それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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謎の事件 シュガー・トスト

第三十一話 疑惑

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「俺が、追放される…………?」
「ええ」

 たかが噂だと思っていたら大事だった。トマトの表情は嘘をついている様子でもない。

「先にお伝えしておきます。私は鳥太様を疑ってはいません。鳥太様の疑惑を晴らすために事実をお伝えしようと思ったのです。お話することに関してフィルシーさんから許可はいただいていませんが、禁止をされているわけでもありませんので」
「ありがとう、聞かせて貰えると助かるよ」

 トマトの口ぶりからすると、フィルシーさんも判断を迷っているのかもしれない。
 疑惑はどこまで深まっているのか……。そして俺は何をしたことになっているのか……。
 トマトは仕事モードの顔になり、聞き取りやすい声で淡々と話し始めた。
 
「事件が起きたのは昨夜、フィルシーさんの入浴中のことです。鳥太様もご存じの通り、お風呂場は廊下の隅にあるので、誰かが通りがかることはありません。また、ルッフィランテは夜中も常に門番が交代で立っているので、来客者がお見えになれば気付きます。窓はメイドがダブルチェックして戸締りしていますので、誰かが侵入してくることもありません」

 つまり、ルッフィランテは密室が保たれている。
 事件が起きたとしたら、内部に犯人がいるということか。

「そして昨夜、メイドも全員寝静まった頃、お風呂上りのフィルシーさんが服を着ようとしたら、服やマットの配置が少し変わっていたそうです。不自然に思っていると、廊下で物音がしたので、慌てて服を着て廊下に顔を出すと、そこには…………」
「……………………」

 区切るポイントが怪談みたいで妙な緊張感が走る。トマトは言いよどんでいるだけかもしれないが……。
 トマトはふーっと長い息を吐いて、ようやく話し始めた。

「チズがいたそうです。そして、チズが鳥太様らしき人影を見たと言っていました。その後フィルシーさんとチズが見回りをしたそうですが、周りの部屋には誰もいなかったそうです。鳥太様のお部屋にもいったそうですが、鳥太様の返事はなかったと」
「まあ、昨日はかなりハードな戦闘の後で、爆睡してたからな……」
「ええ、そうですよね。そして普段通りお部屋の鍵もかけられていたので、二人は見回りを終えたそうです。つまり、真相はわからない状態です」
「う~ん…………」

 なんとも中途半端な話だが、フィルシーさんが寝ぼけていた……ということではないだろう。あやふやな疑惑をトマトに話すとは思えない。フィルシーさんとチズは、俺が犯人だとほぼ確信している。そして俺以外の誰かが、フィルシーさんの入浴中、脱衣所にいた。

「一応言っておくと、犯人は俺じゃないぞ。俺はフィルシーさんの……いや、相手がたとえメイドだろうと風呂場を覗こうとは思わない」
「ええと……何をおっしゃっているのかよくわかりませんが、鳥太様がお風呂を覗こうとしたとは誰も思っていません。女性の裸を覗き見るなんて、紳士の方はプライドが許さないでしょう? ひょっとしてシュガーに何か言われましたか……?」
「………………」

 そうだ、この世界は”紳士”の世界だった。のぞき見をするという発想はないんだな。
 ついでに、トマトの中でもシュガーは変人扱いになっているらしい。
 トマトは扉の方に呆れた視線を向けた。

「やはりシュガーが何か言ったのですね。それは気にしなくていいですよ。鳥太様をそのように見ている者はいません」
「だとしたら、俺は何を疑われているんだ?」
「それは……私の口からは言えません」

 その口ぶりから何となく予想はついた。
 俺がルッフィランテを追放される理由。金、愛、地位、名誉、おそらくこの中のどれかだろう。俺はまだルッフィランテに入って日が浅い。裏切る可能性を疑われても仕方がない。

「ですが、勘違いしないでいただきたいのです。フィルシーさんは鳥太様を疑っているわけではない……と思います。あの方は最年少でSクラスメイドとなり、色々な人を見てきたのです」
「ああ、わかってるよ」

 あの若さでここまで上り詰めてきた人だ。裏切られた経験は一度や二度ではないだろう。
 おそらく今、フィルシーさんは感情を抑え、冷静に状況を見極めようとしている。状況的に限りなく怪しい俺を信用して、ルッフィランテを危険に晒すわけにはいかない。

「状況はだいたいわかった。とにかく誰かが何らかの目的で脱衣所に入った。そして最も怪しいのは俺ってことだな」
「はい、鳥太様が落ち着いていらっしゃって、ほっとしました」
「話を聞けば、疑われた理由ははっきりしてるからな。これから俺がすべきことも」

 疑惑を晴らすには犯人を見つけるしかない。
 その為には情報が欲しい。

「トマト、スキルを使ってルッフィランテに侵入することはできないのか? あるいは自然に出入りできる人間を装って入ることは……?」
「いいえ、どうでしょう……。壁を通り抜けるようなスキルはありませんし、壊すスキルでは修復が困難です。それと自然に出入りできる人間はメイドとフィルシーさんと鳥太様だけです。ここにいるすべてのメイドがお互いの顔と、鳥太様のお顔を把握していますので、不審者が入ることはありません。そして、次に自然に出入りできるのはお客様ですが、門番のクシィもチズも、昨日は入った人がきちんとお帰りになるのを見届けています」

 想像以上にルッフィランテの警備は厳重で隙がない。
 今の俺に思いつくのは、実は内部のメイドさんが犯人だとか、犯人はまだ建物の中にいるとか、秘密の抜け穴を掘ってるとか、やや現実味の薄いトリックだけだ。

「一応、今できることをしよう。脱衣所とその周辺の部屋を見たいんだけど、一緒についてきてくれないか?」
「脱衣所というのは、女性用のお風呂の脱衣所ということですよね?」
「…………だ、だってそこが現場だからさ」

 女性用の風呂の脱衣所って別に問題はないよな……? 男性用と同じでロッカーと壁があるだけだよな?
 と必死で思考をめぐらせていると、トマトは少し考える素振りを見せた。

「鳥太様一人だとまた誤解されてしまいそうですので、私がご一緒します。今あるお仕事の簡単なものだけ、研修しているFクラスメイドの子に任せてきますね」
「おお、ありがとう。そうだよな」
「ちなみに、脱衣所はすぐに入れますが、隣の物置は鍵がかかっているので、フィルシーさんに借りないといけません。少し待ってていただけますか?」
「ああ、頼むよ。ありがとな」
「いえ、普段は鳥太様が私達のピンチを助けて下さっていますから」

 頼もしい言葉を残して去っていったトマトは、数分後、見事に鍵を手に入れて戻って来た。
 先に脱衣所を調べる。

「何の変哲もないな…………男の脱衣所とほぼ同じか」

 ロッカーと脱いだ服をかけられる棒、それに水を薄い膜に閉じ込めた鏡。床のマットはめくってみたが特に隠し扉のような物はない。しいていうなら…………

「トマト、壁の木が外れたりはしないか?」
「いえ、これは確かに外れそうに見えますけど、しっかり固定されていますよ。建物の老朽化は定期的にチェックされていますし、私もお掃除するときに触ることがあります」
「そうか……」

 壁の木はブロック塀のように組まれているので、これが三~四本外れれば人が通れると思うけど、そう上手くはいかないか。となると犯人はどうやって侵入して、どこに逃げたのか。

「とりあえず、隣の部屋を見てみるか」

 往生際悪く壁をグイグイ押しながら言うと、トマトは「あっ」と声を漏らした。

「鳥太様、そういえば一つ言い忘れていましたが、隣の部屋の鍵を借りたとき、フィルシーさんから交換条件を持ち出されてしまったのです。それどころでないのはわかっているのですが……」
「交換条件?」
「以前にお話しした、古い家具を壊していただくお願いです」
「前オーナーが残したって言うアレか。もちろん構わないよ」
「ありがとうございます! ではいきましょう!」

 安請け合いした俺だったが、隣の部屋に入って愕然とした。

「これ、本当に家具なのか……?」
「ええ、家具ですよ。前のオーナーはこういうのがお好きだったのです」

 トマトの言う“こういうの”は、実用性を無視した芸術作品の数々だった。
 やたらと木が編み込まれている物体はおそらくベッド。天井まで伸びた背もたれがついているのはおそらく椅子。ここまではギリギリわかるが、装飾の施された籠やカラフルな板など、用途不明の物が多い。

「本当に壊していいのかこれ……」
「すべて処分してほしいとフィルシーさんからお願いされています。ただ、このように精密なデザインの家具は、どれも頑丈な素材で作られているのです」

 そう言われると、涼しい顔で壊して「大したことないな、余裕余裕」とカッコつけたくなるのが男子の心だ。
 まずは、メイドさん達がこの部屋に運ぶのも一苦労だっただろう歪なデザインの椅子を足で押さえる。
 テコの原理で長い背もたれを押すと、

「か、硬ぇ…………なんだこれ、ちょっと本気出さないと無理だな」

 トマトの期待した視線を浴びながら、仕切り直した。予想以上に硬い……。
 岩かっ。とツッコむのを耐えながら、椅子を適当な家具の上に置く。
 深く息を吐き、集中――。

 大きく飛び上がり、空中で半回転。戦闘時とほぼ同等威力の踵落としを叩き込んだ。
 ミシミシッと音が鳴り、椅子には辛うじて亀裂が入った。
 木っ端みじんにするつもりでやったんだけど…………マジで何だこれ…………。

「鳥太様っ! すごいです! 頑張れば壊せそうですね! このくらいの大きさにしてくだされば私達が捨てますよ」

 トマトはバルーンでも抱え込むように手を広げた。そのキラキラした瞳にノーと言えるはずもなく、

「お、おう……わかった。ちょっと時間かかるかもな……ハハハ」

 その後、ひたすら家具を壊すことになった。
 体を動かすことで気分がリフレッシュされ、例の噂について何か閃くかもしれない。と思ったが、結局何も思い浮かばず、夕方を迎えた。

「お疲れ様でした! 一日で半分以上かたずけて下さるなんて、驚きです!」
「他にできることもなかったからさ。それで、一つ頼みたいんだけど……」

 先ほどの噂。脱衣所に誰かが“侵入した形跡があった”ということは、犯人の目的はまだ達成されていない。それなら、犯人はまだルッフィランテを狙っていて、再び同じ場所に現れるかもしれない。

「ええ、わかっていますよ」

 トマトは左右に視線を送ってから、声を潜めた。窓の外はすでに暗くなり始めている。

「今夜、犯人を捕まえましょう。私もお手伝いします」

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