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第一章 幸せのありか
23 side哉
しおりを挟む会社の車から降りて見上げると、部屋に電気がついていた。確かに健全な高校生なら起きていても不思議でない時間だが、樹理は少なくとも今朝六時くらいには起きていたはずだ。気にせずに寝ていればいいものを。
その灯りに理由のわからない苛立ちを覚えながら家に帰ると、奥から走ってくる足音と、おかえりなさいという声。
哉は行ったことがない、けれどとても有名なカジュアルウエアショップ製と思われるフリースのくるぶしまであろうかと言う長さのワンピースとその下に薄手のトレーナ。長い髪を二つに分けたゆるい三つ編み。
時間など大量にあったはずなのに、風呂にも入っていない様子の樹理が、懸命にコミュニケーションを取ろうとする姿に、苛立ちが重なって哉は応えることもなく靴を脱いで家に上がる。
ダイニングに、二人分の食事。
こんな時間まで食事さえ摂らずにいた樹理に、哉の中のよく分からない部分がついに動いた。口をついて出た言葉に気付く。自分が怒っていることに。
それに気付くと気持ちがまたすとんと落ちついた。何をこんなにいらついているのだろう。怒りという感情など、どこからやってきたのか分からなかった。誰かに対してこんなに気持ちが、正にしろ負にしろ、動いたことなど、いつからぶりのことだろうか?
しかし哉は思い通りに動かない樹理に確かに苛立って、そして怒っていた。
その思いも一瞬の内に呆れに似た感情に塗りつぶされる。
そのまま自室に戻って、コートと背広を脱いで、背広のポケットに突っ込んでいたものに気付く。
それを持ってダイニングに行くと一人分の食事を残したまま樹理がいなくなっていた。カウンター越しのキッチンで、食事をしている樹理がいた。ダイニングで食べればいいのにどうしてそんなほうに引っ込んでしまったのか分からなかったが、会話をすることが面倒でそのことを問うのはやめた。
「おい」
樹理に対してどう声をかけるか考えたあと結局それしか出てこなかったが、どうせ家の中には二人しかいないのだ。どう呼ぼうが、哉が呼ぶ人間は樹理しかいないので分かったのだろう。びくりと振り向いて、慌てて立ちあがる。ごくん、と食べていたものを急いで飲みこんだのか、細くて白い咽が大きく上下する。
「あの、なんですか?」
警戒心を半分ほど携えた様子で樹理が哉の前に立った。別になにをするつもりもないけれど。
「手」
「え?」
手といわれて反射的に出された樹理の両手に、ぽいと封筒を渡す。
「……? ………っあの、これ」
銀行のロゴが入った青い封筒の中身を見た樹理が驚きを隠せない声をあげた。
「生活費だ。足らなくなったら言え。それと風呂も待たなくていい。先に行け」
見たこともない大金を渡されて呆然と立ちすくむ樹理にそれだけ言い捨てて、哉は風呂に行ってしまった。
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