Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

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第三章

  朔空の友達

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       3

 
 木枯らし一号が吹いて、冬の扉が開き始める頃も、庭の百日草はまだまだ色鮮やかに咲き続けていた。
 保育園では、年に一度の生活発表会への準備で、朔空君達も余念がない。
 年長のすいかぐみは、クラス全員で披露するお遊戯の他に、歌や踊りや寸劇を数人のグループに分かれて発表する、言わば、保育園での生活の集大成なのだ。
 三角公園にたくさんの落葉を集めに来たのも、[妖精のお手伝い]という、すいかぐみ全員で披露するダンスのコスチュームを作るためだ。
 朔空君は、いろいろな赤やいろいろな黄色の落葉を、一枚一枚手に取っては観察して、丁寧に袋に入れている。
 ぼくは、落葉と枯葉が重なり合った上で、そのざくざくした感触を楽しんで何度もジャンプした。
 結月さんは、落葉を集めるのを手伝いながら、きょろきょろ回りを警戒している。
「大丈夫だよ、ユウキ。あの人はもう来ないと思うよ」
 運動会の時、お父さんと香椎という人の優しい会話を聴いていたぼくは、結月さんを安心させたくて、ニャアと鳴いた。
「サク、綺麗な落葉ばかりじゃなくて、ジンの足元の枯葉も持って帰ろう。綺麗なだけじゃつまらない」
 結月さんはそう言って、ざくざくの枯葉をわしわしと袋に詰めた。

 色紙やセロハンやリボンのコスチュームが多い中、朔空君の落葉妖精は不定形な素朴さで、数真君はアルミホイルのメタリック妖精で保育士の先生達を面白がらせたらしい。
 そんな中、小さな事件が起きたようだ。
 保育園から帰って来た朔空君がむっつりしている。
 結月さんが話すには、ダンスの練習でコスチュームを着けた子供達が興奮して戦いごっこを始めたのだ。ふざけていた直太なおた君が、余所見よそみをしながら朔空君に突進して、ふたりは転んでしまった。
 朔空君は驚いたし痛かったけれど、コスチュームが破損してしまった事がショックだった。
 ところが、直太君は大きな声で泣き喚くばかり。駆けつけた先生に数真君が事情を説明する。
「ナオタくんがぶつかってきた、けんかじゃない」
 けれど、先生は、
「お互い、ごめんなさいしよう」と言ったのだ。
 納得のいかない朔空君だったが、先生に従って、
「ごめんなさい」と言った。
「ほら、ナオタ君も謝って」
 先生にそう言われても、直太君はずっと大声で泣き止まない。苛立ちを覚えた朔空君は、
「いつまでもないてるなよ!」
 と、声を張り上げた。
 五年間保育園にいて、初めて怒りを露わにした朔空君だったという。
 
 秘密じゃない秘密基地のブロックを積み上げながら、朔空君が言った。
「ナオタくんがあやまらないからおこったんじゃない。いつまでもいつまでもないてるのがあたまにきたんだ」



       4


 百日草が次の命の種を無数に零していく。
 ぼくは日がな一日、サッシ越しに降る陽の光で、うとうとする平和な日々を送っていた。

 浮かんだり消えたりする石鹸玉みたいな虹色の透明な球体に導かれて、太陽の高さと位置を確認し、月や星に地図を描いてもらう。人の声や足音、車の音に耳を澄まし、出来るだけ路地裏を移動する。見慣れた風景が急に目に飛び込む。塀を飛び越えた庭から、サッシ越しに気持ちよさそうに眠っているぼくがいた。
 ハッと夢から醒めて、ぼくがぼくなのかを確かめて自分の白い尻尾を舐めた。


 結月さんは、生活発表会の記録のカメラマンを頼まれて、保育園のスタッフさながら、朝から登園していた。
 代わりにお父さんが朔空君の出番の動画を撮るために、先ほど出かけて行った。ぼくは残念ながら今日は留守番なのである。

 自宅での上映会、ぼくは楽しみにしていた。
[妖精のお手伝い]というダンスで、朔空君が木の葉の妖精になりきって、リズムそっちのけでひらひら踊っているのが妙に面白くて、微笑むお父さんと大爆笑の結月さんにお構いなしに、テレビ画面に背伸びしてかじり付いた。可愛い朔空君をもっとよく見たかったから。
 少人数での発表は、朔空君は数真君とのコンビでマジックショーを演じた。
 お揃いの白いターバンを巻いてアラジンみたいな衣装を着たふたりが、舞台で深々とお辞儀をする。
 数真君が用意された台の上に横になると、朔空君は大きな水色のつるつるした布を布団みたいに数真君に掛ける。
 朔空君が神妙な顔つきで、
「あがれー、あがれー」と言って、両手でジェスチャーを加えると、数真君がゆっくりと宙に浮き始めた。
「さがれー、さがれー」
 数真君はゆっくり元の位置に戻っていく。
 おおお、と客席から歓声と拍手が起こると、少し鼻を膨らませる得意顔の朔空君が映っていた。
 
 ーパチパチパチパチ

 手を叩く音がどこからともなく聴こえた。
 朔空君がきょろきょろと回りを見回す。
 きっと咲月さんと霧人君、それに月乃ママも一緒だ。
 ぼくがずっとテレビ画面にかじり付いているので、
「ジン、ちょいとお邪魔よ」
 と、結月さんに移動させられた。
 朔空君は照れ隠しに、おとなびた口を利いた。
「ああ、しっぱいしなくてよかった」



       5


 三月三日、ハムスターがやって来た。
 数真君の所でたくさんハムスターの赤ちゃんが生まれたのだ。
「ぼく、ひっこしするんだよ。サクラとあそべなくなっちゃうから、かわりにハムスターとあそんでほしい」
 卒園後に引っ越す事が決まっている数真君からのプレゼントだった。
 数真君のお母さんは、
「ジンちゃんがいるから難しいですよね」
 と、恐縮したそうだが、朔空君と結月さんは、
「ジンならだいじょうぶ!」
 と、ふたりして大見得を切ってきたらしい。
 ぼくだって、小さくてぷるぷる震えているいい匂いのものがそばにいたら、カプっとやってしまうかもしれないじゃないか。
 でも、そいつは可愛かった。すばしっこくて、いつもこちゃこちゃ動いていて、食いしん坊で。ぼくの事を怖がる様子もなく、飄々ひょうひょうとマイペースを貫いていた。
 ぼくはケージ越しに手を出す事も躊躇ちゅうちょして、そいつの不思議な行動を間近でじろじろと観察し続けた。
 そいつは雛祭りの日に来たから、「ぼんぼり」と名付けられた。

 卒園式が終わると、朔空君と数真君が園庭の鉄棒で遊んでいる。
 数真君は何度も逆上がりを繰り返し、朔空君は鉄棒にぶら下がりながらそれを見ている。いつもと同じ風景だ。違うのは、ふたりがブレザーを着ている事だった。
 帰宅した結月さんが大きな目を潤ませながら、
「あのふたり、生意気にもこう言って別れたのよ。『高校で会おう』って。学区で小中別れるけれど、同じ高校を目指そうって約束してるの、くぅぅ生意気!」
 石鹸の匂いと、くすくす笑う声が聴こえる。
「でも、なんか男の子同士っていいわね。ジン、わたし達も女の子同士かっこよく生きましょうね」

 ーおばちゃん同士だろ

「え? ぼくまで? キリトひどいよ!」
 ぼくは、絶対傍にいる霧人君に文句を言った。

 ーうふふ 

 この春、朔空君は小学生になる。
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