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第265話:二人の姫君、そして聖域の洗礼
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スタンフィールド侯爵が、嵐のように訪れ、そして去ってから、数日が過ぎた。彼の娘であるシャルロッテは、アキオの町に「皇女の学友兼侍女」という名目で残されたものの、その生活は、彼女が想像していたものとは、あまりにもかけ離れていた。
豪華なドレスを着る機会も、優雅な茶会もない。領主であるアキオは朝から畑や建設現場におり、その妻たちが、厨房や診療所で当たり前のように働いている。誰もが、自らの役割を持ち、この共同体を支えるために汗を流しているのだ。シャルロッテは、生まれて初めて、何をしていいか分からない、という手持ち無沙汰な時間と、そして、自分だけが何もしていないという、微かな居心地の悪さを感じていた。
そんな彼女の元を、アキオが訪れた。
「シャルロッテ殿。この町での生活には、もう慣れたかな。先日、温泉で顔を合わせたリリアーナ殿だが、君と同じように、故郷を遠く離れて、この町で暮らしている。立場は違えど、良き話し相手になるだろう。改めて、二人で話す時間を作ってはどうか」
アキオは、シャルロッテを連れて、中央館の奥にある、静かな庭園へと向かった。そこには、リリアーナが、本を読みながら静かに座っていた。
先日の温泉での一件以来、二人が顔を合わせるのは、これが初めてだった。リリアーナは、本から顔を上げると、シャルロッテを値踏みするように、その冷徹な瞳で見つめる。シャルロッテもまた、父から聞かされていた「亡国の皇女」の、その影のある美しさと、鋭い雰囲気に、改めて少しだけ気圧される。対照的な二人の間には、まだぎこちない空気が流れていた。
アキオは、そんな二人の様子を、楽しそうに見つめると、一つの籠を差し出した。
「さて、二人とも。今日の昼飯の材料だ。そこの畑から、一番美味そうな野菜を、自分たちの目で見て、手で採ってきてくれ。それが、この町での、君たちの最初の『共同作業』だ」
「えっ…わたくしたちが、ですか…?」
シャルロッテが、思わず素っ頓狂な声を上げる。生まれてこの方、土に触れたことなど一度もない。リリアーナも、驚きに目を見開いたが、すぐに、これがこの町のやり方なのだと、そして、アキオという男の「試験」なのだと理解した。
二人の姫君は、ドレスの裾が汚れるのも構わず、共同菜園で、四苦八苦しながら、野菜の収穫に挑んだ。
「きゃっ! な、なんですの、この虫は!」
「それはただの青虫だ、騒ぐな。…違う、その蕪はまだ小さい。もっと葉の根元が太っているものを選べ」
「リリアーナ様は、お詳しいのですわね…」
「…逃亡生活の中で、嫌でも覚えただけだ」
最初は、ぎこちなかった会話も、土と格闘するうちに、少しずつその壁が取り払われていく。この、不慣れな共同作業が、二人の間に、身分や立場を超えた、不思議な連帯感を芽生えさせ始めていた。
二人が泥だらけになって野菜を収穫していると、町の奥の鍛冶場から、キィィン! という、これまで聞いたこともないような、甲高く、そして澄んだ金属音が響いてきた。
「あら、親方たちが、またあの不思議な石と格闘しているんだね」
近くで作業していた町の女性が、空を見上げながら呟く。侯爵から供与された、伝説の金属「オリハルコン」。ドルガン親方と、若いドワーフたちは、今、工房に籠もりきりになり、この未知の素材を加工するための、新しい挑戦を始めていた。町の片隅では、新しい技術の産声が上がろうとしていた。
昼食の席。二人が収穫してきた、少し不格好な野菜は、アヤネの手によって、美しいサラダとなって食卓に並んだ。
「まあ、たくさん! ありがとうございます、リリアーナ様、シャルロッテ様。今日のお昼は、特別美味しくなりますわ」
アヤネからの、心からの感謝の言葉。そして、自分たちの手で得た食事の、その格別な味。シャルロッテは、生まれて初めて味わう、労働の後の食事の美味しさに、心の底からの笑顔を見せた。
リリアーナもまた、その温かいスープを口に運びながら、固く閉ざされていたその心の氷が、ほんの少しだけ、溶けるのを感じていた。
聖域の洗礼を受けた二人の姫君。彼女たちの、本当の意味での新しい人生が、今、この場所から、ゆっくりと始まろうとしていた。
豪華なドレスを着る機会も、優雅な茶会もない。領主であるアキオは朝から畑や建設現場におり、その妻たちが、厨房や診療所で当たり前のように働いている。誰もが、自らの役割を持ち、この共同体を支えるために汗を流しているのだ。シャルロッテは、生まれて初めて、何をしていいか分からない、という手持ち無沙汰な時間と、そして、自分だけが何もしていないという、微かな居心地の悪さを感じていた。
そんな彼女の元を、アキオが訪れた。
「シャルロッテ殿。この町での生活には、もう慣れたかな。先日、温泉で顔を合わせたリリアーナ殿だが、君と同じように、故郷を遠く離れて、この町で暮らしている。立場は違えど、良き話し相手になるだろう。改めて、二人で話す時間を作ってはどうか」
アキオは、シャルロッテを連れて、中央館の奥にある、静かな庭園へと向かった。そこには、リリアーナが、本を読みながら静かに座っていた。
先日の温泉での一件以来、二人が顔を合わせるのは、これが初めてだった。リリアーナは、本から顔を上げると、シャルロッテを値踏みするように、その冷徹な瞳で見つめる。シャルロッテもまた、父から聞かされていた「亡国の皇女」の、その影のある美しさと、鋭い雰囲気に、改めて少しだけ気圧される。対照的な二人の間には、まだぎこちない空気が流れていた。
アキオは、そんな二人の様子を、楽しそうに見つめると、一つの籠を差し出した。
「さて、二人とも。今日の昼飯の材料だ。そこの畑から、一番美味そうな野菜を、自分たちの目で見て、手で採ってきてくれ。それが、この町での、君たちの最初の『共同作業』だ」
「えっ…わたくしたちが、ですか…?」
シャルロッテが、思わず素っ頓狂な声を上げる。生まれてこの方、土に触れたことなど一度もない。リリアーナも、驚きに目を見開いたが、すぐに、これがこの町のやり方なのだと、そして、アキオという男の「試験」なのだと理解した。
二人の姫君は、ドレスの裾が汚れるのも構わず、共同菜園で、四苦八苦しながら、野菜の収穫に挑んだ。
「きゃっ! な、なんですの、この虫は!」
「それはただの青虫だ、騒ぐな。…違う、その蕪はまだ小さい。もっと葉の根元が太っているものを選べ」
「リリアーナ様は、お詳しいのですわね…」
「…逃亡生活の中で、嫌でも覚えただけだ」
最初は、ぎこちなかった会話も、土と格闘するうちに、少しずつその壁が取り払われていく。この、不慣れな共同作業が、二人の間に、身分や立場を超えた、不思議な連帯感を芽生えさせ始めていた。
二人が泥だらけになって野菜を収穫していると、町の奥の鍛冶場から、キィィン! という、これまで聞いたこともないような、甲高く、そして澄んだ金属音が響いてきた。
「あら、親方たちが、またあの不思議な石と格闘しているんだね」
近くで作業していた町の女性が、空を見上げながら呟く。侯爵から供与された、伝説の金属「オリハルコン」。ドルガン親方と、若いドワーフたちは、今、工房に籠もりきりになり、この未知の素材を加工するための、新しい挑戦を始めていた。町の片隅では、新しい技術の産声が上がろうとしていた。
昼食の席。二人が収穫してきた、少し不格好な野菜は、アヤネの手によって、美しいサラダとなって食卓に並んだ。
「まあ、たくさん! ありがとうございます、リリアーナ様、シャルロッテ様。今日のお昼は、特別美味しくなりますわ」
アヤネからの、心からの感謝の言葉。そして、自分たちの手で得た食事の、その格別な味。シャルロッテは、生まれて初めて味わう、労働の後の食事の美味しさに、心の底からの笑顔を見せた。
リリアーナもまた、その温かいスープを口に運びながら、固く閉ざされていたその心の氷が、ほんの少しだけ、溶けるのを感じていた。
聖域の洗礼を受けた二人の姫君。彼女たちの、本当の意味での新しい人生が、今、この場所から、ゆっくりと始まろうとしていた。
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