがり、小走りで戸口へ歩み寄った。嫌な予感がしたが、教室まで呼びに来られては追い払えない。
「なんでしょう、副寮長」
「話がある。来い」
命令口調で言われ、従順に頷いた。添川は特別棟への渡り廊下へ向かい、さらに人通りのない階段の影、奥まった一角で足を止めた。
「生徒会の件、まだ断っていないそうだな」
いきなり言われ、聖利は面食らった。生徒会に入ると宣言したはずだ。高坂や三井寺も了承済みであり、すでに生徒会での仕事もしている。
それなのに、添川だけは納得していないようだ。
「僕は生徒会で頑張りたいと思っています」
あらためて言う。相手が上級生でも、口調は毅然としたものだ。
「俺はまだきみが寮の役職に就くことを諦めていない。きみがまるでわかっていないようだからな。楠見野に相応しいのは寮の役職だ。生徒会じゃない。真に生徒を掌握できるのは寮三役なんだよ」
断言され、さすがに不快感を覚えた。なぜ、この男が決めるのだろう。そもそも寮の役職の方が優れているという思想はなんなのか。
「番の件だって、何を迷うことがある。俺がこれほど歩み寄っているんだぞ。俺の頭なら国内の大学はどこでも入れる。将来は省庁官僚だろうな。きみのご両親と同じだ。理想的なアルファだろう」
「番のことは考えていないと以前も言いました」
聖利は厳然と言いきった。内心、添川との会話の継続を困難に思い始めていた。何を言っても通じない気がする。それでも言わなければ。
「学内での活動場所を生徒会に選んだのは僕の意志です。いつか番を選ぶときも、僕の意志で選びます。メリットで選ぶのではなく心で選びます」
「それは俺じゃないと言いたいのか?」
添川が気色ばむ。おそらく高坂やもうひとりの副寮長である島津の前では見せていないであろう顔だ。短気で傲慢な男の顔だ。
「男でも女でも、好きになった人と番になりたいと思っています」
「……きみは、好きなヤツがいるのか?」
怒りに満ちた声音で尋ねられ、図星を突かれた聖利はさっと頬が熱くなるのを感じた。照れている場合ではない。強い視線で添川を見つめ返す。はっきり言ってしまった方が伝わるかもしれない。
「います。ですので、他の誰とも番になる気はありません」
「生意気言いやがって。アルファを咥え込むのが仕事のオメガのくせに」
怒りに任せた差別的な言葉に、聖利もまた強い怒りを感じた。この男は先輩であり、寮での権力者ではあるが、尊敬に値する人間ではない。
おそらく掴みかかられても自分の方が腕力があるだろう。しかし、手荒なことをしたくない。
わなわなと震える添川の拳が胸の前で握り直された。殴りかかってきたら、一発目は殴られよう。そこからは正当防衛だ。
しかし、添川の拳が聖利に振り下ろされることはなかった。
「貧弱な腕で、聖利を殴ろうとしてんじゃねえぞ」
添川の手首をがっちりと戒めたのは、來だ。先ほどはクラスにいなかったというのに。また匂いをたどって追いかけてきたというのだろうか。
中庭、薔薇の茂みの陰で來に抱き寄せられた。薄曇りの空の下、香る薔薇と來の香り。大好きな香り。
妙なことを言って、戻ってこいと懇願した來。あんなことをされては勘違いしそうになる。
來はどう思っているのだろう。來の言葉の意味はわからなくても、抱擁に滲む感情には親愛があった。いや、それは親愛なのだろうか。熱っぽい視線と言葉の正体は……。
そこまで考えて、妄想を打ち払った。自分に都合が良すぎる解釈をすべきではない。
來が自分を好きになるはずないのだ。來にあるのは同情と責任感、それだけ。
「楠見野―」
時刻は中休み。呼ばれて見やれば、クラスメートの向こうに副寮長の添川の姿がある。物憂げに頬杖をついていた聖利は立ちあがり、小走りで戸口へ歩み寄った。嫌な予感がしたが、教室まで呼びに来られては追い払えない。
「なんでしょう、副寮長」
「話がある。来い」
命令口調で言われ、従順に頷いた。添川は特別棟への渡り廊下へ向かい、さらに人通りのない階段の影、奥まった一角で足を止めた。
「生徒会の件、まだ断っていないそうだな」
いきなり言われ、聖利は面食らった。生徒会に入ると宣言したはずだ。高坂や三井寺も了承済みであり、すでに生徒会での仕事もしている。
それなのに、添川だけは納得していないようだ。
「僕は生徒会で頑張りたいと思っています」
あらためて言う。相手が上級生でも、口調は毅然としたものだ。
「俺はまだきみが寮の役職に就くことを諦めていない。きみがまるでわかっていないようだからな。楠見野に相応しいのは寮の役職だ。生徒会じゃない。真に生徒を掌握できるのは寮三役なんだよ」
断言され、さすがに不快感を覚えた。なぜ、この男が決めるのだろう。そもそも寮の役職の方が優れているという思想はなんなのか。
「番の件だって、何を迷うことがある。俺がこれほど歩み寄っているんだぞ。俺の頭なら国内の大学はどこでも入れる。将来は省庁官僚だろうな。きみのご両親と同じだ。理想的なアルファだろう」
「番のことは考えていないと以前も言いました」
聖利は厳然と言いきった。内心、添川との会話の継続を困難に思い始めていた。何を言っても通じない気がする。それでも言わなければ。
「学内での活動場所を生徒会に選んだのは僕の意志です。いつか番を選ぶときも、僕の意志で選びます。メリットで選ぶのではなく心で選びます」
「それは俺じゃないと言いたいのか?」
添川が気色ばむ。おそらく高坂やもうひとりの副寮長である島津の前では見せていないであろう顔だ。短気で傲慢な男の顔だ。
「男でも女でも、好きになった人と番になりたいと思っています」
「……きみは、好きなヤツがいるのか?」
怒りに満ちた声音で尋ねられ、図星を突かれた聖利はさっと頬が熱くなるのを感じた。照れている場合ではない。強い視線で添川を見つめ返す。はっきり言ってしまった方が伝わるかもしれない。
「います。ですので、他の誰とも番になる気はありません」
「生意気言いやがって。アルファを咥え込むのが仕事のオメガのくせに」
怒りに任せた差別的な言葉に、聖利もまた強い怒りを感じた。この男は先輩であり、寮での権力者ではあるが、尊敬に値する人間ではない。
おそらく掴みかかられても自分の方が腕力があるだろう。しかし、手荒なことをしたくない。
わなわなと震える添川の拳が胸の前で握り直された。殴りかかってきたら、一発目は殴られよう。そこからは正当防衛だ。
しかし、添川の拳が聖利に振り下ろされることはなかった。
「貧弱な腕で、聖利を殴ろうとしてんじゃねえぞ」
添川の手首をがっちりと戒めたのは、來だ。先ほどはクラスにいなかったというのに。また匂いをたどって追いかけてきたというのだろうか。
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