五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第226話:聖域の総力、そして繋がれる手

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 アキオの町は、春本番を迎え、生命樹の若葉が陽光にきらめき、大地からは力強い生命の息吹が立ち上っていた。新・中央館の建設は順調に進み、元「荒くれ共」と未亡人たちのための新しい住宅区画にも、未来の家庭を築くための槌音が響き渡っている。誰もが、この聖域の穏やかな日常が続いていくと信じていた。

 その平穏を破る最初の兆しは、町の防衛と巡回を担う若きリーダー、アルトによってもたらされた。
 ヴァルト子爵領での一年間の留学を終え、心身ともに逞しく成長した彼は、その日も数名の部下を率いて、町の防衛ラインの外縁部を偵察していた。それは、万一の脅威に備えるための、地道で重要な任務だった。
「…待て」
 アルトが、ふと手を上げて部下を制止する。彼の鋭い視線が捉えたのは、森の木々の間に残された、不自然な痕跡だった。折られた枝、踏み荒らされた下草、そして、この辺りにはいないはずの、多数の人間のものらしき足跡。
「これは…」
 レオノーラから叩き込まれた追跡術と、アキオから学んだ観察眼を総動員し、アルトは慎重にその痕跡を辿った。やがて、小さな窪地に、急いで放棄されたような、大規模な野営の跡を発見する。いくつもの焚き火の跡、食べられる植物を根こそぎ掘り返したような地面、そして…打ち捨てられた、小さな子供が持っていたであろう、古びて傷だらけの木の玩具。
 敵意はない。だが、ここにあるのは、飢えと疲労、そして絶望的なまでの必死さの痕跡だった。
「…大変なことになっているかもしれない」
 アルトは、その小さな玩具を拾い上げると、部下に周囲の警戒を厳命し、自身は町へと馬を駆った。

 中央館の執務室では、アキオが凛と、町の新しい資源管理計画について話し合っていた。そこへ、アルトが血相を変えて飛び込んできた。
「アキオ様! 大変です!」
 アルトは、発見した状況と、拾い上げた木の玩具をアキオの前に差し出した。その報告を聞き、アキオと凛の表情が引き締まる。そこへ、報告を聞きつけたカイも駆けつけてきた。
 カイは、アルトが差し出した玩具を見た瞬間、息をのんだ。
「…この彫り方…俺の、故郷の村の子供たちが持っていたものと、同じだ…。まさか…俺たち以外の生き残りが、いたというのか…?」
 カイの声は、驚きと、信じられないという思いで震えていた。

 事態を重く見たアキオは、即座に決断を下した。
「敵か味方か、そしてどんな状態なのかを、まず正確に把握する必要がある。キナを呼べ!」

 数時間後。町で最も追跡能力に優れた者たちによる、少数精鋭の斥候隊が編成された。
 リーダーは、神狼の血を引くキナ。彼女に従うのは、大きく成長した三体の聖獣たち。そして、同郷の者を見分けるために、カイも同行を強く志願した。
「だんな、任せとけ! こいつらの鼻と、あたしの勘があれば、森の中で見つけられねえもんはねえ!」
 キナは、アキオに力強くそう告げると、カイと聖獣たちを率いて、夜の闇が迫る森の奥深くへと、風のように消えていった。

 彼らが町の灯りを背にしてから、半日ほどが経過した頃。
 聖獣たちの導きにより、斥候隊は深い谷間を見下ろせる、木々が生い茂る崖の上へとたどり着いていた。
 キナが、崖の縁からそっと下を覗き込み、そして、言葉を失った。
 谷底に、月明かりに照らし出されて、数百人もの人々が、力なく、そして希望を失ったように身を寄せ合っていたのだ。その誰もが、ボロボロの衣服をまとい、カイと同じ故郷の民の特徴を持っていた。泣き声一つ聞こえない、死のような静寂が、その場を支配している。
「…カイ。…いたぞ。お前の…俺たちの、仲間だ」
 キナが、絞り出すような声で言う。カイは、その光景を目の当たりにし、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
 キナは、聖獣の中で最も俊敏な一匹の首筋を撫で、その耳元に囁いた。
「アキオの元へ、急げ。…一人でも多く、助けるんだ」
 聖獣は、一声短く鳴くと、一陣の風となって闇の中を駆け抜けていった。

 アキオの町では、シルヴィアとアウロラが、生命樹の下で、遠い森の気配を感じ取りながら、静かに祈りを捧げていた。聖域の真価が問われる、長い夜が始まろうとしていた。
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