48 / 50
最終章
咲月の魔法
しおりを挟むだからさ、ぼくがサクラに再び触れる事の出来たあの日には、すでにサツキのかけた奇跡の魔法は始まっていたんだよ。
ぼくが発芽寸前に川に捨てられて、暗闇の中で意識が遠のいて眠ってしまいたかった時、石鹸くさい手がぼくを掬い上げて救ってくれた。あの嵐の後の時みたいに。
ぼくは二度も溺れる所をキリトに救われたんだ。
「ジン、頑張ったな、これから咲月の魔法の始まりだよ」
キリトの隣には、長い黒髪をさらさらさせて、優しい目を三日月にしたサツキが居た。
ふたりのあの頃のままの姿に、ぼくはたくさんたくさん泣きたくて鳴いた。
「ニャアニャアニャアニャアニャアニャアニャアニャア……」
ありったけの声を出したら、ぼくは昔の白猫の姿で鳴いていたのだった。
「ジン、長い間サクを見守ってくれてありがとう。甘え下手のサクは、あなたがずっと傍に居てくれて、どんなに支えになっていた事か」
サツキが涙なんて流すから、
「ぼく、何にも出来なかったよ。ただ、サクラがぼくを信じて語りかけ続けてくれたから、ぼくは花としてあんなに長い間生きられたんだ。だから、ただただ傍で見ているだけで何も……」
「サクはひとりじゃないって、いつも頑張れたじゃない。ありがとう、ジン」
「どうだい、ジン。本当の化け猫になった気分は」
キリトがにやりと笑って言った。
「ええ! まさか、これって化け猫なの?」
「化け猫じゃないわよ、ジン。今は精霊。ちゃんと生まれ変わるわ、また白猫だけど文句ないわよね、うふふ」
サツキがいらずらっぽく笑うと、やっぱりユウキとそっくりだった。ぼくがそれを告げると、
「結月に咲月の姿が見えたら羨ましがるぞ。あいつ、本当のおばちゃんになっちゃったから」
キリトはくすくす笑い、サツキに軽く拳骨で頭を叩かれてうれしそうだ。
「おれ達、あんなに早く死んじゃって、朔空や父さんや結月、それにジンに、悲しい思いをさせてしまったけど、父さんと結月とジンの最強見守り隊が朔空に寂しがる隙を与えないでいてくれたんだって思ってるよ」
「本当にそうね……でも、わたしは自分で育てたかったな。ごめんね、今更こんな事言って」
サツキの大きな目がふやけた。
「おれだって一緒に……」
キリトがそこで言葉を切った気持ちが、ぼくにはわかった。
「おれはこの家族の一員で幸せだよ。今だって……」
「わたしも、まんまる幸せよ、うふふ」
そこでキリトがサツキをちらりと見たんだ。だから、
「キリトもサツキも次の世界でも、絶対に出会えるはずだよ」って片目を瞑って見せたら、
「うるせえ」って、照れ隠しフレーズが返ってきた。
ぼくは、こうして石鹸くさいキリトの胸とサツキの優しい声に柔らかく包まれて、二年近くの間、まったりとあの頃の記憶を何度も何度も反芻した。
「そろそろ時間よ、ジン」
サツキがぼくの頭を撫でながら言った。
「ねえ、サツキって魔法使いなの?」
ぼくは、ずっと気になっていた事を訊ねた。
「うふふ、そう思う?」
ぼくはじっとサツキの目を見た。
「ジンの左目がうっすら赤くなってるわ。馬鹿ね、ジン。そんなわけないじゃない。この奇跡はね、わたしが作った歌をサクとジンが憶えていてくれて、百日草の奇跡を信じて作り上げてくれたのよ。それに、ジンが二十五年も頑張ってくれたご褒美なのかもしれない。みんなが幸せになれるように」
「そうか、ぼくが花になってから二十五年目だったんだ」
「本当はね、あの詩は『巡る命に自由、五年の魔法』だったのよ。でもサクが『めぐる命、二十五年の魔法』って書き違えたの……半分は結月の責任だけど、うふふ。でも、それで良かったのよ、きっと。サクもいろいろな人生経験したし、ジンもそれだけサクと一緒に居てくれたんだもの。これからもっともっとサクに可愛がってもらいなさい」
サツキがキリトに笑顔を向けると、キリトが言葉を続けた。
「そうだよ。ジンが百日草になって五年経った頃、うちの庭に琴音ちゃんが来ただろ。あの時さ、おれ、ピンと来ちゃってさ、わはは。誰も気づいてなかったと思うけど」
「あら、わたし、すぐに気づいたわよ、うふふ」
サツキが横槍を入れるから、キリトが咳払いをして仕切り直すのが面白い。サツキのユウキ化?
「ごほん。だからさ、五年の奇跡はいろんな意味で、機は熟してないって思ったんだよ。二十五年の間、いろんな事があったから、おれも人生の追体験させてもらったよ。なんたって、今の朔空はおれよりひと回りも歳上だからな、わはは」
「そういえば、わたしよりも歳上だわ」
ふたりは顔を見合わせて幸せそうに笑った。
「それからね、きっとお父さんならこう言うと思うわ。ジンがじりじりしていた千弦さん。彼女があなたを捨ててくれた事が、こうやって生まれ変わる強いきっかけをくれたのかもしれないって事、忘れてはだめよ」
サツキが大きな目をぱっちり開けてぼくを見るから、
「うん」と頷いた。
「さあジン、新しいスタートラインよ。いってらっしゃい」
やっぱりサツキは魔法使いだよ、多分……
50
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる