124 / 326
第二章 恋におちたら
52
しおりを挟む「じゃあお姉さま、月曜に学校で。ごきげんよう」
ハイヤーに乗り込むと真里菜と翠が上機嫌で挨拶をしてくれた。逢も見えなくなるまでバイバイと手を振ってくれていた。
緊張から開放されてため息をついてしまいそうだ。柔らかいシートと心地よい振動。なんだかやっとひと心地ついた気がする。片手が塞がっていてうまく乗り込めず、体勢を立て直す為に空いていた手でひざにおいていたビーズバッグを座席に置いて、座りなおす。
するりと、空いたひざに哉の頭が落ちてきた。そして、長い長いため息の音が聞こえた。
唇も目も、全てが笑っているのに、なんだかとてもつらそうな顔だった。
「疲れたか?」
反射的に首を横に振る。哉のほうがよっぽど疲れた顔をしている。会場で再び会ったとき、別れたときと明らかに哉は違っていた。そしてそれから哉は一言もしゃべらなかった。このハイヤーも、実冴が手配してくれたものだ。
「えっと、最後は楽しかったし」
「そうか」
そっと髪をなでる。お日様の下で寝ていたネコのような手触りだ。
「氷川さんは、大丈夫ですか?」
「ああ」
言葉は柄のない刃のようだ。強く相手を切りつければ、自分もまた大きな痛手を負う。
だからいつも、できるだけ言葉に感情を乗せないようにしてきたのだ。ビジネスの話は必要なことを伝えればいいだけなのでとても楽だが、自分の思いを伝えるのは疲れる。そしてとても疲れるのに、どんなにあがいても自分の中にあるものをありのままに表現する言葉は見つからない。言葉にしてしまうとどこか違うのだ。
逢に言われなくても言い過ぎたことはわかっている。けれど、言わずにはいられなかった。
「帰ったらお茶漬け食べましょう。氷川さんは知らないかもしれないけど、普通のおうちではご馳走を食べたり、贅沢して帰ったときはさらさらーってお茶漬け食べてシメるんですよ」
そんなことをするのは樹理のうちだけかもしれない。でも、調べ上げられたデータの中にはないことも、自分を作り上げてくれた大切な一部だ。
意識をして。口角を上げる。どうか、笑っているように見えますようにと。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
視点で分けられなかった結果。
0
あなたにおすすめの小説
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
Fly high 〜勘違いから始まる恋〜
吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。
ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。
奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。
なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる