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第122話:二重の慶事と子爵の使者、王女の祈り
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アキオの町が柔らかな冬の日差しに包まれる中、中央館の一室では、セレスティーナが窓の外に広がる雪景色を眺めながら、静かに物思いに耽っていた。アレクサンダー子爵からもたらされた故国エルドリアの僅かな情報は、彼女の心に希望の光を灯すと同時に、幼い弟君(王子)の安否への深い憂慮をもたらしていた。
(我が弟、クリストフは今、いずこに…そして、いかなる状況に…)
祈るように胸の前で手を組む彼女の表情には、母となる喜びとはまた別の、王女としての苦悩が滲んでいた。
ここ数日、セレスティーナは自身の体調に微かな変化を感じ始めていた。それは、かつてステラを身ごもった時とよく似た感覚。そして、その予感は、レオノーラとの何気ない会話の中で確信へと変わった。
「セレスティーナ様、近頃少し顔色が優れませんが、もしや…」
レオノーラの言葉に、セレスティーナははっと顔を上げた。レオノーラの瞳にもまた、同じような気づきと、そして隠しきれない喜びの色が浮かんでいたのだ。
二人は顔を見合わせ、そしてシルヴィアとアウロラに相談し、マーサの診立てを仰いだ結果、それは確かなものとなった。セレスティーナとレオノーラ――二人が、ほぼ同時期にアキオの子を再び身ごもっていたのである。
アヤネの懐妊に続く、この二重の、いや、ヘルガのことも含めれば三重以上の慶事に、アキオ家は再び大きな喜びに包まれた。アキオは、愛する妻たちのお腹に次々と新しい命が宿るという奇跡に、深い感謝と、そして父親としての大きな責任を改めて感じていた。
セレスティーナは、新たな命の温もりを感じながらも、遠い故郷の弟の無事を、より一層強く祈るのだった。
そんな喜びに満ちた日々の中、アレクサンダー子爵からの予告通り、彼の名代としての使者たちがアキオの町に到着した。町の入り口では、アキオ、シルヴィア、そして町の代表としてアルトが彼らを丁重に出迎えた。
使者としてやって来たのは、子爵が厚い信頼を寄せているという若い家臣夫婦だった。夫は名をゲルトと言い、実直そうな顔つきの、年の頃はアルトより少し上に見える騎士風の男。妻はリーゼロッテと名乗り、聡明そうな大きな瞳と、穏やかな微笑みが印象的な女性だった。
「アキオ殿、そして町の皆様。我が主、アレクサンダー・フォン・ヴァルト子爵よりの親書と、友好の証をお持ちいたしました」
ゲルトは、馬上から降りると、アキオに深々と頭を下げ、一通の羊皮紙の巻物を差し出した。リーゼロッテもまた、夫の隣で優雅に礼をした。
中央館の客間に通された使者夫婦は、アキオとシルヴィア、そしてアウロラを交えて、子爵からの親書の内容を伝えた。そこには、改めてアキオの町への深い感謝と敬意、そして両領地の末永い友好と、具体的な交易の開始を望む言葉が綴られていた。さらに、友好の証として、子爵領で採れる良質な鉱石や、この地方では珍しい果実の苗木などが贈られた。
「我が主は、アキオ殿の町の高い技術と、何よりも人々の幸福な暮らしぶりに深く感銘を受けておられました。そして、ぜひとも貴殿の町から学びたいことが多くある、と」
リーゼロッテが、穏やかながらも熱意を込めて語る。特に彼女が注目したのは、アキオの町の驚異的な乳幼児の生存率と、子供たちの健康状態だった。
「もしお許しいただけるのであれば、我が領地の産婆たちを、こちらのマーサ殿の元へ派遣し、その素晴らしい知識と技術を学ばせていただきたい、と我が主は強く願っております」
アキオは、その申し出を快く受け入れた。「もちろん、マーサも喜んで協力するでしょう。その間の産婆さんたちのご主人方の滞在や仕事についても、こちらでできる限りのことはさせていただきます」
その言葉に、ゲルトとリーゼロッテは顔を見合わせ、深く頭を下げた。そして、今度はアキオの方から、一つの提案がなされた。
「子爵閣下のご厚意に感謝いたします。つきましては、こちらからも、ささやかながら互いの発展のために、何かできることはないかと考えておりました。例えば…我が町の若い者たちを、子爵領へ派遣し、我々の持つ技術(建築、農耕、道具作りなど)を伝え、また、そちらの優れた文化や知識を学ばせていただく、というのはいかがでしょうか」
アキオが提案したのは、いわば「交換留学制度」のようなものだった。
「最初の派遣として、建築と町の運営に長けたアルトと、薬草学に精通したミコの二人を一年ほど。その後は、ケンタや他の若い衆が交代で…そうすれば、両領地の間に、より深く、そして永続的な絆が生まれるのではないかと」
このアキオの思いがけない提案に、ゲルトとリーゼロッテは目を見開いて驚き、そしてすぐに大きな喜びに変わった。
「アキオ殿…それは、あまりにも寛大なお申し出…! 我が主も、必ずや狂喜乱舞されることでしょう!」
こうして、アキオの町とヴァルト子爵領の間には、産婆の学習派遣と、若い技術者たちの交換留学という、未来へと繋がる具体的な交流プログラムが合意されることとなった。その場にはいなかったが、この話を聞いたケンタは、あと一年ほどで成人するユメとの将来に想いを馳せつつ、いつか自分も子爵領へ赴き、新しい知識や経験を得るのだと、胸を熱くするのだった。
子爵からの使者であるゲルトとリーゼロッテ夫妻は、その後数日間アキオの町に滞在し、町の隅々まで見て回り、その進んだ技術や、何よりも住民たちの温かい心と幸福な暮らしぶりに、改めて深い感銘を受けた。彼らは、アキオの町が持つ計り知れない可能性と、ヴァルト子爵領との友好関係がもたらすであろう輝かしい未来を確信し、再訪を固く約束して帰路についた。
アキオの町は、この使節団の受け入れと交流プログラムの合意によって、外部世界との安定した互恵関係という、新たな扉を力強く開いたのだった。それは、この聖域の祝福を、少しずつ世界へと分かち合っていく、大きな第一歩となるのかもしれない。
(我が弟、クリストフは今、いずこに…そして、いかなる状況に…)
祈るように胸の前で手を組む彼女の表情には、母となる喜びとはまた別の、王女としての苦悩が滲んでいた。
ここ数日、セレスティーナは自身の体調に微かな変化を感じ始めていた。それは、かつてステラを身ごもった時とよく似た感覚。そして、その予感は、レオノーラとの何気ない会話の中で確信へと変わった。
「セレスティーナ様、近頃少し顔色が優れませんが、もしや…」
レオノーラの言葉に、セレスティーナははっと顔を上げた。レオノーラの瞳にもまた、同じような気づきと、そして隠しきれない喜びの色が浮かんでいたのだ。
二人は顔を見合わせ、そしてシルヴィアとアウロラに相談し、マーサの診立てを仰いだ結果、それは確かなものとなった。セレスティーナとレオノーラ――二人が、ほぼ同時期にアキオの子を再び身ごもっていたのである。
アヤネの懐妊に続く、この二重の、いや、ヘルガのことも含めれば三重以上の慶事に、アキオ家は再び大きな喜びに包まれた。アキオは、愛する妻たちのお腹に次々と新しい命が宿るという奇跡に、深い感謝と、そして父親としての大きな責任を改めて感じていた。
セレスティーナは、新たな命の温もりを感じながらも、遠い故郷の弟の無事を、より一層強く祈るのだった。
そんな喜びに満ちた日々の中、アレクサンダー子爵からの予告通り、彼の名代としての使者たちがアキオの町に到着した。町の入り口では、アキオ、シルヴィア、そして町の代表としてアルトが彼らを丁重に出迎えた。
使者としてやって来たのは、子爵が厚い信頼を寄せているという若い家臣夫婦だった。夫は名をゲルトと言い、実直そうな顔つきの、年の頃はアルトより少し上に見える騎士風の男。妻はリーゼロッテと名乗り、聡明そうな大きな瞳と、穏やかな微笑みが印象的な女性だった。
「アキオ殿、そして町の皆様。我が主、アレクサンダー・フォン・ヴァルト子爵よりの親書と、友好の証をお持ちいたしました」
ゲルトは、馬上から降りると、アキオに深々と頭を下げ、一通の羊皮紙の巻物を差し出した。リーゼロッテもまた、夫の隣で優雅に礼をした。
中央館の客間に通された使者夫婦は、アキオとシルヴィア、そしてアウロラを交えて、子爵からの親書の内容を伝えた。そこには、改めてアキオの町への深い感謝と敬意、そして両領地の末永い友好と、具体的な交易の開始を望む言葉が綴られていた。さらに、友好の証として、子爵領で採れる良質な鉱石や、この地方では珍しい果実の苗木などが贈られた。
「我が主は、アキオ殿の町の高い技術と、何よりも人々の幸福な暮らしぶりに深く感銘を受けておられました。そして、ぜひとも貴殿の町から学びたいことが多くある、と」
リーゼロッテが、穏やかながらも熱意を込めて語る。特に彼女が注目したのは、アキオの町の驚異的な乳幼児の生存率と、子供たちの健康状態だった。
「もしお許しいただけるのであれば、我が領地の産婆たちを、こちらのマーサ殿の元へ派遣し、その素晴らしい知識と技術を学ばせていただきたい、と我が主は強く願っております」
アキオは、その申し出を快く受け入れた。「もちろん、マーサも喜んで協力するでしょう。その間の産婆さんたちのご主人方の滞在や仕事についても、こちらでできる限りのことはさせていただきます」
その言葉に、ゲルトとリーゼロッテは顔を見合わせ、深く頭を下げた。そして、今度はアキオの方から、一つの提案がなされた。
「子爵閣下のご厚意に感謝いたします。つきましては、こちらからも、ささやかながら互いの発展のために、何かできることはないかと考えておりました。例えば…我が町の若い者たちを、子爵領へ派遣し、我々の持つ技術(建築、農耕、道具作りなど)を伝え、また、そちらの優れた文化や知識を学ばせていただく、というのはいかがでしょうか」
アキオが提案したのは、いわば「交換留学制度」のようなものだった。
「最初の派遣として、建築と町の運営に長けたアルトと、薬草学に精通したミコの二人を一年ほど。その後は、ケンタや他の若い衆が交代で…そうすれば、両領地の間に、より深く、そして永続的な絆が生まれるのではないかと」
このアキオの思いがけない提案に、ゲルトとリーゼロッテは目を見開いて驚き、そしてすぐに大きな喜びに変わった。
「アキオ殿…それは、あまりにも寛大なお申し出…! 我が主も、必ずや狂喜乱舞されることでしょう!」
こうして、アキオの町とヴァルト子爵領の間には、産婆の学習派遣と、若い技術者たちの交換留学という、未来へと繋がる具体的な交流プログラムが合意されることとなった。その場にはいなかったが、この話を聞いたケンタは、あと一年ほどで成人するユメとの将来に想いを馳せつつ、いつか自分も子爵領へ赴き、新しい知識や経験を得るのだと、胸を熱くするのだった。
子爵からの使者であるゲルトとリーゼロッテ夫妻は、その後数日間アキオの町に滞在し、町の隅々まで見て回り、その進んだ技術や、何よりも住民たちの温かい心と幸福な暮らしぶりに、改めて深い感銘を受けた。彼らは、アキオの町が持つ計り知れない可能性と、ヴァルト子爵領との友好関係がもたらすであろう輝かしい未来を確信し、再訪を固く約束して帰路についた。
アキオの町は、この使節団の受け入れと交流プログラムの合意によって、外部世界との安定した互恵関係という、新たな扉を力強く開いたのだった。それは、この聖域の祝福を、少しずつ世界へと分かち合っていく、大きな第一歩となるのかもしれない。
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