五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第191話:魔導車の初陣、エルドリアの驚愕

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 数日後、夜明け前の清浄な光が生命樹の葉を濡らす頃。アキオの町の中央館の前には、この聖域の叡智と技術の結晶である聖域製魔導車・試作一号機が、その黒鉄の車体を静かに出発の時を待っていた。

 その周りには、町のほぼ全ての住民が集まっていた。それは、ただの旅立ちの見送りではない。町の未来、そして遠い同盟国の運命をも左右するかもしれない、神聖な使節団を送り出すための、祈りの儀式にも似た光景だった。
 アキオは、操縦席に乗り込む前に、町に残る家族一人一人と、言葉を交わした。

「アヤネ、カイ殿やアルト、そして町の皆のことを頼んだぞ。お腹の子を、何よりも大切にな」
「はい、アキオ様。どうかご武運を。そして、セレスティーナ様とレオノーラ様に、わたくしたちの想いをお伝えください」
 アヤネは、少し大きくなったお腹を愛おしそうにさすりながら、夫の無事を祈る。その瞳には、第一夫人としての、そしてこの町の母としての、揺るぎない覚悟が宿っていた。

 魔導車の後部座席には、計画の要であるシルヴィアとアウロラ、そして護衛兼斥候役のキナが乗り込み、助手席には機関士兼秘書官として凛が座る。彼女たちの手には、厳重に保管された「生命樹の種子」と「恵みの苗」、そして万一のための「生命の霊薬」が託されていた。
「出発する!」
 アキオの合図と共に、分厚いアキオ鋼のドアが重厚な音を立てて閉まる。ウィィィン…という、静かだが力強い駆動音を響かせ、魔導車は、町の皆の祈りを背に、滑るようにして大地を走り始めた。

 その旅路は、これまでのどんな旅とも異なっていた。
 馬車であれば丸二日はかかるエルドリア国境への道を、魔導車は驚異的な速さで駆け抜けていく。
「凛殿、計器の数値はどうだ?」
「はい、アキオ様。動力炉、安定しています。エネルギー消費量も、前回の試験走行のデータを基に算出した予測値の範囲内です」
 凛は、助手席で映写水晶板に映し出される数値を冷静に読み上げながら、手元の羊皮紙に詳細なデータを記録していく。
「だんな、前方3キロ先に、デカい獣の群れがいるぜ! 数は十数頭。こっちには気づいてねえみたいだけど、念のため、少し西へ進路を変えた方がいいかもな!」
 後部座席のキナが、神狼の血脈に覚醒した鋭敏な五感で、遠くの森の気配を正確に捉える。
「了解だ、キナ」
 アキオは、キナの報告に基づき、滑らかな操作で魔導車の進路をわずかに修正する。森の道なき道や、多少のぬかるみも、アキオが設計しドルガンが作り上げた特殊なサスペンションが巧みに衝撃を吸収し、車内は驚くほど静かで安定していた。

 そして、出発からわずか半日ほどが過ぎた昼過ぎ。
 一行は、エルドリア解放区の国境近くに位置する、あの砦町へと到着した。
 砦の見張り台に立つ兵士が、街道の彼方に土煙を上げながら信じられない速さで近づいてくる「黒い何か」を発見し、狼狽した声で鐘を打ち鳴らす。砦全体が、一気に緊張に包まれた。
 だが、砦の城門前で待機していたクリストフ王子、そしてセレスティーナとレオノーラは、その土煙の正体が何であるかを理解していた。アキオからの先触れの使者によって、その奇跡の乗り物のことは知らされていたのだ。
「来たか…!」クリストフが、固唾をのんで呟く。

 やがて、音もなく滑るようにして、黒鉄の流線形をした魔導車が、彼らの目の前で静かに停止した。その圧倒的な存在感と、馬もいないのに動くという奇跡を目の当たりにし、事情を知らされていなかったエルドリアの兵士たちは、驚愕と畏怖に、ただ息をのむばかりだった。

 ウィィン…という軽い音と共にドアが開き、まずアキオが降り立った。
「姉上! レオノーラ殿! そして…アキオ殿! よくぞ、再びこの地へ!」
 クリストフが駆け寄ろうとした時、彼はさらに驚くことになる。魔導車から、アキオに続いて、凛、キナ、そして、この世のものとは思えぬほど気高く美しいハイエルフのシルヴィアと、神々しいオーラを放つ聖女アウロラが、次々と降りてきたのだ。町の首脳陣が、総出でやって来た。その事実に、クリストフもセレスティーティーナも、この訪問がただ事ではないことを悟った。

「シルヴィア! アウロラ様まで…!」
 セレスティーナとレオノーラは、アキオの町の妻たちの姿を認めると、感極まって駆け寄った。シルヴィア、アウロラ、キナ――彼女たちは、もはや主君と臣下という関係を超え、固い絆で結ばれた家族であり、姉妹のように親しい存在だった。女たちは、互いの無事を喜び、固く抱き合う。そして、シルヴィアたちは、セレスティーナとレオノーラの、ゆったりとしたドレスの上からでもはっきりと分かる、大きく膨らんだお腹に気づき、その身を案じつつも、新しい命の誕生が間近であることを心から祝福した。

 夜、砦町の中枢部で、アキオ一行とクリストフ王子たちによる会談が開かれた。
 セレスティーナとレオノーラは、アキオの顔を、期待と不安が入り混じった表情で見つめていた。町に残してきた我が子たちのこと。アキオは、どんな「答え」を持ってきたのだろうか。
 アキオは、そんな二人に優しく微笑みかけると、隣に座るシルヴィアに静かに合図を送った。
 シルヴィアは、皆を見渡し、穏やかな、しかし凛とした声で語り始めた。
「セレスティーナ、レオノーラ。あなたたちが、お子さんたちを手元に呼び寄せたいと願うお気持ち、私たちも痛いほど分かります。ですが、アキオは、まだ復興途上のこの地の安全性を、深く案じておりました」
 その言葉に、セレスティーナとレオノーラの顔に、わずかに失望の色が浮かぶ。だが、シルヴィアの言葉は続いた。
「――ならば、答えは一つです。エルドリアが、まだ子供たちにとって安全な聖域ではないというのなら、わたくしたちの聖域の祝福を、この地へ少しだけお分けすればよいのです」
「…聖域の、祝福を…?」セレスティーナが、信じられないというように呟く。
 隣のアウロラが、その言葉を引き継いだ。「ええ。この町に、わたくしたちの町の力の根源である『生命樹の種子』を植えるのです。そして、かつて森の主様から授かった『恵みの苗』も。わたくしの祈りと、アキオの『生命の祝福』を込めて、この一帯を『小さな聖域』としてしまうのです」

 それは、常識を遥かに超えた、奇跡そのものを贈るという提案だった。
 クリストフ王子は、その壮大すぎる計画に、一国の指導者として、そして一人の人間として、ただただ衝撃を受け、言葉を失っていた。彼らが望んでいたのは、甥と姪との再会。しかし、アキオたちがもたらしたのは、エルドリアの未来そのものを変えかねない、計り知れないほどの「贈り物」だった。
「アキオ殿…あなたというお方は…」
 クリストフは、椅子から立ち上がると、アキオに対し、王として、そして友として、深い、深い敬意を込めて頭を下げた。セレスティーナとレオノーラは、もはや感謝の涙を止めることができなかった。

 明日から、いよいよ、エルドリアの地に、新たな聖域を創造するための、前代未聞の儀式の準備が始まる。アキオたちの手によって、この地に、また一つ、奇跡の光が灯されようとしていた。
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