五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第161話:魔導車の歯車と、愛妻の甘い嫉妬

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 アキオの町では、新たな目標である「魔導車開発」プロジェクトが、熱気を帯びて本格的に始動していた。中央館の一室とドルガンの鍛冶場は、さながら技術開発の拠点と化し、アキオ、凛、そしてドルガン親方の三人が、昼夜を問わず知恵を突き合わせる姿が見られた。
 壁に張り出された巨大な羊皮紙には、凛が描いた精密な構造図や、アキオが現代知識を元に書き加えたアイデアのスケッチが、無数に描き込まれている。
「凛殿のこの理論だと、魔石のエネルギーを直接回転運動に変換する際のロスが最小限に抑えられる。素晴らしい!」
「いえ、アキオ様のその『差動歯車(ディファレンシャルギア)』という発想こそ驚くべきものですわ。これがあれば、左右の車輪の回転差を吸収し、滑らかな旋回が可能になります。王都の研究では、この問題を解決できず頓挫しておりました」
「ふん、理屈は分からんが、この『アキオ鋼』で、この図面通りの精密な歯車をワシが作ってやれば、頑丈で滑らかに動くものができる、ということじゃな! 面白い、血が騒ぐわい!」
 アキオの発想力、凛の理論的知識、そしてドルガンの職人技。三つの異なる才能が見事に融合し、プロジェクトは驚異的な速度で進んでいく。その共同作業は、凛にとって、過去のトラウマとは無縁の、純粋な知的好奇心と創造の喜びに満ちた時間だった。彼女は、アキオが自分の知識を心から尊重し、一人の対等なパートナーとして接してくれることに、静かな、しかし確かな心の安らぎと、自覚のないままの思慕を感じ始めていた。

 そんなある日、ヴァルト子爵領経由で、エルドリアから待望の便りが届いた。セレスティーナとレオノーラからの手紙だった。そこには、アキオの町の支援物資がどれほどエルドリアの民を救っているかという感謝、クリストフ王子と共に復興に尽力する日々の様子、そして何よりもアキオと、アキオの町に残してきた子供たちへの尽きせぬ愛情が、美しい文字で綴られていた。
 手紙を読んだアキオは、安堵と共に、彼女たちに一日も早く会いに行きたいという想いをさらに強くした。「魔導車を…必ず完成させるぞ」アキオの決意は、一層固いものとなった。

 その夜、アキオは、日中の興奮冷めやらぬ様子で、アヤネの部屋を訪れた。アヤネは、生まれたばかりの娘を隣の揺りかごで寝かしつけ、夫の帰りを穏やかな笑みで迎える。
「アキオ様、お疲れ様です。お顔が輝いていらっしゃいますわね。『魔導車』の開発、順調なのでしょう?」
「ああ、アヤネ! 今日はすごい進展があったんだ! ドルガン殿が試作してくれた歯車の精度が完璧でな。それに、凛殿の計算がまた素晴らしくて、動力伝達の効率が理論上、王都の試作品の三倍以上になることが分かったんだ! 彼女がいなければ、この計画は絶対に始まらなかった。まさに才媛だよ、凛殿は」
 アキオは、純粋な感動と興奮から、立て続けに凛の才能を称賛した。
 アヤネは、夫が元気を取り戻したことを心から喜び、にこやかに相槌を打っていたが、その胸の奥では、ほんの少しだけ、チクリとした可愛らしい痛みが走っていた。
(まあ、アキオ様ったら、本当に凛様のことばかり…。わたくしだって、アキオ様のお役に立ちたいのに。凛様は、とてもお綺麗で、頭も良くて…)
 それは、アキオの第一夫人としての、甘い独占欲。そして、新しく現れた才媛への、ほんの少しの対抗心。
「アキオ様」
 アヤネは、そっとアキオの胸に寄り添うと、いつもより少しだけ大胆な上目遣いで、彼の瞳を見つめた。
「その…『魔導車』のお話も、とても素敵ですけれど…今夜は、アキオ様ご自身の『力』を、わたくしにだけ見せてはいただけませんこと…?」
「…アヤネ?」
 アキオは、アヤネのいつもとは違う、積極的で、少し挑発的な雰囲気に息をのんだ。彼女の瞳は潤み、その白い頬はほんのりと上気している。それは、アキオの心を自分だけに取り戻したいという、愛らしい嫉妬心が生んだ、彼女なりの「逆襲」だった。
 アキオは、そんなアヤネのいじらしい想いを瞬時に悟り、愛おしさで胸が一杯になった。
「…そうか。俺としたことが、少し夢中になりすぎていたな。アヤネ、今夜は、君だけを…」
 アキオがアヤネを抱きしめ、その唇を求めようとした、その時だった。

「だんなぁ! アヤネ! なんか楽しそうなことやってんなぁ! あたしも混ぜろーっ!」
 部屋の扉が勢いよく開き、そこには夜着姿のキナが、屈託のない笑顔で立っていた。彼女は、二人の間の甘い雰囲気を敏感に察知し、いてもたってもいられなくなったらしい。
「キ、キナ! あなたねぇ…!」アヤネが抗議の声を上げるが、時すでに遅し。
 キナはベッドに飛び乗ると、アキオとアヤネの間に割り込み、「だんな! アヤネばっかりずるいぞ! あたしにも『力』を見せろー!」と、アキオの首に抱きついた。
 アキオは、この賑やかで、愛情深い嵐のような展開に、苦笑しながらも、心の底からの幸福を感じていた。
「ははは、分かった、分かった。アヤネもキナも、今夜は二人まとめて、だ。覚悟しておけよ」
「望むところだぜ、だんな!」「アキオ様のいじわる…!」
 アキオは、左右に抱えた二人の愛しい妻の温もりと重みを感じながら、その夜、心ゆくまで彼女たちとの愛を確かめ合った。才媛への称賛から始まった夜は、結果的に、アキオ家の柔軟で温かい家族の絆を、改めて実感する一夜となった。アキオは、二人の妻の穏やかな寝息を聞きながら、心地よい疲労感と共に、満ち足りた眠りへと落ちていくのだった。
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