Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

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第三章

  朔空の友達

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       1


 何度目だろう。百日草のこぼれ種を蒔く季節が訪れる。
 結月さんの姿が咲月さんと重なる。
 朔空君は器用な手つきで種を扱う。結月さんよりも余程丁寧だ。
 ぼくは前足で地面をぽんぽん叩く。
 いつかのように、蚯蚓がうねっと顔を出した時、ぼくはハタッとそいつを取り押さえた。
「キャ」と小さく叫んだ咲月さんとは違って、結月さんは、
「ジン、それ食べるの?」
 などと、デリカシーのない事を口走り、ぼくのひんしゅくを買った。おかげで朔空君まで、
「ジン、たべるの?」と真似る。
 霧人君の気持ちが少しわかる。

 朔空君は年長「すいかぐみ」になった。
「西瓜で立ち上がったサクがすいかぐみになったのね」
 結月さんの言葉にお父さんが優しい目を細めて、月乃ママの横に並んだもう一枚の写真に「安心しろ」と語りかけた。
 砂浜海岸で、朔空君を挟んで咲月さんと霧人君がぎうぎうに頬寄せて自撮りした写真だ。少しぼんやりしている。確かあの時、ぼくはあまりのぎうぎうが苦しくて、霧人君の腕から逃げ出そうとした瞬間だったのか、白い尻尾しか写っていなかった。

 
 夏。太陽が強くて目が痛い。
 でも、太陽が正確に昇ってくれるから、ぼくは柊家に戻れたのだ。あの時、声が聴こえたから……
「太陽を道標みちしるべに」

 今日は砂浜散歩だ。
 砂浜に、舞うように大きな絵を描いている結月さん。負けるものかと、その線に交差してもっと大きな絵を描く朔空君。ふたりをぼすぼすと変な走り方で追いかけるぼく。
 真っ青な結月さんのワンピースと朔空君の向日葵色のTシャツ、ジンク? ホワイトのぼくの動き回るコントラストは、サンドベージュのキャンバスに映えていたと思う。
 潮の香りに混じって、ふうっと石鹸の匂い、それと「うふふ」に似た音を感じた。
 帰ると、隣のおばさんが、「ジンちゃん好きなんでしょ」と素麺をくれた。
 


       2


 秋晴れ。朔空君にとっては、保育園最後の運動会である。
 父兄参加の競技もあるので、結月さんは朔空君とガッツポーズをとって張り切っていた。
 いつもの探検帽ではなくカーキのキャップを被り、いつもの眼鏡をサングラスに換えて、朔空君の活躍を見守るお父さんが、何だかかっこいい。ぼくは窮屈にもリードを装着して同行したが、子供達の甲高い音声多重に少し神経がたかぶっていた。
 毎年恒例の花形競技、年長すいかぐみの園児全員参加のリレーが行われる。紅組と白組になってバトンを繋いでいくのだ。
 朔空君は白組、数真君は紅組のそれぞれアンカーだった。
 園児達どころかおとな達も甲高い声援の嵐で、ぼくは思い切りイカ耳になりながらも、佳境の朔空君を見守っていた。
 紅組のアンカー、数真君が先にバトンを受け取った。やっぱり数真君は速い。少し遅れて白組アンカーの朔空君が走り出す。驚いた。思ったより速い。
 結月さんの応援がすごい。ぼくはイカ耳をしている場合ではないと、一緒になってニャアニャア応援した。
 もう少しで数真君に追いつけそうだったが、間に合わなかった。あんなに真剣に歯を食いしばって走る朔空君の顔を、今まで見た事がなかった。
 静かでおっとりして見える朔空君だが、きっと芯は咲月さんのように強いのだろう。
「サツキ、キリト、見てる?」
 ぼくは高い空を見上げた。
〈ただいまのすいかぐみによる紅白対抗リレーは紅組が勝ちました。すいかぐみのみなさん、よくがんばりました〉
 園内放送が響いた。
 朔空君は悔しそうに少しだけ不貞腐れて、数真君と一緒に戻って来たところ、
「ふたりとも速かったね! かっこよかったぞ。あとでプリンのご褒美あるからね」
 結月さんが激しく称賛と激励をした。
 朔空君と数真君は仲良いだけではなく、お互いを意識して高め合う、大切な友達なのだろう。
 
 再び園内放送が流れる。
〈最後は全員参加の玉入れ合戦です。全ての園児と、玉入れカゴのポールを支える担当の父兄は集まって下さい〉
 結月さんは、「出番だ、行ってくるわ」とお父さんに告げて、園児達と一緒に集合場所に向かった。
 園庭の見通しが良くなった時、お父さんはぼくをひょいと抱き上げると、いきなり歩き出した。
「香椎君」
 お父さんが声をかけたのは、前に三角公園で会った人だった。怪訝そうに眉を寄せたが、恩師だとわかると、
「柊先生!」と言って硬直した。
「私の孫を見に来たのかい」
「すいません。先日公園で声をかけられなくて、それで……」
「娘から訊いてるよ。君の気持ちもわかるが、君の大切な家族や私の大切な孫の事を考えれば、、会うのは賛成できないよ。君にも守るべき子供がいて、君自身責任ある立派な数学の教師だ。今、それを崩す必要はないだろう」
「僕が数学教師になれたのは柊先生のおかげです。音楽の教育実習で来た咲月さんが、まさか先生のお嬢さんだとは…‥全然似てなかったし、思いもよらなかった。先生から呼び出された時は、心から驚いて妻との離婚を考えました」
「あの時、咲月から君の名前が出た時は、私も信じられなくて、それで卒業名簿を見返して、気づいたら君を呼び出していた」
 香椎という人は泣いていた。
「離婚などしなくてよかっただろう? 今、平和なのだろう? それでいいじゃないか。咲月の事は過ちかもしれない。が、尊い命が生まれたんだ。見ていたんだろう? あの子の走る姿を」
「はい。健やかで、賢そうで……」
「それは親ばかが言う事だ。これからも、君の家庭と君自身の地位も守りなさい。もう会いに来てはいけないよ」
「せめて、あの子の名前を教えていただけませんか」
「始まりの新月、『朔空』だ」
「ありがとうございます」
 ぼくは、お父さんが咲月さんのお父さんで本当に良かったと、心臓をジンジンさせながら会話を聴いてしまっていた。
 忙しない音楽とともに、子供達の歓声がして、玉入れが始まったようだった。
「お、ビデオ撮らないと結月に叱られる」
 と言って、いつもよりかっこいいお父さんは、デジカメをビデオモードに切り替えて、白熱する玉入れ合戦の動画を撮り始めた。

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