Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

文字の大きさ
47 / 50
最終章

  奇跡の始まり

しおりを挟む

      3


 縁とは不思議なもので、ひと仕事終えて、背もたれがひっくり返るほどの伸びをした後、ジンを連れて近くの公園まで自転車を走らせていた時、ばったりと琴音と出会った。彼女も自転車だった。籠にはいろいろな種類の猫用離乳食と普通の猫缶を入れたエコバッグが無造作に入っていた。
「え、偶然。わたし、この道は普段通らないのよ。いつも行くお店が改装で臨時休業だから、この近くのお店まで足を伸ばしたの」
「びっくりした、ぼくも滅多にこの道は通らないから」
 偶然の出会いにお互い驚きながら、琴音は朔空の背負っているキャリーリュックを興味深げにちらちら見ている。
 こんなシチュエーション、ずっとずっと昔あったような……

 朔空は自販機で缶コーヒーを二本買って、ふたりは小さな公園のベンチに並んで座った。
 朔空がキャリーリュックのファスナーを開けると、奥の方にジンが小さく丸まっていた。
「ジンちゃん、わたしの事憶えてるかな」
 ジンが、おそるおそるキャリーから顔を出し、外の様子を伺いながら、琴音の顔を見て「ニィ」と鳴いた。
「憶えていてくれたみたい、ありがとう」
 琴音はジンを優しく撫でて、
「うちにはあなたの兄弟がいるのよ。いつでも・・・・会えるわ」
 と言った。
「え?」
 朔空は、今の言葉を聴き逃がしはしなかったが、それについて訊く事はしなかった。
 ふたりの共通点といえば、同じ中学でほんの数ヶ月、合唱コンクールのために部活動を共にした事と、偶然朔空の家の前で会って、庭の百日草を前に話をしただけだった。あれから十八年、少しも接点がなかったのに、話が尽きないのが不思議だった。
 ふたりはそれぞれの過去の出来事よりも、これから生きていく未来について話をしていた。
「わたしね、あの時の柊君のお母さんの詩が、わたしのその後の人生に勇気を与えてくれたんだと思っているの。本当よ」
 朔空は自分を褒められたわけではないが、なんとなく照れ隠しに空を指差して、
「すごいよ、羊雲が」と言うと、
「ニィ」と空を見上げてジンが鳴くものだから、
「ジンちゃんが、あれは羊じゃなくて鰯雲だって言ってるわ」
 と、琴音が笑って言った。
「うふふ」
 朔空は、遠い過去にも感じた誰かに似ているこの笑い方に思いを巡らせた。
「鰯雲か……雨が降るのかな」
「そろそろ戻りましょうね。そうそう。鰯っていえば、この缶詰あげるわ」
 琴音はエコバッグの中から、猫缶を数種類取り出して朔空に渡した。
「この中の鰯味が中々美味しいのよ。うちの子達も好きだから、ジンちゃん気に入るわ」
「あ、ありがとうございます……でも美味しいって、琴音先輩、猫缶食べたんですか」
「あら、味は確認するわよ、結構美味しいのよ。うふふ」
「先輩、実は猫なんじゃないですか」
「うん、それもいいわね、ニャオーン。わたしが猫になったら、柊君可愛がってくれる?」
「もちろんですよ、あ、いや……」
「うふふ、雨が降るといけない。今度わたしも、ジーニャとジーノを連れて来るわ」


       4

 なんとなく始まった、朔空と琴音とジニア三兄弟のお散歩デート。それは、まるで決められていたかのように、自然にシンプルに当たり前のように始まり続けられた。
 その日は黄色く色付いた銀杏並木にいざなわれる広い公園に、コンビニで調達したほくほくの焼き芋とホットコーヒー持参でやって来た。土曜日だから、幼い子供連れ家族やいろいろな年齢層のカップル、犬の散歩やランニング、さまざまな人々で賑わっていた。
 銀杏の木だらけの公園は、遊歩道以外、一面黄色いグラデーションに覆われている。
 朔空と琴音は、人通りの少ない公園の外れのベンチに腰を下ろし、それぞれ仔猫をキャリーバスケットから出した。
 散歩に慣れてきている仔猫達は、それでも一度は警戒する事を怠らず、ゆっくりと姿勢を低くして地面に降り立つのだった。
「仕草だけはみんな一人前ね」
 琴音がくすくす笑う。
 ペールイエローの銀杏の落葉はしっとりと柔らかくて、他の落葉のようにさくさく音がしない。その優しい感触を楽しんで、ジーニャとジーノがもにもにと音もなく取っ組み合っている。その隣でジンがおとなしく横座りして銀杏の葉に埋もれ一体になっている。静かで柔らかいタッチの絵画の中に収まるように、その部分だけが切り取られた不思議な空間に感じた。
 熱々の焼き芋をほくほく半分に割って、
「お転婆ジンが気取ってるぞ、わはは。絵のモデルにでもなったつもりか」
 朔空が琴音に焼き芋を渡す。
「なんかわかる気がしないでもないわ。ジンは花だった時間がとても長かったんでしょ。ジンはもちろんジンだけど、花要素が含まれて再び生まれてきてもおかしくないわ」
「そうか……花の時間が長いからおとなしくなってるかもって……んなわけないですよ、うちじゃ暴れ回ってるんだから、わはは。弾丸ジンですよ、琴音先輩」
 琴音はにっこり笑って、
「もう先輩はやめようよ」
「いや、ぼくはその方が呼びやすいので、これからもそう呼ぶと思う」
「いいわよ、臨時部員の柊君」
 ふたりがくすくす笑い合っていると、ジーノが銀杏の木で爪を研ぎ始めた。釣られるようにジンもジーニャも真似をし出して、三人無言で後ろ足で立ち上がり、カッカッと爪を研いでいる、猫にあるまじき協調性を見せる小さな姿が面白すぎて、
「大木に無駄な戦いを挑む小さな三勇者達か、わはは」
 ジーノが先頭を切って三十センチくらい登った所で、大木にしがみついて動けなくなっている。
 ふたりはくすくすどころか大笑いした。
「へばりついて、いったいなんの勇者なの?」
 琴音は腹を押さえて涙を流して笑っている。
 その屈託のない様子が、ものすごく自然でシンプルで調和の取れた和音のような素敵な女性に思えた時、朔空は銀杏の木に爪を立てているジンと目が合った。ジンの左目がうっすら赤みを帯びた。
 理由などないが、それがジンのゴーサインに思えた瞬間、
「……琴音先輩が結婚してなければ良かったのに」
 朔空は心の奥に潜んでいた声を、口に出していた。
 笑い転げていた琴音は、黒目がちの目を「え?」と見開くと、
「言ってなかった? わたしは独りよ、五年前からだけど」
「え?」
 朔空も三白眼の大きな目をきょとんと開いて、
「だって、結婚してこっちに来てって……」
「馬鹿ね。夫がいたら、たとえ仔猫達の散歩だとしても柊君とデート出来るわけないじゃない、うふふ」

 夕焼け空の代わりに、朔空の顔がみるみる赤く染まった。ジンの左目もいつになく赤味の濃い琥珀色に輝いて、仔猫のくせにふたりを見守っていた。咲月の詩を思い出しながら。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...