Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

文字の大きさ
21 / 50
第三章

  朔空の友達

しおりを挟む

       1


 何度目だろう。百日草のこぼれ種を蒔く季節が訪れる。
 結月さんの姿が咲月さんと重なる。
 朔空君は器用な手つきで種を扱う。結月さんよりも余程丁寧だ。
 ぼくは前足で地面をぽんぽん叩く。
 いつかのように、蚯蚓がうねっと顔を出した時、ぼくはハタッとそいつを取り押さえた。
「キャ」と小さく叫んだ咲月さんとは違って、結月さんは、
「ジン、それ食べるの?」
 などと、デリカシーのない事を口走り、ぼくのひんしゅくを買った。おかげで朔空君まで、
「ジン、たべるの?」と真似る。
 霧人君の気持ちが少しわかる。

 朔空君は年長「すいかぐみ」になった。
「西瓜で立ち上がったサクがすいかぐみになったのね」
 結月さんの言葉にお父さんが優しい目を細めて、月乃ママの横に並んだもう一枚の写真に「安心しろ」と語りかけた。
 砂浜海岸で、朔空君を挟んで咲月さんと霧人君がぎうぎうに頬寄せて自撮りした写真だ。少しぼんやりしている。確かあの時、ぼくはあまりのぎうぎうが苦しくて、霧人君の腕から逃げ出そうとした瞬間だったのか、白い尻尾しか写っていなかった。

 
 夏。太陽が強くて目が痛い。
 でも、太陽が正確に昇ってくれるから、ぼくは柊家に戻れたのだ。あの時、声が聴こえたから……
「太陽を道標みちしるべに」

 今日は砂浜散歩だ。
 砂浜に、舞うように大きな絵を描いている結月さん。負けるものかと、その線に交差してもっと大きな絵を描く朔空君。ふたりをぼすぼすと変な走り方で追いかけるぼく。
 真っ青な結月さんのワンピースと朔空君の向日葵色のTシャツ、ジンク? ホワイトのぼくの動き回るコントラストは、サンドベージュのキャンバスに映えていたと思う。
 潮の香りに混じって、ふうっと石鹸の匂い、それと「うふふ」に似た音を感じた。
 帰ると、隣のおばさんが、「ジンちゃん好きなんでしょ」と素麺をくれた。
 


       2


 秋晴れ。朔空君にとっては、保育園最後の運動会である。
 父兄参加の競技もあるので、結月さんは朔空君とガッツポーズをとって張り切っていた。
 いつもの探検帽ではなくカーキのキャップを被り、いつもの眼鏡をサングラスに換えて、朔空君の活躍を見守るお父さんが、何だかかっこいい。ぼくは窮屈にもリードを装着して同行したが、子供達の甲高い音声多重に少し神経がたかぶっていた。
 毎年恒例の花形競技、年長すいかぐみの園児全員参加のリレーが行われる。紅組と白組になってバトンを繋いでいくのだ。
 朔空君は白組、数真君は紅組のそれぞれアンカーだった。
 園児達どころかおとな達も甲高い声援の嵐で、ぼくは思い切りイカ耳になりながらも、佳境の朔空君を見守っていた。
 紅組のアンカー、数真君が先にバトンを受け取った。やっぱり数真君は速い。少し遅れて白組アンカーの朔空君が走り出す。驚いた。思ったより速い。
 結月さんの応援がすごい。ぼくはイカ耳をしている場合ではないと、一緒になってニャアニャア応援した。
 もう少しで数真君に追いつけそうだったが、間に合わなかった。あんなに真剣に歯を食いしばって走る朔空君の顔を、今まで見た事がなかった。
 静かでおっとりして見える朔空君だが、きっと芯は咲月さんのように強いのだろう。
「サツキ、キリト、見てる?」
 ぼくは高い空を見上げた。
〈ただいまのすいかぐみによる紅白対抗リレーは紅組が勝ちました。すいかぐみのみなさん、よくがんばりました〉
 園内放送が響いた。
 朔空君は悔しそうに少しだけ不貞腐れて、数真君と一緒に戻って来たところ、
「ふたりとも速かったね! かっこよかったぞ。あとでプリンのご褒美あるからね」
 結月さんが激しく称賛と激励をした。
 朔空君と数真君は仲良いだけではなく、お互いを意識して高め合う、大切な友達なのだろう。
 
 再び園内放送が流れる。
〈最後は全員参加の玉入れ合戦です。全ての園児と、玉入れカゴのポールを支える担当の父兄は集まって下さい〉
 結月さんは、「出番だ、行ってくるわ」とお父さんに告げて、園児達と一緒に集合場所に向かった。
 園庭の見通しが良くなった時、お父さんはぼくをひょいと抱き上げると、いきなり歩き出した。
「香椎君」
 お父さんが声をかけたのは、前に三角公園で会った人だった。怪訝そうに眉を寄せたが、恩師だとわかると、
「柊先生!」と言って硬直した。
「私の孫を見に来たのかい」
「すいません。先日公園で声をかけられなくて、それで……」
「娘から訊いてるよ。君の気持ちもわかるが、君の大切な家族や私の大切な孫の事を考えれば、、会うのは賛成できないよ。君にも守るべき子供がいて、君自身責任ある立派な数学の教師だ。今、それを崩す必要はないだろう」
「僕が数学教師になれたのは柊先生のおかげです。音楽の教育実習で来た咲月さんが、まさか先生のお嬢さんだとは…‥全然似てなかったし、思いもよらなかった。先生から呼び出された時は、心から驚いて妻との離婚を考えました」
「あの時、咲月から君の名前が出た時は、私も信じられなくて、それで卒業名簿を見返して、気づいたら君を呼び出していた」
 香椎という人は泣いていた。
「離婚などしなくてよかっただろう? 今、平和なのだろう? それでいいじゃないか。咲月の事は過ちかもしれない。が、尊い命が生まれたんだ。見ていたんだろう? あの子の走る姿を」
「はい。健やかで、賢そうで……」
「それは親ばかが言う事だ。これからも、君の家庭と君自身の地位も守りなさい。もう会いに来てはいけないよ」
「せめて、あの子の名前を教えていただけませんか」
「始まりの新月、『朔空』だ」
「ありがとうございます」
 ぼくは、お父さんが咲月さんのお父さんで本当に良かったと、心臓をジンジンさせながら会話を聴いてしまっていた。
 忙しない音楽とともに、子供達の歓声がして、玉入れが始まったようだった。
「お、ビデオ撮らないと結月に叱られる」
 と言って、いつもよりかっこいいお父さんは、デジカメをビデオモードに切り替えて、白熱する玉入れ合戦の動画を撮り始めた。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...