五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第160話:帰還後の憂愁、才媛の気付きと魔導の光

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 エルドリアから帰還したアキオの町は、二人の王女が故国に残るという大きな決断の報を受け、静かな、しかし確かな連帯感に包まれていた。彼女たちの使命を理解し、遠くから支えようという想いが、町全体に満ちていた。
 しかし、アキオ自身の心には、ぽっかりと穴が開いたような寂しさが巣食っていた。二人の愛する妻を、危険が残るかもしれない地へ送り出したことへの不安、そして単純に、家族が欠けたことへの喪失感。日中は町の運営や子供たちの世話、そして新たな建設計画などで気丈に振る舞っていたが、夜、一人になると、その心労がどっと押し寄せるのだった。

 シルヴィアやアウロラは、そんな夫の様子を深く案じていた。
「アキオ、少しお疲れのようですわね。今夜は、わたくしの部屋でゆっくりとお休みになって」シルヴィアは優しく寄り添い、彼のために特別な薬草をブレンドした癒やしの湯を用意した。
「だんな! あたしと勝負しろ! 汗を流せば、そんなウジウジした気持ちも吹っ飛ぶって!」キナは、持ち前の明るさでアキオを訓練場へ誘った。彼女との組み手は、確かにアキオの気を紛らわせてくれたが、根本的な解決には至らない。生命樹の下の「愛の祭壇」で彼女に求められても、アキオの心はどこか上の空で、キナはそんな彼の様子を敏感に感じ取り、心配そうに眉をひそめるだけだった。ドルガン親方も、見かねてドワーフの火酒を勧めたが、アキオはそれを嗜む程度に留め、深く酔うことで悲しみを忘れようとはしなかった。

 そんなアキオの心の機微を、誰よりも冷静に、そして正確に観察している者がいた。彼の秘書官となったばかりの才媛、凛である。
 彼女は、アキオから渡された町の運営に関する資料を整理・分析する傍ら、彼の行動、表情、そして他の家族とのやり取りを注意深く見つめていた。そして、アキオの心労の根源が、単なる寂しさだけでなく、二人の妻の元へすぐには駆けつけられない「物理的な距離」そのものにあることを見抜いていた。
(セレスティーナ様たちがいる砦町までは馬車で2日…往復すれば4日もの時間を要する。これでは、何かあってもすぐには駆けつけられないし、頻繁に顔を見に行くことも叶わない。この「距離」が、アキオ様の心を縛り付けている重石なのだわ…だが、もし、もっと早く移動できる手段さえあれば…)
 凛の脳裏に、かつて王都の最高学府で彼女が関わった、ある研究の記憶が閃光のように蘇った。

 数日後、凛は意を決して、中央館の執務室で一人、地図を眺めながらため息をつくアキオに声をかけた。
「アキオ様、僭越ながら申し上げます」
 凛の凛とした声に、アキオは顔を上げた。
「アキオ様が、セレスティーナ様とレオノーラ様のことでお心を痛めておられるのは、お察しいたします。もし、そのお悩みの一端が、お二人の元へ赴くまでの『時間』にあるのだとしたら…その移動時間を、劇的に短縮できる可能性について、お聞きになるご興味はございますでしょうか?」
「…移動時間を、劇的に短縮?」アキオは、凛の言葉の意図を測りかね、訝しげに聞き返した。
 凛は、静かに、しかし確信を込めて続けた。「はい。わたくし、王都の最高学府におりました折、魔石を動力源とする乗り物――『魔導車』の研究に、少しばかり関わっておりました」
「魔導車だと!?」
「当時のものは、魔石のエネルギー変換効率が悪く、多くの魔石を消費するばかりで、とても実用的とは呼べない代物でした。ですが、その基本原理や理論は確立されています。この町の、ドルガン様が精錬される『アキオ鋼』の強度、精霊の加護を受けた炉、そして何よりも、アキオ様ご自身が持つ未知の技術と『力』…。それらを組み合わせることができれば、かつての王都の試作品を遥かに超える、効率的で高速な『魔導車』を、この町で作り出せるやもしれません」

 凛からの思いがけない、しかしあまりにも魅力的で具体的な提案は、塞ぎ込んでいたアキオの心に、まるで稲妻のように強烈な光を灯した。
 そうだ、嘆いていても仕方がない。会えないのなら、会えるようにすればいい。移動に時間がかかるのなら、時間を縮めればいいのだ。技術者としての血が、そして夫として、父としての想いが、一気に沸騰するのを感じた。
「凛殿…! それは、本当か!? 君は、その魔導車の設計や理論を知っているのか!?」
 アキオは、思わず身を乗り出し、凛に詰め寄った。凛は、そのあまりの勢いに一瞬たじろぎ、反射的に身を強張らせたが、アキオの瞳に宿るのが純粋な技術的探求心と家族への愛情であることを感じ取り、すぐに落ち着きを取り戻した。
「はい。基本的な構造理論であれば、わたくしの頭の中に。アキオ様のお力添えがあれば、図面に起こすことも可能かと存じます」

 その日から、アキオの町の空気は一変した。「魔導車開発」という、新たで壮大な目標が生まれたのだ。アキオは、早速凛を伴ってドルガン親方の元へ向かい、計画の概要を説明した。ドルガンもまた、その革新的な乗り物の話に、鍛冶師としての好奇心を大いに刺激されたようだった。
 アキオ、凛、そしてドルガン。異世界からの転移者、王都の才媛、そしてドワーフの老工匠。三人の異才が、それぞれの知識と技術を持ち寄り、設計図を描き、部品の試作を始める。その共同作業を通じて、アキオと凛の間には、これまでにない知的な信頼関係と、確かなパートナーシップが芽生え始めていた。アキオは凛の驚異的な記憶力と論理的思考に舌を巻き、凛はアキオの常識にとらわれない発想と、それを形にする卓越した技術力に深い感銘と、そして密かな尊敬の念を抱くようになっていた。

 町の皆も、この新しい計画に色めき立った。
「希望の会」の未亡人たちは、「それができれば、アキオ様も寂しくなくなりますね」と喜び、その計画が成功するよう、作業に励む男たちのために食事の準備などで甲斐甲斐しく働いた。アヤネやキナも、夫が元気を取り戻したことに安堵し、その挑戦を心から応援した。
「廃墟の再生計画」も、聖霊獣が見守る中、アウロラとシルヴィアによって静かに進められ、アヤネの娘とキナの息子(大地くん)は、多くの愛情を一身に受け、すくすくと成長していた。

 セレスティーティーナとレオノーラを想うアキオの憂愁は、凛の才媛としての「気付き」によって、町の未来を切り拓く新たな「魔導の光」へと昇華されようとしていた。アキオの町の物語は、また一つ、大きな希望の歯車を回転させ始めたのだ。
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