五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

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第227話:聖域の総力、そして絶望の谷へ

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 夜の帳が下りたアキオの町に、一陣の風が吹き抜けた。闇の中を、神速で駆け抜けてきた銀色の影——キナの斥候隊から放たれた聖獣が、中央館の広場に滑り込むようにして姿を現した。その口には、キナが託した、緊急を知らせる木の皮の切れ端が固く咥えられている。

 その報せは、緊急会議のために集まっていたアキオと町の主要メンバーたちを、一瞬にして凍りつかせた。
「…数百人…だと? カイ、お前の仲間で、間違いないんだな?」
 アキオの問いに、カイは、キナが託した布の切れ端を握りしめ、苦渋の表情で頷いた。「はい…間違いありません。この紋様は、俺たちの村のものです。そして…これほどの数が、飢えと絶望の中で…」

 部屋を、重い沈黙が支配する。数百人。それは、現在の町の人口に匹敵する、あまりにも巨大な数だった。食料、住居、医療…考えれば考えるほど、その受け入れが如何に困難であるか、誰もが理解していた。
 その沈黙を破ったのは、アキオの、静かだが、腹の底から響くような声だった。

「聞いたか、皆」
 彼は、集まった全員の顔を一人一人見渡し、そして力強く宣言した。
「森の奥で、俺たちの新しい仲間が、助けを待っている! 飢えと絶望の中で、今まさに命の火が消えかかっている者たちがいるんだ!」
 その声は、迷いのない、絶対的な覚悟に満ちていた。
「備蓄がどうとか、場所がどうとか、そんなことは後だ! 目の前の命を見捨てるような町に、未来はない! 我々は、聖域の民だ! 助けを求める者全てを、救う!」
 アキオは、立ち上がると、扉の外で不安げに聞き耳を立てていた町の住民たちにも聞こえるよう、その声を張り上げた。
「町の総力を挙げて、救出に向かう! 動ける者は全員、今すぐ準備にかかれ!」

 その号令一下、アキオの町は、一つの巨大な生命体のように、迅速に、そして有機的に動き始めた。

 診療所と薬草園では、シルヴィアと、ヴァルト子爵領から帰還して格段に成長したミコが、助産師マーサや産婆見習いたちを指揮していた。
「滋養に富み、弱った身体でも吸収しやすい薬湯を、大鍋で!」「消耗品は惜しまないで! 傷を清めるための布と清潔な水を、樽ごと用意して!」「ミコ、あなたは『生命の霊薬』の希釈を。万一の時のために」
 シルヴィアの的確な指示が飛ぶ。

 中央館の大厨房では、アヤネが宰相としての腕を振るっていた。
「まずは、栄養価の高い芋と、乾燥させた豆を使った粥を、運べる限り用意します!」「希望の会の方々は、炊き出しの準備を!」「新しく来た女性たちも、どうか力を貸してください。パンを、一つでも多く!」
 彼女の落ち着いた、しかし力強い声に導かれ、町の女性たちは一丸となって、数百人分の命を繋ぐための食事の準備に取り掛かる。

 工房地区では、アルトとドルガン親方が、男たちに檄を飛ばしていた。
「担架だ! 軽くて丈夫な担架を、ありったけ作れ!」「リヤカーと力王の最終点検を急げ! 悪路でも進めるように、車輪の補強を忘れるな!」
 更生した元「荒くれ共」も、ザックやゴルドーを中心に、その有り余る体力を、今は人命を救うために、黙々と注ぎ込んでいた。

 アキオは、その全ての動きを把握し、最終的な救出隊の編成を完了させた。
 斥候と道案内は、カイとアルト。医療班はミコが率い、後方支援と炊き出しはアヤネが采配を振るう。そして、アキオ自身は、全体の総指揮官として、先頭に立つ。
 出発の朝。夜明け前の薄明かりの中、アキオの前に、妊娠中の妻たちが静かに寄り添った。
「あなた…どうか、ご無事で。わたくしたちは、この町と、お腹の子たちを守って、あなたの帰りを待っています」アヤネが、夫の手にそっと触れる。
「アキオ、行ってらっしゃい。あなたのその慈愛こそが、この聖域の光ですわ」シルヴィアもまた、夫の瞳を真っ直ぐに見つめた。
 アウロラは、アキオの額にそっと指を触れ、聖なる加護を授けた。「アキオ。あなたの道に、暁の光の導きがあらんことを」

 妻たちの愛をその背に受け、アキオは力強く頷いた。
 アキオの町の、歴史上、最大規模の人道支援作戦が、今、始まった。その先にあるのが、絶望か、あるいは新たな希望か、まだ誰も知らない。聖域の民の、誇りと覚悟を乗せた一団が、絶望の谷へと、静かに、しかし力強く進んでいく。
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