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第四章
ぼくは百日草
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土に混ざる粉雪みたいなぼくは、お母さんのおなかにいる時のように、温かくて柔らかくて眠たくて……
夢遊病のように虹色の石鹸玉に導かれ、今、正に発芽しようとうずうずしている百日草の夢を見た。
やがて、ぽんっと石鹸玉の弾ける音に目を醒ますと、初夏の太陽が眩しい。ぼくは、群れる百日草の中の真っ白な一輪の花だった。
「おはよう、ジン」
朔空君は毎朝、百日草に声をかけてから学校へ行く。ぼくはその中の一輪でしかない。声で元気のない事がひと目でわかる。
朔空君は、ぼんやりして授業中に注意されたり、不注意でぶつかったり転んだり。結月さんの心配は予想以上だった。
口数が減って、友達とも遊ばない。
「ただいま」
早々と学校から帰って来て、ぼんやり百日草の前にしゃがんでこっそり涙を流す。誰にも気づかれないように。ぼんぼりの時もそうだった。
「ぼくはここに居るよ」
ニャニャと鳴こうとしたけれど、ぼくは花だった。
朔空君は結月さんが帰ってくるまで、大概は庭で絵を描いたり、パズルを解いたり、咲月さんの作った「百日草の奇跡」を自前のメロディーで歌ったりしていた。
隣のノリがやって来た。一人前の大きさになっていたが、ぼくからしたらまだまだ子供だ。
思いついたように、朔空君が懐かしい釣竿蝶々を持って来た。ぼくの知っているノリは、まだジャンプも上手に出来なかったが、今、目の前でノリの素晴らしいジャンプ力を見せつけられた。
つい、ぼくもつられて飛び上がろうとして、からだを動かした。朔空君がこちらを瞬きもせずにじっと見ている。
「ジンだ!」
風のない庭で、一輪の真っ白なぼくだけが揺れているのを、朔空君は見つけてくれたのだ。
これは「奇跡」といってもいいのだろうか。魔法は五年先じゃなかったのか? ぼくはどきどきした。
朔空君が突然歌い出した。
「…………
きせきを起こす百日草
君は知ってる?
めぐる命、二十五年のまほう」
朔空君も奇跡を感じたのだな。ぼくは胸がいっぱいで、来年も必ず真っ白で元気な花を咲かせようと、気が早い事を思っていた。
少し気になったのは、繰り返し歌う朔空君の歌に、微妙にニュアンスの違いを感じたが、それがなんなのかわからなかった。ぼくは、朔空君がぼくを見つけてくれただけで、何も要らなかった。
2
隣のおばさんが、素麺を持ってやって来た。
「頂き物の素麺だけど。ジンちゃん、素麺好きだったものねえ、寂しいわ」
「いつもすみません」
結月さんが遠慮なく受け取る。
「ねえ、朔空君寂しいんじゃないの? よかったら、ノリを飼わない?」
突然のおばさんの申し出に、
「いえ、まだジンがそこに居るような気がするので……」
結月さんがやんわり断る。
「でもほら、こうしていつもお庭でノリと遊んでるのよ。ノリが朔空君のお家の子になれば、朔空君も寂しくないんじゃないかしら」
おばさんの大厚意なのだろう。
ぼくは、朔空君が元気になるのなら、それで構わないと思った。ノリは若いし良い子だ。
「おばちゃん、ジンはここにいるよ。ノリはおばちゃんちの子だ。だからいつもみたいにあそびに来ればいいよ。ノリだってその方がいいに決まってる」
朔空君がきっぱり言った。
「わかったわ。じゃあこれからもノリと遊んでやってね」
おばさんは、コンブと似たような体つきを、よいしょっと曲げてノリを抱き上げると、隣に戻って行った。
「サク、かっこいい。なんか、お父さんぽかったわ」
結月さんと同じ事をぼくも思った。それ以上に、もしも動く事が出来るのなら、すぐにでも朔空君の石鹸くさい胸に飛び込みたかった。
3
夏休み、数真君が訪れた。
保育園時代、朔空君が心を開いた唯ひとりの友達だ。
三年振りの対面に、ふたりして緊張して、気まずいだんまりになっているので、結月さんも数真君のお母さんも大笑いだった。
運動神経の優れていた数真君はずいぶんがっちりして、少年サッカーのクラブチームに入っているらしい。
結月さんが、数真君にとっては懐かしの特製プリンを出すと、徐々に笑顔が戻り、お父さんが苦心して組み立て上げたブルーの木製立体パズルを、あの頃のように夢中で触り出した。
超難易度のパズルの分解にてこずっているふたりを眺めながら、「早いものですね」などと、月並みなママトークをする結月さんにむずむずする。
数真君が、
「わっかんねー」
と言って、先にパズルを放棄した。
朔空君は、三白眼気味に大きな目を開き、そして目を伏せると手を止めた。
「そうだ、カズマがくれたぼんぼり、死んじゃったんだ。ごめん」
「べつにいいよ、じゅみょう短いんだから」
「お、数真君、達観しとるね」
結月さんが割って入った。そして、
「ぼんぼりとジンにお線香あげてよ」
と、庭に連れ出した。
そう、ぼくの傍にぼんぼりは静かに眠っている。いや、もう自由になって、好きな所に行っているかもしれない。
朔空君はぼくに下手くそなウインクをすると、百日草のぼくを内緒にしておいてくれた。
「ユウキとお父さんには、そのうち教えてあげるけど、今はぼくとジンだけのひみつ」
数真君のリクエストで、庭でサッカーをしたけれど、朔空君はとても追いつけなかった。
小学校で別れずにいたら、名コンビは続いていたのだろうか、ぼくは考えた。時を隔ててしまうと、人はかつての感情を忘れてしまうのだろうか。
ぼくにはきっと考える時間がたっぷりある。朔空君が迷子にならないように見守るだけだ。
「またね、サクラ」
「うん、高校で会おうね」
「うん、ばいばい」
お父さんがもうすぐ帰ってくる。
花になっても、ぼくにはちゃんとお父さんの靴音は聴こえる。お出迎えは出来ないけれど。
「お帰りなさい、お父さん」
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