幸せのありか

神室さち

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第二章 恋におちたら

51 side真里菜

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 都織の連れてくる「友人」達は大抵変人が多かった。

 真里菜まりなの中で、氷川哉という人物はその筆頭に挙げて言いと思えるほど良くわからない生き物だ。

 大抵四人でやってくるグループに哉はいた。

 一人はこの中で一番顔がいい男だったが、子供心にコイツは女タラシだとわかった。いつ会っても『あと十年は待たないとさすがになぁ』とかしきりにぼやきながらまだ三つかそこらの頃から真里菜にかわいいと声をかけてきたのだから。

 一番背の高い一人はしりとりとなぞなぞが得意だった。しりとりではオトナ気なくいつも『り』で終わる言葉を使ってきて真里菜が負かされた。おかげで鍛えられてほかの人とやるときは負け知らずだったが。なぞなぞはいまだに旅館に泊まった三人の話はどうして百円あまるのか答えがわからないままだ。

 一番背の低い一人はやたらとアニメや漫画に詳しかった。今思えばただのオタクだったんだなとわかるが、小さかった真里菜と一番遊んでくれた面白いお兄ちゃんだった。


 そして最後が哉だ。


 何にもしゃべらないのだ。かといってつまらなさそうでもない。彼との思い出はそのメンバーで綾取りをしたくらいか。ただ黙々としていた。哉の次に取る、背の低い男はいつもその複雑さに文句を言っていた気がする。そしてそのときも全く言葉を聴かなかった気がする。



 その氷川哉が、どうして、樹理と一緒にいるのか。

 しかも。



 しかも会場を出ようと言った都織の言葉にいったん体を離したものの、ホテルのロビーに歩いてくるあいだ、そして椅子にかけた後、飲み物が運ばれてきて今なお、手をつないだままだ。つないでいないとエネルギーが尽きてしまうとでも言うのだろうか。

「……わからない……」

 低くうめいた真里菜に翠がどうしたのと声をかけている。

「ううん、後で言う」

 さすがに本人の前でこの疑問は口にできない。傍若無人がウリのこの私が人に遠慮するなんてと、なんだか上がりたくもない大人の階段を一歩上ったような気がして真里菜の気持ちはさらに滅入った。


 樹理を振り回してたっぷり遊んだと大満足で帰路につこうとしたそのとき、真里菜の携帯電話に都織から着信が入った。ごめぇんと間延びした言葉で始まった電話は、哉の彼女を見るためにパーティーの時間と場所を誤って記憶していたという内容で、二人とも大急ぎで未来の店に行き、ヘアメイクもばっちり決めてかなり遅れて会場に入ったのだ。

 もうあらかたの客たちは挨拶も済んで小さなコロニーを作りながら会話を弾ませていた。都織が「哉は存在感が薄いから見つけにくい」とぐちぐち言いながら会場をうろついて、やっとそれらしき後姿を見つけたら修羅場だったのだ。都織がどれくらい会話の内容を聞きつけたのかはわからないが、実際のところ、真里菜と翠にはほとんど聞こえなかった。

 哉の隣には怖そうなオバさんが立っていた。さすがにこの人じゃないよなぁと思っていたら、なんと樹理が現れて、自分たちを哉に紹介するではないか。


「哉ちゃんって、すんごい面食いだったんだ……どおりでそこら辺の女なんか箸にも棒にもって態度だったわけだねぇ」

 都織が感心していたが、絶対それだけじゃないと真里菜は思う。


 そう思っても、この二人に接点が見出せない。ジャジャーンと始まって、役者が全部出揃っているのに、一時間半過ぎても事件解決のための糸口が全くない二時間サスペンスみたいだ。

 真里菜が一人悶々と考えている横で、翠がしきりに樹理のドレスがいいなぁと言っている。

 こうなれば当たって砕けるしかない。質問を本人にレッツトライ。


「お姉さま、つかぬ事を伺いますが、いつから? どうしてこの方とお付き合いされてるんですかっ!?」

「……リナちゃん……言葉遣いが前に戻ってて怖いんだけど……」

「あー まだあるんだ、お姉さま制度」

 どう応えたらいいものか哉の顔を窺っている樹理に実冴が助け舟を出す。といっても、面白がっていそうだが。


「私らの頃もあったよー ああもう十年近く前になるのか、女学生時代。遠い彼方だなぁ 正門のところにある先代の学園長の銅像の右眉にヤクザ傷入れたの私だもの」

「あれって最初からじゃなくて!? おー……姉さまが?」

「小娘。いまオバサンって言いかけたでしょう? いいこと? このオバカちゃんの娘でも次にやったら情け容赦しないわよ? 私のことは実冴さんと呼びなさい。あと、卒業名簿で捜すのも禁止ね」

「もーぉう。オネエサマったら十のケタがひとつ違ってるってー 学生時代回想するにわぶっ!」

 ホテルのラウンジでコーヒーをすすっていた都織が裏拳を受けて情けない悲鳴を上げる。それを見て逢が小さな声で「お父さんと同類がいた」と独り言をつぶやいた。


「………お知り合い、ですか?」

 目の前のティーカップに手をつけず、哉に手をつながれたままの樹理が何とか会話の糸口を探そうとおずおずと実冴に尋ねた。

「うん。まあ。どっちかって言うとコイツの父親とね。コウちゃんと結婚するまでかなりしつこく遺産やるからヨメに来いって言ってたジジイよ。死んだって聞かないけど生きてるの?」

「齢八十を過ぎて人生これからってカンジっすよ。百二十くらいまで生きるんじゃないですかねぇ 氷川の大親分と夜な夜な遊び歩いてますよ」


「あー いたねぇ 哉ちゃんちの大おじい様。玄孫(やしゃご)がいても炸裂してんのが」

「あちらはまだ一人に絞るからかわいいほうですよ。ボクとしてはもうこれ以上異母兄弟は要らないんだけど。まだまだヤれそう。しっかし、実冴さんにまで言い寄ってたのかぁ あの人もいい加減悪食だなー」


 言い終わるかいなかのところで再び鉄拳制裁を食らってふごっと悲鳴を上げながら都織が沈む。


「実冴さん、できれば顔面やめてあげて…… 都織ちゃん、とりえは顔だけなんだから」

「減らず口とね」

「言えてるー」


 容赦なくやられる都織を笑いつつ、彼におしぼりを渡しながら真里菜が言う。実冴の応えに翠まで笑っている。


 ハイソなホテルの空間で、ケタケタと騒がしい一団にホテルマンが近づいてきた。とがめられるかと思ったら、頼んでいたハイヤーが着いたことを知らせに来ただけだった。まあ、遠まわしなとっとと帰れとも聞こえなくはなかったが。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

真里菜は篠田(しのだ)さんより良く語る。


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