五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ

文字の大きさ
264 / 387

第264話:妻たちの真心と侯爵の要求

しおりを挟む
 スタンフィールド侯爵一行という、予期せぬ、しかし極めて重要な客人を迎えたアキオの町は、その日、静かな熱気に包まれていた。表向きの会談や交渉が、アキオや凛、シルヴィアたちの手で進められる裏で、この聖域の真価とも言える「おもてなし」の準備が、二人の妻を中心に、着々と進められていた。

 その舞台の一つは、中央館の大厨房。そこは、第一夫人アヤネの「戦場」だった。
「こちらの猪肉は、薫製にして保存食へ。今日の主菜は、昨日キナさんが仕留めた、あの巨大な森の主です。骨から取った出汁で、野菜をじっくり煮込んでください」「新しく来た方々、パン生地の捏ね方は覚えましたか? ここで手を抜くと、焼き上がりの食感が全く違ってきますからね」
 アヤネは、まるで軍隊を指揮する将軍のように、町の女性たちをまとめ上げ、数十人分の、それも大貴族をもてなすための、豪華で膨大な量の食事の準備を、完璧に取り仕切っていた。その采配がなければ、この饗宴は成り立たない。彼女こそが、この町の胃袋と生活を司る、若く、そして絶対的な宰相だった。

 そして、もう一つの舞台は、町の外に広がる広大な森。そこは、第二夫人キナの「狩場」だった。
 祝宴の主役である、巨大な「森の主」クラスの猪。それを仕留めたのは、昨日のキナの功績だ。だが、彼女の仕事はそれで終わりではない。侯爵の来訪中、聖域の周囲に一切の危険が及ばぬよう、彼女は聖獣たちと共に、常に森の気配に意識を張り巡らせていた。
「カイの兄貴たちが、町の周りを固めてくれてる。だがな、森の中は、あたしたちの仕事だ。どんな小さな異常も見逃すんじゃねえぞ」
 聖獣たちにそう命じる彼女の横顔は、いつもの快活さとは違う、この聖域の守護者としての、厳しい覚悟に満ちていた。

 その夜。侯爵たちとの最初の宴席と、温泉での会談が無事に終わった後。
 アキオは、自室に戻る途中、厨房の片隅で、疲労困憊しながらも、満足げな表情で後片付けの指示を出しているアヤネと、狩りの獲物の解体を終え、ようやく一息ついているキナの姿を見つけた。
 彼は、二人の元へ歩み寄ると、自ら汲んできた冷たい湧き水を差し出し、その労を深く、深くねぎらった。
「アヤネ、キナ。今日も、ありがとうな」
 アキオは、心からの感謝を込めて言った。
「シルヴィアや凛が、この町の『表』の顔だとするなら、君たち二人は、この町の全てを支える、心臓と土台だ。君たちがいなければ、俺たちの日常も、そして今日の饗宴もなかった。本当に、感謝している」
 その、夫からの、何よりも嬉しい言葉。アヤネは、聖母のように微笑み、キナは、照れくさそうに「へへっ、だんなのためだからな!」と、最高の笑顔で応えるのだった。

 翌朝、スタンフィールド侯爵一行の、出発の朝。
 侯爵は、アキオに悪びれもなくこう告げた。「アキオ殿! この『試作一号機』、気に入った! 我が領地で、徹底的に研究させてもらうぞ!」
 その言葉通り、彼は半ば強引に魔導車を持ち去ってしまった。呆気にとられるアキオたちだったが、アキオは笑ってそれを許可し、その代わりとして「新たな魔導車を、必ず子爵に届ける」と、盟友への約束を新たにした。

 そして、別れ際に、侯爵はアキオとの二人きりの席を設け、驚くべき提案を持ちかけた。
「アキオ殿。単刀直入に言おう。我が領地にも、あの『小さな聖域』を創造してほしい」
 その、あまりにも真剣な眼差し。アキオが息をのむと、侯爵は、見返りとして、破格の「対価」を提示した。
「我が領地で発見された、高純度の魔石鉱脈から、貴殿の町が必要とするだけの量を、継続的に供給することを約束しよう。そして、これは我が家の秘宝だが…」
 侯爵が差し出したのは、鈍い虹色の輝きを放つ、伝説の金属の塊だった。
「…伝説の金属、オリハルコンの原石だ。我々にはこれを加工する術がないが、君の町のドワーフたちならば、あるいは…。これを、友好の証として供与する」

 国家予算級の、あまりにも巨大な見返り。さらに、侯爵は続けた。
「皇女殿下の件、我がスタンフィールド侯爵家が、その身柄を公式に保護する。帝国の残党共には、我が家が睨みを利かせよう。その代わり、我が娘のシャルロッテを、皇女殿下の学友兼侍女として、この町に預けたい。人質、と思ってもらっても構わん」
 全ては、アキオの町との、絶対的な絆を結ぶための、侯爵なりの誠意だった。

 全ての交渉が終わり、馬車に乗り込もうとした侯爵は、ふと、町で働く、一人の女性の姿に、その動きを止めた。身長185センチはあろうかという、たくましくも、凛とした美しさを持つ、元帰郷者の一人。
 侯爵は、アキオの元へ駆け寄ると、その巨体を縮こませながら、必死に頼み込んだ。
「アキオ殿、あの女性を、わしの…その…亡くなった最初の妻に、どこか気概が似ておるのだ。もし彼女がよければ、わしの…新しい家族として、迎えることはできんだろうか!」
 その、恋する少年のような必死の形相に、アキオは、この面倒で、しかしどこか憎めない盟友の願いを、笑って聞き入れるしかなかった。

 侯爵家の来訪は、アキオの町に、政治的な立ち位置の大きな変化と、そして、予想だにしなかった、いくつもの新しい縁をもたらしたのだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...