9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌

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九時から五時まで見習い令嬢(留学編)

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 船が到着し、私は念願の隣国の地に降り立った。
 ここゼーレは、昔から資源に恵まれ貿易も盛んな国だ。
 たくさんの他国の文化が入り交じり、歴史こそ我が国より浅いが国力には目を見張るものがある。
 この成長の激しい国から、私は何が学べるかとワクワクしながら学園に向かう。
 どこかで私を呼ぶ声が聞こえたが、まあもう世話をする事もないしと放置して、とっとと向かう。

 向かった先は国の中央学園で、中は大学院や大学、大・中・小の年齢別の等級に分かれた学舎が並ぶ、ちょっとした学園都市になっていた。
 事前に調べて知ってはいたが、やはり実際に訪れて、その広大さと迫力に圧倒された。
 これだ、こういうのが我が国にも必要なのだと思いつつ、すぐに思考を切り替えた。

「もう、私が考えなくていい事だったわ。癖になってるのも困ったものね」

 やれやれと一人ため息をつき、入学の手続きをとりに窓口に向かい、処理をする。
 既に書類は先に届いていたので、あとはいくつかにサインをして、案内のカタログをもらい目を通す。

 通う大学には、校舎の近くに寮もあり、そこから通って学ぶことになる。
 部屋に向かう前に、見知らぬ長身の若い男性に声をかけられた。
 私はその姿を見て、一瞬アッと驚いた。

「こんにちは。君が転入生かい?あれ、もう一人いたはずだが、一緒じゃ……」
「ああ、彼とは無関係ですから、こんにちは。ところで、どなたですか?」
「おや?」

 眼鏡をかけた男性は、茶髪の少し癖のある髪を指先でいじりつつ、その翡翠色の目を細めて笑った。

「経済を教えているグラハム・アンドリューだ。今後ともよろしく」
「先生なんですね。改めまして、本日転入させていただきますロザリオ・リンドバーグと申します」
「よろしくロザリオ、おっと」

 通路の向こうから数人の女生徒たちが、楽し気に手を振った。

「アンドリュー教授!校舎でナンパはダメですよ!」
「おいコラ!冗談ばかり言ってないで、とっととレポートをまとめてきなさい!」
「はーい、クスクス」

 彼女達との親しげな会話から、先生なのは間違いなさそうだ。
 整った容姿と、二十代程度の年齢の若さ、親しみを込めたやりとりから彼は人気者だとすぐに察した。

「じゃあ部屋まで案内するよ、ロザリオ」
「いいえ、先ほど受付で教わりましたから、自分で行けます」

 私があえて申し出を断ると、アンドリューは不思議そうな顔をした。
 だが、目立ちたくない私は、人気者の彼と二人になる事を警戒する。

「では、明日からよろしくお願いします。アンドリュー教授」

 有無を言わせぬ笑顔と、完璧なカーテシーで相手の言葉を封じ、私はサッと身を翻して場を去った。
 残されたアンドリューは、しばらく唖然としていたが、ロザリオの姿が見えなくなった途端に小さく笑う。
 先ほど見せた笑みとは違う、含みのある目で手元の書類を見た。
 そこに書かれたロザリオの詳細に、改めて目を通す。

「手強いとは思ったが想像以上だ、それにしても……ああ、確かに」

 ピンと指先で書類を弾き、彼が次をめくると、今度は隣国の第二王子の記載がある。

「君は馬鹿だな、リカルド・オズワード」

 鼻で笑い、彼は書類を手に取り、その場を去った。

 ロザリオは、用意された自分の部屋に感動していた。
 特別でもなく、他の生徒たちと同じ狭い個室。家具も最低限で、用意していた荷物が積み上げられていた。
 といっても、ロザリオ自身も最低限しか用意していなかったが、貴族として持ち込んだ品々は部屋に不釣り合いだと判断し、半分は送り返すことにした。

 隣室の同学年の女性たちに挨拶に行くと、彼女達は快くロザリオの為に簡単な歓迎パーティーまで開いて歓迎してくれた。
 それは庶民による、食堂でのささやかなお菓子やジュースの持ち込み程度だったが、これ程に楽しいパーティーはロザリオは初めてだった。

 同じ庶民でも、自国にいた自称ヒロインの彼女達とは違う。
 あくまで国の政策の一環として、優遇されただけの彼女達は、最初こそ入学の為に勉強等に努力したはず。
 だけど、結果は周囲の身分格差の貴族の子息たちや、王子に取り入ろうと授業すらロクに聞かずに恋に生きていた。
 あまりにも奔放で、無秩序は最終的には以後の特待生という選定の厳罰化が、今年より実行されるそうだ。

 祖国をふと思い出すと、ほろ苦い気持ちになるが、この隣国では祖国と違い女性も社会進出が当たり前だ。
 彼女達から色々と親切に教えて貰うとわかるが、勉学にも本気で取り組みつつ、毎日の生活を楽しんでいるのがヒシヒシと伝わった。

 私も、ただの女学生として彼女達みたいになりたいわ――

 別に特別でなくても、ヒロインでなくてもいい。
 私はただの私として、ただ自分の為に生きたいからこそ、ここに来た。

「明日からの授業が楽しみだわ」
「私達も、あの国から留学生が来るなんて、珍しくてワクワクしていたの。貴方みたいな素敵な人で嬉しいわ」

 こうして夜が明けて、新しい生活が始まった。
 大学の授業は選択式で、その日の気分で決める自由さだ。
 あとは一年後に、それぞれの科目の決められた数を習得しておけばいい。

 早速私は、興味のある科目の授業を受けてみた。
 教室の机と椅子は、半円の階段上になっており、造りも独特な形で興味深かった。
 入り口で本日の授業のプリントを手に取り、あとは好きな席に座り開始時間を待つ。
 授業中の私語は禁止だが、出入りは自由だ。
 今までの学園と違う内容と仕組みに、ロザリオは全てが新鮮で好奇心が刺激された。
 だから、気づかなかった。

「おいロザリオ、隣に座るぞ」

 聞き慣れた声に、私の返事も待たずに隣に座ったのは、なぜか共に留学してきた元婚約者だ。
 澄ました顔で当たり前に近づいて来たので、つい反射的に少し横にずれて距離をとった。

「おい、ロザリオ」
「授業が始まりますよ王子、静かに」

 何か一瞬顔を赤くしたが、すぐに王子も前を向く。
 現れたのはアンドリュー教授で、女生徒たちの黄色い声援が小さく飛ぶ。

「こらこら、静かに。今から講義を始める。プリントの内容を確認したかな?では、始める」

 チラリと目が合った気がしたが、気のせいだろう。私はともかく授業に集中した。
 アンドリューの授業は、その容姿で生徒を集めているだけではないと、明確にわかる内容の授業だった。
 ロザリオは夢中になってペンを走らせる。
 流石は貿易の国で、経済学に関しては祖国は遠く及ばない。
 国の為でなくとも、我がリンドバーグ家にとって、この知識は有益であるに違いない。

「おい、ロザリオ。これは、どういう意味だ?」
「ご自身でお調べください。今は静かに」
「だから、教えてくれと頼んでいる。お前は俺にだけは厳しくないか?だいたい、俺はお前の事を……」

 私の心に黒いモヤが広がっていく。どうして、この人は……。

「おい、そこの君。静かにしたまえ」

 アンドリューが教壇より、リカルド王子に注意した。
 だが、生徒であるリカルドは、それが気に入らない。

「おい、俺を誰だと思っている」
「ただの生徒だ。この大学において身分はないと決まっている。気に入らないなら、出口はそこだ」

 怒鳴り返そうとしたリカルドの腕を掴み、ロザリオは静かに訴えた。

「あなたは何をしに、ここに来たんですか?学びの邪魔をしたいから?」
「違うっ……くっ」

 ガタンと椅子を鳴らして、リカルドは教室を出て行った。
 周囲は一瞬静まり返ったが、アンドリューがパンパンと手を叩く。

「この学び舎は、学ぶ自由がある。つまり、いつでも辞める自由もだ。さあ授業を再開する」

 私は小さくため息をつき、気を取り直してアンドリューの言葉に耳を傾けた。
 やっと落ち着いて興味深い知識を手に入れた喜びを、私はそっと噛みしめた。
 授業が終わり、次の講義を選びに向かう。
 数日間は色々な授業をとりあえず受けたのちに、この後どうするのか予定を組もうと思っている。

 食堂に向かう私に、リカルドが声をかけてきた。
 無視しようと横を通り過ぎたら、肩をつかまれた。

「おい、人として無視はどうなんだ?」
「殿下、私はもう無関係ですので迷惑です。二度と私に関わらないと王家より指示が出ているはずですが?」
「それは祖国においてだな。ここでは無効だ」

 唖然と目を丸くした私に、リカルドは小さく咳をする。

「だから、そんなに嫌わないでくれ。俺も変わりたいからここへ来た」
「勝手に頑張って下さい」
「そんなに俺が嫌いか?俺はお前を粗末に扱った事は反省している。だが、心から嫌いになった事は……」

 よくもその口でそんな事を言えたものだ。
 なんとか切り捨てた苦い思い出が蘇り、私は拳を握りしめる。
 泣くものかと耐える私は、滲んだ目でリカルドを睨みつけると、彼は少し動揺した。
 だが、そんな時。

「こら何をしている」

 現れたアンドリュー教授が、私を庇って背に隠してくれた。
 通路の真ん中で、ちょっとした騒ぎになりかけていたが、彼は生徒たちを促し解散させてくれた。

「君たちの素性は知っているが、騒ぎを起こすのは勘弁願いたい。特に君だ、リカルド・オズワード」

 王子である事を知りながら、敬称もつけずきっぱりとアンドリューは警告した。

「ここは君の国ではない。ましてや身分差はこの学園敷地内においては一切関係ない。それが嫌なら祖国に帰れ」
「ぶ、無礼な!」
「王子なら、嫌がる女性に対して気遣いくらい見せたらどうだ?」

 ハッとしたリカルドがロザリオを見つめた。
 まるで初めて見た相手に対する視線のようで、私は一瞬怯えたが、震える彼の声が問う。

「お、怯えたのか?」
「声を荒げたり、嫌だと言っても無視されたら怖いですし嫌いです」
「き、嫌い……いや、でも」
「嫌いです」
「うっ……また、俺は」

 落ち込む姿を見せられて、一瞬胸がチクリとしたが、察した教授が私に告げた。

「自業自得の責任を負う為に、彼はここにいるのかもしれないよ。君は背負わなくていい」
「はい」

 顔を伏せたリカルドの声は、とても小さかった。

「お前の好きな物を思い出したんだ。だから……」
「殿下、いいえ、リカルド様。私にはもう関わらないで下さい」
「甘い物より、少し塩味が好きだった。それとウサギよりクマのぬいぐるみが」
「もう結構です」

 私は教授の背から前に出て、ハッキリと告げた。

「もう遅いのです。私はここに学びに来ました。貴方から解放されるためです」
「俺はお前に償いとやり直しをしたくてここに来た。何をしても許してもらえると思った俺が馬鹿だった」
「そうですか、どうでもいいです。学ぶ気がないのなら帰ったらいかがですか?」
「人の心は変わるという!」

 声を荒げた途端にしまったという表情をするリカルド。だが私の心は穏やかだ。
 どうして必死なんだろう? しつこいんだろう? 今更なんなのか?

「あなたに願うのは、ここで真面目に学び、少しでも民の為に力をつけて祖国に戻られる事です」
「ロザリオ、俺は……」
「はい、そこまでだ」

 止めに入った教授によって、不毛な会話は中断された。

「君は少し私と話し合おう」

 肩を抱かれたリカルドは、そのまま半ば強引に連行されていく。

「なんで俺が」
「男と男の会話が必要かもな」

 こうして去っていく二人の背中を見送るロザリオ。
 この日から、リカルドが無意味にロザリオに絡む事は控えられるようになり、落ち着いて学生生活を過ごせるようになった。
 芽生えかけた小さなトゲは、時間と共に消えた。

 留学期間は二年間。既に半年を迎えた時に、その短さにため息が出る。

「ロザリオ、今日講義が終わったら、みんなで食事に行かない?」
「いいわね、楽しみだわ」

 言葉遣いが丁寧だと注意され、今では砕けた言葉も自然に出るようになった。
 どれだけ親しくなっても、貴族としての嗜みは見えない壁を作っていた。
 それでも、あの国の仲間達が私を心配して手紙をくれた。
 そこから祖国の現状が垣間見える。

 彼女達は結婚に進んだ者もいれば、ヒロインもどき達により破綻した事により、新たな相手を見つけるべく社交界に精を出す者と様々だ。
 庶民出の特待生であるヒロイン達にとって、学園出身者という肩書により人生が有利になるはずだった。
 だが王子との婚約破綻の根本の原因と周知され、彼女達の前途は多難であるらしい。
 ヒロインだからが通じるのは学園内だけで、外に出れば貴族と口を利くのも難しいのだから。

「あの国の身分制度では、確かに貴族と結婚できるチャンスではあったのよね。でもやり方を彼女達は間違えたのよ」

 礼節を持って接すれば、貴族階級の者達の中から友人もできただろう。
 そこから繋がる縁もあったかもなのに、彼女達はどうして小説の流行にのってしまったのだろうか?

 その答えは、仲間達との食事の会話でヒントがあった。

「あなたの国は本当に女性は窮屈よね」

 首をかしげる私に、彼女たちは続ける。

「身分はこの国でもあるけれど、そこまで厳しくないし。でも男尊女卑はそちらの国は強いと思うの」
「祖国では逆に、女性が男性に従う限り全てを保証され、労働も目指さないのも家庭内で大事にされるからだと思っていたわ」
「でも、それが窮屈だったから、ここに来たのよね?ようこそ自由の国へ」

 飲食店の円形のテーブルに座る仲間達が拍手して笑う。
 そう、結婚がゴールで男性依存の人生だから、彼女達はなりふり構わず、あんな行動に出たのだろう。
 一切女性の労働がないわけではないが、どうしても男性主軸の生活で女性はあくまで労働の補助扱い。
 そういう部分を壊せば、我が国も少しは風通しが良くなる……と。いけない。
 私が首を横にブンブン振ると、不思議そうな友人が笑いかける。

「そういえば、あなたの元彼で良かったのかしら?」
「全く身に覚えがありません……じゃなくって、ないわね」
「うんうん。色々と裏で皆にあなたの祖国での出来事や、だから俺の妻になるとか勝手に動き回ってるみたいだかけど、心配しないで」

 サッと血が引く私に、彼女達は安心させるように教えてくれた。

「彼も必死ね。ロザリオに近づく男たちに牽制なのか、いちいち元の身分や自分の権威を振りかざして喚いてるみたい」
「最近はあんまりだから教授たちも動いて、彼に監視がついたそうよ。いくら王族でも、あれはちょっと」
「心配しないで、ロザリオは私達が守るから。あなたが何者だったとか、身分とか私達には関係ないし」
「むしろ、少し世間知らずで面倒みてあげなきゃって心配になる位よ」

 あははと軽く笑われ、私はつい涙してしまった。
 彼女達の優しさと、知らなかった周囲の助けに心から感謝する。
 けれど、彼女達は軽く当たり前だからと言うのだ。

 薄々は気づいていたが、彼女達は私の正体も、リカルド殿下との過去も全て知っていた。
 私の知らない所で、王子が広めた動きに彼女達が察して私を守ってくれていた。
 彼女達だけでなく、それ以外の人たちもだ。

 その夜は仲間達と無邪気にはしゃいで、次の日の朝を迎えた。
 休日で、朝から部屋の掃除をしていると、部屋をノックされた。
 出ると、見知らぬ高等学部の制服を着た女生徒が立っていた。

「あのっ、ロザリオ・リンドバーグ様ですよね?ああ原作通りの素敵な容姿って、あっ、警戒しないで下さい。私は前世の記憶があって……」

 まさか、この国でまたこれかと、私は少しうんざりしたが、彼女は必死で頭をペコペコと下げた。

「私は続編の悪役令嬢で、仲間です。どうか助けて下さいませんか?」
「ごめんなさい。もう、小説とか悪役令嬢とかうんざりなのよ」

 年下の黒髪の少女にそう告げて扉を閉めようとしたが、彼女に懇願された。

「私、断罪されたいんです!」
「え?」

 驚きつつ、私は彼女を部屋に入れて話を聞いた。
 狭い部屋にて、勉強机の椅子を彼女に差し出して、私はベッドに腰かけ話を聞いた。

「突然すいません。まさか一作目の悪役令嬢の貴方がここにいるなんて」

 嫌な呼び名だ。こんな国にまで知られているとは、いや王子が広めた噂を聞いてきたのだろう。

「一作目の意味がわからないのだけれど、断罪されたいってどういう意味かしら?」
「私の名前はナナ・ウェルダムです。続編のこの国が舞台の悪役令嬢です」
「ごめんなさい。もう小説ごっこはこりごりなのよ」

 そう伝えた途端に、彼女は驚いた顔をして私を見つめた。

「記憶がない?ああ、転生者じゃないんだ。本物だ……だったら余計に、ぜひ教えて頂きたいんです」
「お力になれないと思うわ。ともかく、ごっこ遊びをしている暇は……」

 私の言葉を遮るように、ナナという名の彼女は黒い髪を振り乱して、大泣きを始めた。

「わっ、私はダメだったんです!私がしっかりしていないから、ファン様が幸せにれない……うわぁーん!」
「ちょっと、落ち着いて!」

 ともかく私は、仕方なく彼女の話を聞く事となった。
 この国の伯爵令嬢であるナナは、私より一つ年下の、今年高等学部を卒業する女生徒だ。
 校舎は私の通う大学の真横で、遠くからたまたま私をみかけてついて来たらしい。

 小説の登場人物だとか意味は不明だが、彼女はこの国の第二王子ファン・ゼーレ様の婚約者である事は間違いないらしい。

「ならば、良き妃になれるように努力すれば幸せになるのではなくって?」
「違うんです!私と結ばれたらファン様は幸せになれない!ちゃんとヒロインがいるんです!」

 意味がわからない。
 だけど、シナリオとやらでは、平凡な王子として共に紡ぐ未来ではなく、シナリオとやらのヒロインとの愛こそが、王子の幸せだと信じ込んでいた。
 馬鹿な話だと私が否定しても、彼女は悲し気に首を横に振る。

「だって、私の傍にいるファン様は、いつも強張った顔をなさって、私も気の利いた言葉も言えなくて」

 グスグスと自らの制服の裾を握り、彼女は切々と訴える。

「一作目の貴方みたいに伝説の悪役令嬢になれなくて、どうしていいのかわからなくて。だからファン様も困って私の傍にばかり。友達も作れないし、他の女生徒と接する事もなく」
「あなたと共にいる事が、何が問題かわからないわ」
「間違いです!だって、私知ってるもの!ヒロインと一緒にいたスチルの幸せそうな笑顔!シナリオは駄作って言われても、ざまあがヌルいって言われても、あのスチルだけは神って評価されていて」
「ごめんなさい、もっとわかる言葉でお願いできるかしら?」

 この感覚は、以前のヒロイン達の中でも重度の彼女と共通したものがある。
 ただ一人、誰よりも自らをヒロインだと言い張りった彼女。何度もシナリオ云々と私に指図してきた彼女も、今では幼馴染のパン屋と結婚して幸せらしい。
 帰国したら、ぜひパンを買いに行きたいが、嫌がられるだろうか?

「あなたのように、凛とした悪女になりたいんです。断罪は幸いにも私が追放されるだけ。それこそが目的なのです」
「もしかして、あなた……欲しいのは自由なのね」

 何てこと、私と同じで彼女も望まずして人生を決められたのだろうか?
 ならば、私にできる事はあるだろうか?

「断罪されて(あなたが)自由になりたいのね」
「はい、自由が必要なんです(王子を解放してあげないとヒロインと結ばれないから)」

 お互いに、やっと通じ合えたという勘違いのままに、二人は手を取り合った。
 ロザリオは意識を改めた。大人しいと噂のファン王子だが、断罪されてまで自由になりたいと婚約者に言わせたのだ。
 彼女を解放する為に、協力しよう。

「それで、貴方が私に何をして欲しいの?」

 待ってましたと、ナナは心から懇願する。

「立派な悪役令嬢にして下さい!」
「任せなさい!」

 こうして、留学半年目にして、奇妙な弟子が突然できたロザリオであった。

 *****

 互いに学び舎が違えど学生である身分、二人が会うのは授業後の夕方五時以降となった。

「望まぬ婚約の果てに、ちゃんとファン王子の幸せを願えるなんて、心根のできた方だこと」

 私には無理だったわ……と、チラリと最近姿をみなくなった誰かさんを思い出しかけて、すぐ消えた。
 まあ私の場合と違い、大事なのはナナが相手を好きなのに、別れたいという事実。
 断罪覚悟の彼女の為に、まずは何が問題なのかを改めて確認すると、理想の姿になれていないらしい。

「ぜひロザリオみたいになりたいの」

 祖国で呼び捨てなど、もっての他だが、ここはゼーレだ。
 悪意なく親しい間柄だから許すが、とりあえず私もナナと呼ぶことにする。

「妃教育は受けたのね?そして知識についても、勉学についても成績は上々、問題は……」
「どうしても気が弱いのと、ためらって強気に出れないの」

 これは大きな欠点だ。
 上に立つ者として、ある程度の強さを示すために、あえて自然と命令する事に慣れておかないといけない。
 ナナはある意味、礼儀正しく全てに優しいのだが、それだけだ。
 ちょっと癖のある相手だと、気迫で負けてしまうだろう。

「相手は芋か何かだと思いなさい」
「でも、どういう時に強気でふるまえばいいのか」
「常に凛としていればいいのです」

 つい言葉遣いも、以前の私に戻るが、彼女の求めている事はそれだ。

「バケツで水をかけるのも、後ろから驚かせるのも、怖くてできないの」
「ナナは一体、何かしたいの?」

 どうも理解ができないので、改めて説明する。

「私が悪役令嬢と言われたのは、正しさを受け入れられない愚かな者達の陰口みたいなものです。間違いを正すのは相手の為になります」
「たとえば?」
「婚約者のいる者に分別なく近づく者や、こちらに向かって無礼な言葉を吐く者、そもそも規則を無視する者」
「ああ、お母さんみたいな感じでいけばいいのね?」

 わかったと力強く頷くナナに、私は唖然とした。本人は、よし掴んだいけるなどと、元気になっている。
 あえて、このまま様子見してみよう、本人もやる気を出している事だし。

「学校の始まりから終わりまで、私が貫いたようにあなたも自らの意思を貫きなさい。誰に何を言われても、自分を信じて」
「はい、九時から五時まで見習い悪役令嬢として、頑張って演じてみます」

 彼女はその日から努力を始めたそうだ。
 毎週土曜日の六時ごろに彼女は私に会いに来て、報告をしてくれる。

「まず今週は最初が肝心だと、ファン様にロザリオ風に、もうあなたの面倒はごめんですって伝えました」
「面倒をみていたの?」
「いいえ、全然」
「……そう」

 ナナにとっては、大事な事だったらしいから、私はあえてスルーした。
 うちの王子と違って、ナナと似た穏やか王子は、怒鳴り返す事も、女性をはべらかす事もない。
 ただ、ある庶民の女性とよく図書室や放課後に、共に二人で勉強をしている姿をみかけるらしい。

「今年に入って、ヒロインが動き出しました。一緒にいるファン様も真剣な顔をされています。私の傍にいるときは、強張っているのに」

 少し悲し気なナナ、だからこそ二人を応援しようと決めたのだと言う。
 シナリオ通りに進めるためには、ナナが悪役令嬢になる必要があるらしい。
 何度きいても理解できないので、考える事はやめた。

「人に指示する時は、決して目を逸らしてはいけません」
「うっ、つい逸らしてしまいます。どうしたらいいの?教えてロザリオ」
「首をみなさい」
「なるほど」

 ナナは高等学部、私は大学と別れているので、何がどう変化していっているか不明だ。
 私は普段は自分の学生生活を過ごしていると、本当に久しぶりに見覚えのある姿がアチラから来た。
 つい反射的に身構えたが、あえて横を通り過ぎていく。

「俺は今、年下の女に言い寄られているんだぞ」

 なぜか聞こえよがしに言われたが、依然と違って苦虫を潰した顔で去って行く。
 背中を見送ったが、ブツブツと独り言のように、これは接触じゃなく偶然だから大丈夫などと言っていた。

 そのまま廊下で立ち尽くしていると、今度はアンドリュー教授が現れた。

「ああ、彼は君に接触する事を禁じている。見つかれば退学ののちに祖国送還だ」
「だから最近見なかったんですね」
「寂しいかい?」
「全然」

 即答した私に、口元を手で押さえて教授は笑いをこらえた。

「君の優秀さと、献身は風の噂でも有名だ、そして、そんな君に対して彼がした行いもだ」
「先生方は、流石に私達の全てをご存じですわね」
「管理上知っているが、だからといって注視はするが特別扱いはしない」

 彼は頭を掻きながら、謝罪した。

「あちらの国に、月に一度のこちらでの生活態度の報告をするのが留学の取り決めなんだが、初日に色々やらかした時点で、あの国から帰還を促されたんだ。だけど、彼が頭を下げてここにいたいと言うんでね。だから君には伝えていなかったが、君への接触を禁止した」
「そうだったんですか」

 我が国王陛下も、ただ放り投げただけではなく、監視の意識はあったらしい。他力本願なのは相変わらずだけど、付き人や護衛のいう事など王子はきかないから、確かにこの国の者達に任せるしかないのかもしれない。
 そもそも、留学なんかさせなければいいし、別の国にしてくれれば良かったのに。
 一言で言うと、うっとおしい。
 顔に出ていたようで、プッと笑われた。つい恥ずかしくて、私は別の話題で誤魔化した、

「この前の講義の国内消費と、投資による変動計算についてですが……」

 教授は丁寧に、私の質問に答えてくれた。
 優秀で教え方も上手なので、彼の授業は楽しみの一つになっている。

「君は最近、高等部の女生徒の勉強を見てあげてるとか?彼女がこの国の第二王子の婚約者だと知ってなのか?」

 少し探りを入れる視線に、私は後ろめたいことなどない。

「はい、元経験者として助言をしています」
「最近、彼女の雰囲気や周囲への対応が変わったと聞くが、君の仕業か」
「彼女自身が望んだ事です。ところで、何か問題があるんですか?」

 ナナからは、あまり具体的な周囲の変化や、自らの対応の結果の報告は受けていない。
 というより、どうも説明がヘタなのだ。
 目を見て注意できた。ちょっと大きな声で、自分から声をあげられるようになった。
 こういう類の説明と、あとはファン王子とヒロインの様子が熱く語られる。

「私がファン王子に、悪役令嬢らしく高飛車に拒否をしたら、ヒロインが代わりにダンスレツスンを受けてくれたんです」

 今まで常に傍にいた王子から、少しずつ距離がとれると共に、ヒロインが王子の傍に入れるように頑張っているという。
 喜びつつ、ナナは告げた。

「あと少しで、卒業パーティーです。ヒロインも最近は恋をしていると評判ですし、私が犠牲になったかいがありましたよね?」

 泣き笑いの顔を見て、私は少し気にかかっていた。
 なので、アンドリュー教授から、ナナとファン王子について詳しく聞いてみた。

「二人ともに、仲が良い似た者同士のカップルだったんだが……少なくとも王子は彼女が嫌いではないと思う」
「けれど、彼女は自由になりたいと……」

 アンドリューは少し厳しい顔をして、ロザリオを諫めた。

「当人同士の気持ちの問題は、当人たちに解決させなさい」
「わかりました」

 確かにその通りだと、私が素直に頷くと、アンドリューは顔を和らげた。
 突然頭を子供のように撫でられた。

「それでこそ、ロザリオ・リンドバーグだ」

 そのまま片手をあげて去って行く背中を、私は髪を整えながら見送った。
 その日の夕食は、友人達に誘われたいつもの外食だ。

 お気に入りの店ができ、お気に入りのいつものメニューも出来た。
 そこそこの賑わいながら、女同士でも楽しめる店内。
 食事をしながらの語らいが、留学した最大の収穫かも知れない。

「ロザリオ、あなたと共に来たあの王子様だけど、最近一人の女生徒に猛烈なアタックを受けて逃げ回ってるそうよ」

 そういえば以前、本人がそう吐き捨てて去って行ったのが、姿を見た最後だ。
 なんとか元気にやっているようで何よりだ。
 たまに遠くで見かける気がするが、目の錯覚だろうで済ませていた。

「もうすぐ中・高等部ともに卒業の時期ね」

 この国は、春ではなく冬に卒業を迎え、年越しと共に新たなる学年に変更される。
 最近のナナは、最後の断罪で全て決まると緊張していた。

「卒業といえば、高等部にいる第二王子がいるでしょ?」
「ああ、アヒル王子ね」
「アヒル?」

 私がくいつくと、彼女達は教えてくれた。
 穏やかな王子は、いつも婚約者のナナの後ろを歩く姿から、アヒルと呼ばれているらしい。
 祖国でなら王族への侮辱罪で、きっと厳しく罰せられるが、ここは少し王族との距離が近い。

「アヒルも可愛いって意味で、それでもいつかは白鳥になってくれるといいのだけれど」
「でも、婚約者が王子を嫌ってるって評判よ。彼女もとうとう見限ったのね」
「そういえば、ロザリオ。あなた、彼女と仲が良かったわよね?どうして?」

 ナナの事を問われて、私は咄嗟に答えた。

「勉強を教えているのよ。彼女は私の祖国の知識に興味があったから」
「あなた本当に面倒見がいいわね」

 曖昧な返事をして、私は彼女達を置いて先に店を出た。
 この街並みは、学園内の広大な敷地内。
 外の市街に比べれば、関係者も多く比較的治安も良い。
 だからこそ、こうやって気が向いた時に女性だけで外に気軽に遊びに出れる。
 けれど、時間帯が悪かった。
 どこにでも不埒ものはいるもので、酒に酔っている若者たちに絡まれた。

「あー美人さんだ。こんばんわ、一緒に遊ぼうぜ」
「おおっ、もしかして隣国の悪役令嬢ちゃんじゃね?」

 男子学生と普段も交流がないわけではないが、彼らからは少し距離を置かれていた今日この頃。
 まさか、こんな絡み方をされるとは。

「通して下さい」
「そんな事言わずにさ、あーしつこい王子も今は別の女に夢中だとよ」

 手首を掴まれそうになり、咄嗟に後ろに後ずさりすると、ドンと何かにぶつかった。
 聞き覚えのある怒声。

「いい加減にしろよ。女一人に恥を知れ」
「うえっ……おいっ」
「なんでいるんだよ……てか、一人だろ」

 私を庇うように前に出たリカルドは、少し痩せた様子だ。
 だが怒りの気迫は昔のままに、当時のように傲慢で強気な態度で彼らに再度怒鳴りつける。

「殴れるものなら殴れ。国際問題も覚悟のうえでな」
「結局は、お前にはそれしかないのかよ」

 怯んだ彼らの言葉に、なぜか勝ち誇ったリカルドが鼻で笑う。

「俺から王子をとったら何が残る。だから特権は使う」

 恥も外聞もなく、ただある意味潔く言い切られ、毒気を抜かれた彼らは去って行った。
 一体どうして、何が起こっているのか?
 もしかして助けられた?
 私が?殿下に?

 そんな日がこようとは夢にも思わなかった。
 だけど、どうしてだろう。
 嬉しさより、私の心には複雑な渦が巻く。

「無事だなロザリオ。女がこんな時間に一人でうろつくな」

 いい返そうとしたが、確かに間違いない。
 手首を掴まれ、そのまま強引に引率された。
 足早のリカルドに合うように、自ら小走りにならざる得ない。
 一言もしゃべる事無く、二人は寮の前につく。
 そして、手を離したリカルドは何か言いたげな顔をした。

「ありがとうございました、では失礼します」

 私と関わると、王子は帰国確定だ。
 今回に関しては、理由は知らないが結果的には助けられた。
 なので穏便に、なかった事として部屋に戻ろうとしたのだ。

 玄関の外灯が私達の影を映す。

「俺は、お前に負けたと思っていた。だから気を引きたかっただけなんだ」
「だから、私を傷つけてもいいと?傷つかないと思いましたか?」

 願いを叶えても罵られ、努力は踏みにじられ、女としての尊厳も潰された。
 どのような言い訳も、もう届かない。

「私の心は既にあなたにありません。あとはあなた自身で心にケリをつけて下さい」
「できるわけないだろう!俺はお前の為にこんなところまで……って、うわぁ」

 突然何に驚いたのか、私が後ろを振り返ると、険しい顔をした女性がズカズカと近づいてリカルドの腕にしがみついた。

「いい加減にしろ!女相手だからと我慢してるが、限界だ!」
「やだっ、もう我慢しなくていいの。私ならいつでも、あなたの心を癒してあげるからって、あら?」

 私の顔を見て彼女は一瞬驚いた顔をした。

「本当にロザリオ・リンドバーグだわ。ナナの言った通りね」
「あなたナナのお友達?」
「むしろライバルになるのかしら?でも私が興味があるのはファン王子じゃなくて、初代王子の方なのよ」
「まて、また意味不明な事を言うな。ロザリオ、これは誤解だ」
「私には関係なさそうなんで、失礼します」

 突然現れた女性に絡みつかれ、リカルドがあたふたしているうちに、私はとっとと自分の部屋に帰る事にした。
 彼女が噂の、リカルドに言い寄る女性なのだろう。
 なんにせよ、ナナの知り合いらしいし趣味は悪いが、幸せになって欲しいものだ。

 部屋に戻ると、招待状が置かれていた。
 それは高等部卒業式の参加を促すナナの手紙だ。
 最後の断罪を見届けて欲しいと頼まれている。

「あの子ちゃんと今まで演じられたのかしら?」

 チラチラと聞く噂は、王子とナナの破局より、ナナの突然の奇行が評判だったのだ。
 彼女なりに頑張ってはいたようだが、バケツで水を被せようとしたのも意味不明だが、その水を自ら被るのもわからない。
 階段で一人三段ほど踏み外し、足をひねっていた事もある。
 他の女生徒を注意しようと図書室で声を上げて、逆に怒られたと聞いた時は懇々と説教したものだ。

「妹がいれば、こんな感じなのかしら?」

 にしては、出来の悪い子ほど可愛いのは本当で、まあファン王子との婚約破棄は免れないだろう。
 立派な淑女として煙たがられてというより、こんな変な子を王族にしていいの?という空気感ゆえに。
 それでも心配な私は、当日いそいそとナナの断罪の卒業パーティーに出席した。

 冬の寒い時期に行われるためか、祖国と違い昼日中のささやかな立食パーティーの様式で、パーティーは開催されていた。
 ダンスは必須ではないらしく、ドレスの者もいれば、この国独自の女性用スーツをスラリと着こなす者がいたりと、服装ですら自由でカラフルな会場では、各自がそれぞれに楽し気に祝っていた。

「やっぱり来たね、ロザリオ」

 そう声をかけてきたのはアンドリューだ。
 彼も、紺色のスーツを着こなし、いつもとは違う大人の色気で女性たちを惹きつけていた。

「私もあなたが来ると思ってました教授」

 そう私が告げた途端に、会場内で悲鳴があがる。
 周囲が集まる中で、すでに断罪が始まっていたようだ。

「このままじゃ、破棄せざるえないんだよナナ」

 必死で訴える優し気な顔のファン王子が、傍に膝をつくナナに訴えかけていた。
 だが、ナナはそれこそが本望だと、震える声で答える。

「あなたは幸せになって下さい、本当に愛する方と」
「だからナナ、彼女は学友であって君の誤解だ」
「いいえ、本当に結ばれるべきは、彼女とです」

 ゆっくりと立ち上がったナナが指さした方には、憮然とした顔をしたリカルドに付きまとっていた女性がいた。
 ……って、え?彼女がヒロイン?あれ?

 さされた当人も、何か言いたげに口を開いたが、ナナが叫んだ。

「いいから、殿下は彼女と幸せになるのが一番なんです!」
「……だから、突然僕を避けて彼女とくっつけようとしていたの?」

 悲し気なファン王子が小さくつぶやく。
 私達は、その悲痛な顔と、ナナの悲し気ながら必死な様子を、ただ見守るのみだ。
 何かがおかしい、何か間違っている。
 これが断罪?違う……これは。

「そこまで僕が嫌いなら、いいよ。だったら、婚約破棄を……」

 最後までファン王子が言い切る前に、横やりが入った。

「待て、ファン王子!お前、絶対に後悔するから、本気で縋りついてでも本音を訴えろ!」

 その怒号は、まさかのリカルドだった。
 私も横にいたアンドリューも、想定外の出来事に目を丸くする。

「俺はな、意地を張って取り返しのつかない事になった。だから……って、いい加減しろよお前!」
「リカルド様!私の王子様!来てくれたのね!」
「だから、俺には既に……やめろーっ!」

 この場面を最近見た気がする。嫌がるリカルドに全身でしがみつくヒロイン。
 ああ、なんと正直な本物の愛だろう。見習いたくはないし、出来そうにない。

「二人は仲良しさんだね」

 ニッコリと笑うアンドリューに釣られて、私も同意だと微笑み返した。

「問題はあちらですわ」

 視線を戻すと、リカルドの言葉を噛み締めるように、震えるファン王子と、それとは別の意味で衝撃を受けているナナがリカルド達を凝視していた。

「ヒロインがどうして?シナリオがおかしくなった?」

 ナナの言葉が聞こえたのか、ヒロインは叫ぶ。

「やっぱり。私と王子のエンドに強引に持っていこうとしてたのね。目を覚ましなさいよ!ここは現実で未来は自分でつくるものよ」

 ビクリと大きく震えるナナに、ファン王子がゆっくりと近づいた。

「君が好きなんだ、君がいい……ナナ」
「嘘……だって、いつも私の傍にいると、ガチガチに固まって無口になって、笑顔も歪んで……」
「違う。緊張してたんだ、君が可愛すぎて」
「なっ」

 青ざめていたナナの顔が、一気に赤くなる。
 周囲の緊張した空気に、少しずつ温かい風が吹いていく。

「恥ずかしくて、素直になれなくて君を不安にさせてごめん。君が好きだナナ」
「でも、私……私はロザリオみたいに立派でも完璧でもないわ」
「うん、雑巾で滑ったり、鞄からカエルのおもちゃを出したり、最近の君はおかしかったけど、それでも君から目が離せなかった」

 突然の告白に、皆が固唾をのんで見守る中で、ナナが救いを求めるように私を見つめた。
 私は目を閉じて、そしてゆっくりと開く。

「ファン王子、ナナは王族として相応しいですか?」

 彼の返事に迷いはなかった。

「未熟であろうと、僕が立派になって彼女を支えればいい」

 キッパリと言った姿は、流石は王族だ。
 威風堂々と言ってのけた途端に、会場内から拍手が沸いた。
 周囲の祝福と、王子の言葉にナナの心の殻が溶けていく。

「幸せになっていいのかな?ロザリオ」
「勿論よ、ナナ。使い方の方向は違ったみたいだけど、私の教えた礼儀作法はきっと将来の武器になるわ」
「うん、それ以外にも一杯大事な事を教わったわ」

 ありがとう……ナナはそう言葉にならないままに、泣き崩れ、ファン王子が傍に寄り添った。
 良かった――
 私はソッと会場を抜け出して、建物の裏庭に出る。
 夕日を浴びながら、赤い空を見上げてこみ上げる何かを必死で堪えた。

 私の中に広がる感情――ナナへの祝福と、そして羨望だ。
 とうの昔に捨てた何かが蘇る。
 もしリカルドが、あのように私を愛してくれていたら、違う未来があったのだろう。

「彼女の傍にいなくていいのかい?」

 私の後を付けていたのだろう。アンドリューの言葉に私も返す。

「あなたこそに、付いていなくていいのですか?」

 そう……彼、アンドリュー教授はこの国の第一王子その人だ。
 ここで先生をしている理由は知らないが、過去に一度見た事がありすぐにわかった。
 髪をあえて染めて、名も母方の苗字を名乗っている。
 眼鏡をかけて誤魔化しても、ファン王子と似た顔立ちと、同じ翡翠色の瞳。

 アンドリューの苦笑から、バレていたのは想定内だったらしい。

「弟から恋の悩みは聞いていたんだが、突然婚約者が様変わりしたと聞いてね。聞けば君の影響だという」
「私は噴水で水浴びしろなんて、教えていません」
「ああ、彼女のそういう天然な所も弟は好きみたいだ。人を和ませる不思議な雰囲気の婚約者様ではある」

 ナナは不思議と憎めない。それこそが最大の武器になるだろう。
 どうりで、以前にアンドリューから二人の仲に口出し無用と警告されるはずだ。

「君には感謝している。弟の妻へ再教育してくれた。それ以上に、君は俺の生徒しても優秀だ」
「光栄です殿下」

 あえて嫌味をこめて言ったのだが、アンドリューはむしろ薄く笑う。

「本当に、リカルドは愚か者だ。いまだに俺の正体すら気づかない。だが一つだけ良い事をしてくれた」

 いつのまにか距離をつめられ、騎士のように片膝をついてひざまずく。
 私を見つめる表情は、生徒に対してではなく、本来の第一王子の顔だ。
 その気迫と、カリスマ独特の有無を言わせぬ威圧感に圧倒される。
 これが王者なのだ。

「リカルドのお陰で、君は今こうして独り身で我が国にいる。ロザリオ・リンドバーグ、俺は……いや私は正式に君に交際を申し込みたい」
「ご自身の立場をわかっていらっしゃるんですか?私は傷物の隣国の伯爵の娘ですよ?」
「わかっているから、こうやって地位も投げ捨てて膝をついて懇願している」
「私が王妃に相応しいからですか?」

 あなたも、私の能力とやらを見込んでだろうか?
 ときめく心が萎み、先程の愛で選ばれたナナの涙を思い出す。
 あの涙は、とまどいと困惑、そして歓喜。
 涙すら素直に流せない私には、掴めない幸せかも知れない。

 けれどアンドリューは弟と同じく、私を見つめて優しく伝えてくれた。

「優秀なのに興味を惹かれたのは事実だが、君が案外お人よしで、むこうみずに思い切りのいい性格なのが気に入った」
「は、初めての感想ですわ」
「気づいていなかっただろうが、君とリカルドは賓客ではあるのでね。王家より隠れて護衛がついていた。でも、俺が見たロザリオは、なかなか可愛かったなぁ」

 この言葉に、うかつにも赤面してしまう。可愛いなど、家族以外の異性に、初めて言われた。

「授業中に、興味がある時は前のめりなのに、そうじゃない時の落差の態度。食堂の購買の競争の輪に飛び込めなくて、いつも売れ残りを買っていく姿とか」
「みっ、見てたんですか!」

 恥ずかしくて、つい顔を伏せてしまう。
 笑うアンドリューに、警戒していた心の檻は取り払われた。
 どれだけ澄まして取り繕っても、通用しそうにない。

「交際とか、私には良くわかりませんが、友達からならお願いします」
「素晴らしい幸福への前進だ。ありがとうロザリオ」

 あと一年少しある、この留学生活に新たな刺激が誕生した。
 アンドリューの冗談に、のってみるのもいいかも知れない。そう柔軟に受け入れられたのは、この国で私が変わったから。
 そんな私を、実は密かに見ていたもう一人の王子には気づかないままに、卒業パーティーは収まるべき場所に無事に収まり終了した。

 それから冬休みの間に、事態は少し動いた。
 私はアンドリューと共に、港に来ていた。
 突然。リカルドが帰国する事になったのだ。
 聞けば、彼自身の希望なのだそう。

 せめて見送り程度はと思う心の余裕も、隣にアンドリューがいるからだ。
 ここに来た時とは違い、少し痩せつつも表情の引き締まったリカルド。
 神経質そうな眉を下げて、最後の別れを私に告げた。

「見送りに来てくれるとは思わなかった」
「それくらいの礼儀はありますよ」

 横に並ぶアンドリューをチラリとみて、弱弱しく呟く

「俺には、あんな嬉しそうな顔をさせてやる事ができそうにない」
「何の話ですか?」

 相変わらず自己完結だけして、意味がわからない。
 そう慣れた感覚で聞き流そうとした私に、リカルドが最後だとばかりに声を張り上げた。

「ありがとうロザリオ。じゃあな」
「……っ」

 互いの視線が絡んだのは一瞬。
 だが、リカルドから視線を外して、清々しい勢いで船のタラップを駆けのぼって行った。

 かけられた言葉が信じられず、私は彼の姿が見えなくなっても船の乗降口を見続けた。

「信じられないわ……殿下が、ありがとうなんて言葉を言うなんて」

 気付かぬうちに、私の頬に涙が伝った。
 やっと、やっと欲しい物が手に入った。
 一番欲しかったのは、謝罪ではなく感謝だった。
 あの暴君で愚かだった王子に、今更思う心は何一つなくとも、過去の自分が報われた気がした。

「ほら、彼にも新しい変化がありそうだ」

 アンドリューが示す先には、荷物をまとめて船に乗り込むヒロインの姿があった。

「恋というのは、素晴らしいね。というか、逞しいな彼女」
「そりゃあ主人公ですもの」

 私はつい笑ってしまった。
 どうなるか未来なんてわからない。
 だけど、シナリオなんて自分で作っていくものだと実感する。

「俺にとっては、君が主人公なんだが」

 私はクスリと笑って教えてあげた。

「あら、私は朝から晩まで悪役令嬢ですの」

 私達は顔を見合わせ、笑いあう。

 ナナの勘違いの努力は、最終的にはファン王子との絆を強くし、私は新しい恋人候補を手に入れた。
 この先がどうなるかなんて、わからない。
 元・悪役令嬢として、これからも私は自らの意思を貫いていくだけだ。

 私は、これからの明日に胸を躍らせ、アンドリューの手を握った。













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みんなの感想(20件)

ぽぽまも
2026.01.14 ぽぽまも

リカルド、無理矢理諦めたっぽいですね。それもまた人生(´-ω-)ウム
性根は悪い子じゃないんですね。いづれ支えてくれる(若しくは掌で転がしてくれる)彼女が現れると良いな。年上かな?
でも、ロザリオがアンドリューに落とされるのは嫌‼️アンドリューやばそう。個人的には、ロザリオは全力でアンドリューから逃げて欲しい。
他所の『自称悪役令嬢』の奇行とか、色々あって楽しかったです。
読ませて頂きまして有難う御座いました(❁´ω`❁)

解除
penpen
2026.01.09 penpen

リカルド君、ヒロインから超逃げて〜(;・∀・)

解除
蒼月奏
2025.12.19 蒼月奏

リカルド諦めちゃうんだー
なんだかねぇ〜

解除

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