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第六話 フェッティペパロニ
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「ここはメイドを育成して、レストランのお仕事やお掃除、お花の手入れやお買い物など、様々なお仕事のお手伝いに派遣している場所なのです」
フィルシーさんはトマトを見送ってから話し始めた。
「お客様にはここでお食事をとりながらメイドの礼儀作法や働きぶりを見ていただき、条件に合ったメイドを選んでいただいております。このような場所を“メイド喫茶”と呼びます。他のメイド喫茶では、専属メイドをご主人様へ売るようなことも行っていますが、うちではしておりません。せっかく育てたメイドを手放したくはありませんから」
「なるほど……」
どうやらメイドさんは普通のお手伝いさんみたいな扱いらしい。それにしては気になることが……。
「街の中でメイドさん……じゃなかった、メイドの扱いが冷たかったと思うんだけど」
「はい、鳥太様は本当に何もご存じないのですね。メイドの技能は一般的に、執事に大きく劣っていて、人々からの信頼も薄いのです。最高クラスのSで、ようやく下位クラスの執事と対等ですから」
「クラス……?」
「はい。メイドは技能により、SクラスからFクラスに分けられ、Fクラスはたまご、Eクラスが半人前、Dクラスになると一人で仕事ができるようになります」
「へえ。ちなみにトマトは?」
「…………」
フィルシーさんは髪色に近いクリーム色の瞳でじっと見つめてきた。
「鳥太様はメイドの話に興味がおありなのですね。変わっていらっしゃいます」
「はい、まあ」
フィルシーさんの声音に咎めるような響きがあり、歯切れ悪く答える。すると、クリーム色の瞳に一瞬だけ不審の色が浮かんで消えた。
「トマトの恩人ですから、お話しいたしましょう。彼女は最近Dクラスになり、ジョゼロットオーナーのレストランで働いていました。Dクラスでも何か特技があると仕事が貰いやすいのですが、トマトの場合はこれといった特技はなく、また苦手も多いです」
そこで一息ついてから、フィルシーさんはふとトマトが入っていった扉へ視線を向けた。
「それでもあの子は頑張り屋で、忠誠心も強く、とてもいい子です」
「忠誠心ってことは、誰かに仕えてるのか?」
「いえ、私に対してです。あの子は生まれてからずっとここで修業を積んできて、私の教えが厳しくても、私を喜ばせる為に頑張ってくれました。私のことが大好きだからご主人様はいらないと、いまでも口癖のように言っているのです」
誇らしそうに言った後、ツンと張った胸を強調するように背筋を伸ばした。
「他に何かお聞きしたいことはございますか?」
「えと、この国で俺みたいなやつが金を稼ぐにはどうしたらいいんだろ?」
これから生きていく上で最低限金を稼がないといけない。まずはどんな割に合わない仕事でもするしかないだろう。
しかし、質問の仕方が悪かったのか、フィルシーさんの顔に浮かぶ不審の色が明らかに濃くなった。
せめて仕事に困ってるとでも言えばよかったか……。
「あ、あのっ!」
俺が冷や汗を垂らしていると、いつの間にかテーブル脇に立っていたトマトが声をかけてきた。
この子だけは俺の味方をしてくれるので、そばに居てくれるとありがたい。
「鳥太様、お食事のご用意ができましたっ」
「あ、ありがとう」
「いえいえっ」
緊張した面持ちでテーブルに大皿を一つ置く。
蓋の内側からうまそうな匂いが……。
「トマト、お飲み物はどうしたのかしら?」
「あ、は、はいっ。申し訳ございません! いま持ってきます!」
慌ててキッチンへ戻っていくトマトを見送って、フィルシーさんは穏やかなため息をついた。
「ごめんなさい、あの子は緊張しているみたいです」
「いえ、ごちそうになってるのは俺ですから、全然……」
尻切れの言葉を苦笑いでごまかす。
これまでまともな仕事をしてなかったから、大人な対応はできないんだよな……。と自虐的な自己評価を下していると、なぜかフィルシーさんの俺を見る目は少しだけ優しくなっていた。
「では、ごゆっくり召し上がってくださいませ」
トマトが水色の飲み物を持ってきたタイミングでフィルシーさんは席を立った。
気を遣ってくれたんだろう。落ち着いて食えそうなので一安心だ。
「ありがとうございます。いただきます」
木の蓋を開けると、甘い玉子の匂いが胃袋を思いきり擦った。
中にあったのはオムライス。それも、一流のレストランで出てくるような見た目。
薄く広がった卵は綺麗な円を描き、部屋の照明を受けた照り返しがとろみを視覚に訴えかけてくる。濃いデミグラスソースは絵画に垂らした絵の具のようなセンス。
「これ、トマトが作ったのか……?」
「はい……」
なぜか俯きながら、小声で呟くトマト。
「一応、フェッティペパロニです……」
「ありがとう、うまそうだね。いただきます」
オムライスに見えるけど、この世界にある別の料理らしい。
木でも鉄でもない、心地いい肌触りのスプーンを手に取り、フェッティペパロニに入れる。
中から出てきたのは半透明な米らしきもの。
トマトは隣で心配そうに見守っていたが、俺がスプーンを口に運んだ瞬間、もう見ていられないというふうに視線を逸らした。
「――――――!」
体が固まった。
口を動かすのも忘れ、舌に乗った衝撃的な旨味が口内に広がっていくのを味わっていた。
自然と、もう一度スプーンが動く。
なんだこのうまさは。オムライスとは比較できない。無理やり元の世界の食べ物に置き換えるなら、最上級の肉を魔法でオムライス風に仕立て上げたようなイメージだ。
スプーンを動かすたび、口の中に幸福が運ばれてくる。
味覚だけではなく、全身で味わっているような感覚。うっかり気を緩めたら感涙してしまいそうなほどにうまい。
そうして目の前にあったフェッティペパロニはあっという間に消え、水色の液体を流し込むと、爽やかなのどごしと圧倒的な満足感で満たされた。
「あ、やべ……」
普通、一口食べた時点で味の感想を言うよな。
『すごくおいしいよ』とか、『おいしいよ、ありがとう』とか、なんでもいいから最初に言うべきだっただろ。
「トマト、すごくおいしかった。本当に」
だいぶ遅れたタイミングで感謝の言葉を伝える。申し訳ない……。
実際、トマトの料理は人生で食ったものの中で、一番うまかった。
毎日料理が下手なメイドさんの料理を食ってきたから、というわけじゃなくて、断トツで圧倒的にうまかった。
これまで食ってたメイドさんの料理も、俺はうまいと思ってた。
下手でも、味が変でも、一生懸命つくってくれたのが伝わってきたから。
だけど、トマトの作った料理は上品で、おいしくて、それでいて何より、一皿に乗せた一生懸命さが心に染みた。
「うまかったよ。本当に、うまかった」
伝えたいことはたくさんあるけど、口から出るのはシンプルな同じ言葉だけ。衝撃的な感謝は言葉を奪ってしまうらしい。
「鳥太様……」
気付くとトマトの瞳には、なぜかうるうると涙の膜が覆っていた。
「え、どうした? なんで泣いてるんだ?」
「鳥太様が……そんなに褒めてくださるから…………」
「だってこれ、本当にうまかったぞ。びっくりするくらいうまかった」
気付くと周りにいたメイドさん達が仕事をしているふりをしながら、みんな俺のことを驚きの目で見つめていた。
「俺、変なこと言ったか……?」
味の感想が伝わらなかったのかもしれない。トマトを泣かせてしまった……。不安になっていると、背後からフィルシーさんの声が響いた。
「鳥太様、あなたは変わっていらっしゃいますね」
「え?」
振り返ると、フィルシーさんが笑顔を浮かべていた。さっきまでの訝しげな雰囲気もどこかへ消え去っている。
「変わっていらっしゃいます。けれど、とてもいい人ですね」
「はぁ」
よくわからずため息で答えてしまうと、フィルシーさんは柔らかい手つきで椅子を引いて再び座った。長話になるのだろうか。
「正直に申し上げますと、私は鳥太様のことを少々疑っておりました」
「え、そうだったのか」
「はい。失礼ですが、鳥太様の御召し物は紳士のそれではありませんし」
言われて自分のTシャツチノパン姿を改めて見る。
たしかにこの世界で浮いてるよな……。
「メイドや執事のこともご存じありませんし」
「う……」
「メイドのことを探ろうとしていらっしゃいましたし、道端で見知らぬメイドを助けたということも不自然に思っておりました」
「…………」
うまく振る舞ってるつもりだったけど、こんなに疑われていたとは。
「ですが、鳥太様は心優しい方だということがわかりました。本当に善意でトマトを助けて下さったのですね。改めてお礼を申し上げます」
そう言って上品に、優雅に、門に立っていたクシィよりもさらに大人びたお辞儀をしてくれた。
「そんな、俺はただ、見ていられなかっただけですから」
照れ隠しで答えたついでに、さっきから渦巻いていた疑問を重ねる。
「けど、フィルシーさん、なんで急に俺を信用してくれたんですか?」
「それはもちろん……」
他のメイドさん達がなぜか、犬の赤ちゃんでも見るかのような生暖かい視線を俺に向けている。むずかゆい。
「えと、その……」
答えたのはトマトだった。
「私実は、料理が苦手なんです」
「…………………………は」
「あ、あの、ですから、実は私Dクラスの中で一番料理がへたなんです!」
トマトは頬を赤らめて、小さく叫ぶように言った。
この世界では『三ツ星レストランで働いていたんです』を『料理がへたなんです』と言いかえる風習でもあるのか……。
「そんなことないよ。トマトの料理、めちゃくちゃうまかった。あれで料理がへたなんて……」
「――!」
トマトの顔が急に夏のトマトみたいになった。
「鳥太様、本当にお優しいです! 大好きです!」
「――ん!?」
美少女メイドさんに勢いで告白された……?
もしそうなら今すぐOKだ! と能天気なことを考えて瞳の色を伺うと、トマトはあわあわと口を震わせた。
夏のトマトどこいった。
「あ、あの、すみませんっ! 失礼しましたっ! いまのは忘れて下さい! 本当にすみませんっ!」
「え、ちょ」
トマトはそのまま逃げるように奥の部屋へ消えて行った。近くにいた他のメイドさんが食器を下げてくれる。
「というわけで」
ニヤニヤと口元を緩めるフィルシーさん。
「トマトの料理をあれほどおいしそうに食べることは、普通できません。鳥太様、あなたはお世辞をおっしゃってるわけではなさそうでしたが、それでもあのお顔を見せられてしまっては、こちらも毒気をそがれてしまいます」
「はい……」
なんか急に恥ずかしくなってきた。
いまの俺は笑顔でお子様ランチを平らげた子供みたいな感じなのか。
「そんな恥ずかしそうにしないでください。鳥太様はメイドに偏見を持っていらっしゃいませんし、お優しい方なのですから。そのピュアな気持ちを誇りに思ってください」
「ピュア……」
余計に恥ずかしくなってくる。俺はけっこう下心あるよ? エロいことも考えるよ?
「ということで、私は鳥太様を信用しますので、鳥太様の素性、職業、その他は詮索は致しません」
不審者っぷりに目をつぶって信用してくれるらしい。うまいものご馳走してくれた上にこの扱い、優しいな。
「他に何かお聞きしたいことがあれば、鳥太様は遠慮なくお尋ねください。困っていることがあれば、できる限りはお手伝いさせていただきますよ」
「やった! ありがとうございます!」
フィルシーさんは笑顔で頷いた。
他にも聞きたいことは山ほどある。これでなんとかこの世界で生きるかもしれない。
フィルシーさんはトマトを見送ってから話し始めた。
「お客様にはここでお食事をとりながらメイドの礼儀作法や働きぶりを見ていただき、条件に合ったメイドを選んでいただいております。このような場所を“メイド喫茶”と呼びます。他のメイド喫茶では、専属メイドをご主人様へ売るようなことも行っていますが、うちではしておりません。せっかく育てたメイドを手放したくはありませんから」
「なるほど……」
どうやらメイドさんは普通のお手伝いさんみたいな扱いらしい。それにしては気になることが……。
「街の中でメイドさん……じゃなかった、メイドの扱いが冷たかったと思うんだけど」
「はい、鳥太様は本当に何もご存じないのですね。メイドの技能は一般的に、執事に大きく劣っていて、人々からの信頼も薄いのです。最高クラスのSで、ようやく下位クラスの執事と対等ですから」
「クラス……?」
「はい。メイドは技能により、SクラスからFクラスに分けられ、Fクラスはたまご、Eクラスが半人前、Dクラスになると一人で仕事ができるようになります」
「へえ。ちなみにトマトは?」
「…………」
フィルシーさんは髪色に近いクリーム色の瞳でじっと見つめてきた。
「鳥太様はメイドの話に興味がおありなのですね。変わっていらっしゃいます」
「はい、まあ」
フィルシーさんの声音に咎めるような響きがあり、歯切れ悪く答える。すると、クリーム色の瞳に一瞬だけ不審の色が浮かんで消えた。
「トマトの恩人ですから、お話しいたしましょう。彼女は最近Dクラスになり、ジョゼロットオーナーのレストランで働いていました。Dクラスでも何か特技があると仕事が貰いやすいのですが、トマトの場合はこれといった特技はなく、また苦手も多いです」
そこで一息ついてから、フィルシーさんはふとトマトが入っていった扉へ視線を向けた。
「それでもあの子は頑張り屋で、忠誠心も強く、とてもいい子です」
「忠誠心ってことは、誰かに仕えてるのか?」
「いえ、私に対してです。あの子は生まれてからずっとここで修業を積んできて、私の教えが厳しくても、私を喜ばせる為に頑張ってくれました。私のことが大好きだからご主人様はいらないと、いまでも口癖のように言っているのです」
誇らしそうに言った後、ツンと張った胸を強調するように背筋を伸ばした。
「他に何かお聞きしたいことはございますか?」
「えと、この国で俺みたいなやつが金を稼ぐにはどうしたらいいんだろ?」
これから生きていく上で最低限金を稼がないといけない。まずはどんな割に合わない仕事でもするしかないだろう。
しかし、質問の仕方が悪かったのか、フィルシーさんの顔に浮かぶ不審の色が明らかに濃くなった。
せめて仕事に困ってるとでも言えばよかったか……。
「あ、あのっ!」
俺が冷や汗を垂らしていると、いつの間にかテーブル脇に立っていたトマトが声をかけてきた。
この子だけは俺の味方をしてくれるので、そばに居てくれるとありがたい。
「鳥太様、お食事のご用意ができましたっ」
「あ、ありがとう」
「いえいえっ」
緊張した面持ちでテーブルに大皿を一つ置く。
蓋の内側からうまそうな匂いが……。
「トマト、お飲み物はどうしたのかしら?」
「あ、は、はいっ。申し訳ございません! いま持ってきます!」
慌ててキッチンへ戻っていくトマトを見送って、フィルシーさんは穏やかなため息をついた。
「ごめんなさい、あの子は緊張しているみたいです」
「いえ、ごちそうになってるのは俺ですから、全然……」
尻切れの言葉を苦笑いでごまかす。
これまでまともな仕事をしてなかったから、大人な対応はできないんだよな……。と自虐的な自己評価を下していると、なぜかフィルシーさんの俺を見る目は少しだけ優しくなっていた。
「では、ごゆっくり召し上がってくださいませ」
トマトが水色の飲み物を持ってきたタイミングでフィルシーさんは席を立った。
気を遣ってくれたんだろう。落ち着いて食えそうなので一安心だ。
「ありがとうございます。いただきます」
木の蓋を開けると、甘い玉子の匂いが胃袋を思いきり擦った。
中にあったのはオムライス。それも、一流のレストランで出てくるような見た目。
薄く広がった卵は綺麗な円を描き、部屋の照明を受けた照り返しがとろみを視覚に訴えかけてくる。濃いデミグラスソースは絵画に垂らした絵の具のようなセンス。
「これ、トマトが作ったのか……?」
「はい……」
なぜか俯きながら、小声で呟くトマト。
「一応、フェッティペパロニです……」
「ありがとう、うまそうだね。いただきます」
オムライスに見えるけど、この世界にある別の料理らしい。
木でも鉄でもない、心地いい肌触りのスプーンを手に取り、フェッティペパロニに入れる。
中から出てきたのは半透明な米らしきもの。
トマトは隣で心配そうに見守っていたが、俺がスプーンを口に運んだ瞬間、もう見ていられないというふうに視線を逸らした。
「――――――!」
体が固まった。
口を動かすのも忘れ、舌に乗った衝撃的な旨味が口内に広がっていくのを味わっていた。
自然と、もう一度スプーンが動く。
なんだこのうまさは。オムライスとは比較できない。無理やり元の世界の食べ物に置き換えるなら、最上級の肉を魔法でオムライス風に仕立て上げたようなイメージだ。
スプーンを動かすたび、口の中に幸福が運ばれてくる。
味覚だけではなく、全身で味わっているような感覚。うっかり気を緩めたら感涙してしまいそうなほどにうまい。
そうして目の前にあったフェッティペパロニはあっという間に消え、水色の液体を流し込むと、爽やかなのどごしと圧倒的な満足感で満たされた。
「あ、やべ……」
普通、一口食べた時点で味の感想を言うよな。
『すごくおいしいよ』とか、『おいしいよ、ありがとう』とか、なんでもいいから最初に言うべきだっただろ。
「トマト、すごくおいしかった。本当に」
だいぶ遅れたタイミングで感謝の言葉を伝える。申し訳ない……。
実際、トマトの料理は人生で食ったものの中で、一番うまかった。
毎日料理が下手なメイドさんの料理を食ってきたから、というわけじゃなくて、断トツで圧倒的にうまかった。
これまで食ってたメイドさんの料理も、俺はうまいと思ってた。
下手でも、味が変でも、一生懸命つくってくれたのが伝わってきたから。
だけど、トマトの作った料理は上品で、おいしくて、それでいて何より、一皿に乗せた一生懸命さが心に染みた。
「うまかったよ。本当に、うまかった」
伝えたいことはたくさんあるけど、口から出るのはシンプルな同じ言葉だけ。衝撃的な感謝は言葉を奪ってしまうらしい。
「鳥太様……」
気付くとトマトの瞳には、なぜかうるうると涙の膜が覆っていた。
「え、どうした? なんで泣いてるんだ?」
「鳥太様が……そんなに褒めてくださるから…………」
「だってこれ、本当にうまかったぞ。びっくりするくらいうまかった」
気付くと周りにいたメイドさん達が仕事をしているふりをしながら、みんな俺のことを驚きの目で見つめていた。
「俺、変なこと言ったか……?」
味の感想が伝わらなかったのかもしれない。トマトを泣かせてしまった……。不安になっていると、背後からフィルシーさんの声が響いた。
「鳥太様、あなたは変わっていらっしゃいますね」
「え?」
振り返ると、フィルシーさんが笑顔を浮かべていた。さっきまでの訝しげな雰囲気もどこかへ消え去っている。
「変わっていらっしゃいます。けれど、とてもいい人ですね」
「はぁ」
よくわからずため息で答えてしまうと、フィルシーさんは柔らかい手つきで椅子を引いて再び座った。長話になるのだろうか。
「正直に申し上げますと、私は鳥太様のことを少々疑っておりました」
「え、そうだったのか」
「はい。失礼ですが、鳥太様の御召し物は紳士のそれではありませんし」
言われて自分のTシャツチノパン姿を改めて見る。
たしかにこの世界で浮いてるよな……。
「メイドや執事のこともご存じありませんし」
「う……」
「メイドのことを探ろうとしていらっしゃいましたし、道端で見知らぬメイドを助けたということも不自然に思っておりました」
「…………」
うまく振る舞ってるつもりだったけど、こんなに疑われていたとは。
「ですが、鳥太様は心優しい方だということがわかりました。本当に善意でトマトを助けて下さったのですね。改めてお礼を申し上げます」
そう言って上品に、優雅に、門に立っていたクシィよりもさらに大人びたお辞儀をしてくれた。
「そんな、俺はただ、見ていられなかっただけですから」
照れ隠しで答えたついでに、さっきから渦巻いていた疑問を重ねる。
「けど、フィルシーさん、なんで急に俺を信用してくれたんですか?」
「それはもちろん……」
他のメイドさん達がなぜか、犬の赤ちゃんでも見るかのような生暖かい視線を俺に向けている。むずかゆい。
「えと、その……」
答えたのはトマトだった。
「私実は、料理が苦手なんです」
「…………………………は」
「あ、あの、ですから、実は私Dクラスの中で一番料理がへたなんです!」
トマトは頬を赤らめて、小さく叫ぶように言った。
この世界では『三ツ星レストランで働いていたんです』を『料理がへたなんです』と言いかえる風習でもあるのか……。
「そんなことないよ。トマトの料理、めちゃくちゃうまかった。あれで料理がへたなんて……」
「――!」
トマトの顔が急に夏のトマトみたいになった。
「鳥太様、本当にお優しいです! 大好きです!」
「――ん!?」
美少女メイドさんに勢いで告白された……?
もしそうなら今すぐOKだ! と能天気なことを考えて瞳の色を伺うと、トマトはあわあわと口を震わせた。
夏のトマトどこいった。
「あ、あの、すみませんっ! 失礼しましたっ! いまのは忘れて下さい! 本当にすみませんっ!」
「え、ちょ」
トマトはそのまま逃げるように奥の部屋へ消えて行った。近くにいた他のメイドさんが食器を下げてくれる。
「というわけで」
ニヤニヤと口元を緩めるフィルシーさん。
「トマトの料理をあれほどおいしそうに食べることは、普通できません。鳥太様、あなたはお世辞をおっしゃってるわけではなさそうでしたが、それでもあのお顔を見せられてしまっては、こちらも毒気をそがれてしまいます」
「はい……」
なんか急に恥ずかしくなってきた。
いまの俺は笑顔でお子様ランチを平らげた子供みたいな感じなのか。
「そんな恥ずかしそうにしないでください。鳥太様はメイドに偏見を持っていらっしゃいませんし、お優しい方なのですから。そのピュアな気持ちを誇りに思ってください」
「ピュア……」
余計に恥ずかしくなってくる。俺はけっこう下心あるよ? エロいことも考えるよ?
「ということで、私は鳥太様を信用しますので、鳥太様の素性、職業、その他は詮索は致しません」
不審者っぷりに目をつぶって信用してくれるらしい。うまいものご馳走してくれた上にこの扱い、優しいな。
「他に何かお聞きしたいことがあれば、鳥太様は遠慮なくお尋ねください。困っていることがあれば、できる限りはお手伝いさせていただきますよ」
「やった! ありがとうございます!」
フィルシーさんは笑顔で頷いた。
他にも聞きたいことは山ほどある。これでなんとかこの世界で生きるかもしれない。
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