Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

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最終章

  奇跡の始まり

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      1


「あ、あの、抱き上げてもいいですか?」
 そう訊くが早いか、朔空はそっと白い仔猫を抱き上げると、おなかの小さな薄茶色の模様を確認した。百日草の種……
 ニィニィニィニイ……
 朔空に抱き上げられた小さすぎる白猫は、潤んだ瞳をゆっくりゆっくり瞬きながら、小さな顔いっぱいに口を可能な限り大きく開けて、朔空に向かって続け様に鳴き出した。
「ジンだ。化け猫ジンだ。ジンお姉ちゃんだ」
 朔空は振り向き様に、 
「あっ、あの、ぼく、この子の里親になります……ごほっごほっ」
 興奮のあまり咳き込みながら、いきなりスタッフに早口で言った。
「うふふ、気に入っちゃったんですね。でも、もう二、三ヶ月経ってからの方が……」
「いえ、大丈夫です」
「まだミルクなんですよ、それに」
「大丈夫です」
「……では、面接をして相談させていただきたいのですが……あの……さっき『ジン』て言いましたよね? この子の事」
 スタッフの女性が、やたらじろじろと朔空を見る。
「ごめんなさい、間違えたら……柊君ではないかしら?」
 驚いたのは朔空だ。交友関係が少ないとはいえ、この土地に住んで十五年目だ、どこかで会ったのかもしれない。しかし、顕在意識下で偶然の出会いに対するトラウマが多少の猜疑を生んで、朔空は大きな三白眼を細めじっと見返すと、
「庭を彩る百日草
 ママが植えたの百日草
 命を繋ぐ強い花
 奇跡を起こす愛の花……だったかしら」
「……琴音……先輩?」
 ボーイッシュに切り揃えられた髪が邪魔をして、中々結びつかなかったが、黒目がちな瞳に確かに琴音の面影を認めた。
「当たりよ、うふふ」

 琴音はあの中学生の頃に語っていたように、音楽大学を卒業して中学の音楽教師になっていた。洗礼を受け、日曜学校の讃美歌のオルガンを弾く傍ら、猫の里親探しのボランティアをしているのだった。
 結婚後、パートナーの異動で地元を引っ越して以来のこの土地だったが、何年もの間、実はこんなに近くに居たことがお互いに不思議でならなかった。
「そうね、この子は柊君が連れて帰るべきだわ」
 全ての条件をクリアして、誓約書にサインした朔空は、
「本当は、ジンの兄弟も引き取りたいんだけど、アパートの契約上ひとりまでなんです」
 仔猫を両手に包みながら、申し訳けなさそうに言った。
「まずは、この子でしょ」
「はい。すぐに準備して迎えに来ます。ジン、ちょっと待っててね」
 朔空から目を離さずにニィニィと鳴き続ける真っ白な仔猫を琴音に預けると、朔空は一目散にその場を飛び出して行った。
「そんなに急ぐ事ないのにね。もしもあなたが、柊君の大好きなお姉ちゃんのジンの生まれ変わりなら、今度はきっと大切な妹になるんだわ。めちゃくちゃ可愛がってくれそう。覚悟しとくといいわよ、うふふ」
 仔猫は琴音を見上げて、ニィと鳴いた。



       2


「ジンが帰ってきたんだ、本当に」
 朔空の白い部屋には小さな白猫が、丸いバスケットの中の石鹸くさいタオルに包まれて、安心し切った様子で寝息を立てていた。
 ジンの再来は、お父さんにも結月にも伝えられ、生吹には直接の紹介をした。
「そういうわけで、これが蘇った化け猫ジンだよ」
 朔空は温めたミルクをジンに与えながら、得意満面を生吹に見せた。
「うは、いい飲みっぷりだ。柊君慣れてるなあ、まるでお母さんのようだよ」
「なんとでも言ってくれ」
 猫用の哺乳瓶とそれほど大きさの変わらない仔猫は、両前足でがっつりと哺乳瓶を抱え込んで離さなかった。
「ジン、元気に育ってくれよ」
 
 ジンは日がな一日、眠っている以外は、仕事中も朔空の膝の上にいる事が多く、遊んで欲しくなると肩の上によじ登り、朔空の耳に齧りついた。それでも朔空が仕事の手を休めないと、キーボードに飛び乗りモニターの前に立ち塞がる。
「だああああ! ジンだめ」
 そうなるとジンは仕事部屋から締め出され、しばらく扉をかりかりした後諦めて、散々部屋中をよちよちと走り回った後で、窓から入る柔らかい陽射しに身を任せながら、お気に入りのクッションの上で一人前に毛繕いなどをしているのだった。

 ある日、朔空のスマホの通知音が鳴った。琴音からだった。開いてみると、仔猫を二匹胸に抱えた、とびきりの笑顔の画像が送られていた。
「ジンちゃんの兄弟、わたしが連れて帰っちゃいました。おでこに薄茶の斑があるのが女の子で『ジーニャ』、おなかの横に大判焼きみたいな模様のあるのは男の子で『ジーノ』です。ジンちゃんと合わせてジニア三兄弟です」
 と、あった。
「琴音先輩、やるなあ」
 朔空は何だかうれしくなった。
「これで、ジンは兄弟に会えるじゃないか」
 心の中でスキップをしながら、何の疑いもなくそんな風に考えてしまった事を、朔空は不思議にすら思わずに、ジニア三兄弟が一緒に仲睦まじく育っていく姿を思い浮かべて、自ずと笑んでいた。

「柊君、ひとりでにたにたして気味悪いぞ」
 生吹に指摘されて、顔をキリッと直しつつも、ジニア三兄弟の話を打ち明けた。
「いつでも会えるって言ったって、琴音さんて結婚してるんだろ」
「はっ、そうだった……そうだよね。でも、猫の兄弟の対面だもの、罪はないさ……そ、そうだった、ははは」
 朔空は我に返ったように、切なそうな顔をした後、
「大丈夫だよ、そんなんじゃないからさ」と、意味不明に取り繕った。

 ーうふふ、サクは気づいてないのね

 ー機は熟してるな
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