それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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謎の事件 シュガー・トスト

第三十話 日常+噂

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 右拳粉砕で両足捻挫となった俺は、平気な顔を取り繕いながら、チズと一緒にライムをレアクレアに送り届けた。
 この世界で俺の体は頑丈で、命のレッドゾーンまではまだ余裕がある。その為か、痛みもそれほどではない。

 レアクレアの門に立つ。
 敷地面積はルッフィランテの五分の一くらいだ。チズが言うには、これでもメイド喫茶の中では大きい方らしい。

「鳥太様、ご存じとは思いますが、ルッフィランテは世界で最大級のメイド喫茶です。所属しているメイドは三百人ほどいますので、念の為」
「え、せいぜい百人くらいじゃないのか……?」

 どう考えても三百人はいない。ライムの前だから見栄張ってるのか……?

「やはり勘違いしていたのですね。屋敷には百人ほどしかいませんが、ルッフィランテの外で、泊まり込みで働いているメイドが二百人ほどいます。普段ルッフィランテにいるのは、ごく一部のルッフィランテ内で働くメイド、仕事のないメイド、まだ修行中のF・Eクラスのメイド、そして休日や寝るときに帰宅しているメイドだけです」
「なるほど、だからCクラス以上はほとんどいなかったのか」

 門番のチズとクシィ、治癒メイドのマカロを除くと他はみんなDクラス以下だ。みんな外で働いていたのか。まだ知らないことが多いな。

「鳥太様はお強いのに……いえ、なんでもありません!」
「ライム……?」
「いえ、助けていただいたのですから、私は何も言えません!」

 失礼なことを言おうとしてたと自供してるのと同じだけどな……。まあ、当初の目的通り、この子を無事保護できてよかった。

「鳥太様、チズさん、今日はありがとうございました」

 そう言ってライムはペコリと頭を下げた。
 メイド服を取り戻したライムは、シックな黒地から小麦色の手足を遠慮がちに露出している。やっぱりメイドさんはメイド服を着ている方が断然可愛い。

「ライム、元気でな。また何かあればいつでもルッフィランテに言ってくれ」
「ありがとうございます! お二人のコンビネーションはすごかったです。土壇場でスキルを受け渡すなんて普通できませんよ! それに一瞬で執事を二人も倒してしまうなんて驚きました。オーナーに報告させていただいてもいいですか?」
「構わないよ。といってもチズのスキルのおかげだけどな」

 わずか二秒間という短い時間制限にも関わらず、チズの加速スキルはこれまで見たどのスキルよりも高性能だった。速すぎるために俺の肉体がダメージを受けるリスクもあるけど、たぶん使い方次第でこのリスクは軽減できる。今日は初見だったから仕方がない。これでもよくやった方だ。

「チズさんのスキルは一体何だったのでしょうか……? 気付いたら執事が二人とも倒れていましたが、まさか時間を止めているのでしょうか……?」
「いや、まさか」

 メイドさんの動体視力で見えないのも無理はない。使ってる俺自身ですら、高速で切り替わる資格情報を処理するのがギリギリだった。

「ただの加速……いや、ただのではないな。異常な加速……みたいな感じかな」

 あやふやに答えながら横目でチズに助けを求める。
 長い睫毛を伏せた様子から見ると、チズ本人もよくわかっていないらしい。

「は、速く動けるだけであんな風に戦えてしまうんですか⁉ それも、今回初めて使ったんですよね⁉」
「まあ、な」

 キラキラした目で俺を見つめるライムからそっと視線を逸らすと、チズの物言いたげな眼差しが直撃する。
 わかってるけど! メイドさんに褒められて照れるのは仕方ない!

「鳥太様、チズさん、レアクレアには戦える人がほとんどいないのですけど……また依頼したら助けてくれますか?」
「もちろん、遠慮なく言ってくれ。メイドを守る為ならいつだって駆けつけるよ」
「ありがとうございます! これで何があっても安心です!」

 ライムは手をグーにして胸の前で無造作に動かした。一つ一つの動作が大きくてメイドさんの上品さは無いけど、親しみやすくていいな。小さいメイド喫茶の特徴なのかもしれない。

「またよろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました。シェプカをお待たせしているので、ここで失礼いたします!」
「おう、またな!」

 ライムは再びペコリと頭を下げ、門に続く薄茶色の歩道を軽やかに駆けて行った。
 それを見送り、俺とチズは卵型の車に乗り込んだ。



「鳥太君、大丈夫ですか……? また随分と無茶をしましたね……」
「すみません……今回はマジで強くて……」

 と、フィルシーさんは心配と呆れが入り混じった表情だった。
 その後、マカロから治癒を受けて一階に戻ると、
 
「鳥太君、今回の件についてチズから報告を受けました。二人で協力して戦えたようで、安心しました。それと、スキルを得たようですので、これで鳥太君は子爵になりましたね。私がずっと探していた頼もしいメイディアンになりつつあります。レアクレアからもお褒めの言葉をいただきましたよ」

 チズの報告とレアクレアからのお礼を聞いて、評価を改めてくれたらしい。
 例の話を切り出すなら最大のチャンスだ。

「ありがとうございます。それで、これからの仕事のパートナーはトマトに戻してもらえるんですか?」
「あら……てっきりチズと相性がいいのかと思ったのですが。トマトの方がいいのですか?」
「はい、トマトと息が合うので」

 正直に答えると、隣で聞いていたチズは不機嫌そうにそっぽを向いた。
 まあチズ本人も俺とのパートナーはもうこりごりだろう……。

「チズ、本日一緒に任務に当たってどうでしたか?」
「鳥太様のパートナーが私である必要はなかったかもしれません。私の戦力では足手まといになる可能性もありますし…………潜入までの過程が上手く運べれば、そもそも戦闘を避けられたかもしれません……」

 忘れかけていたが、チズは今回一人でこっそり先に潜入していた。俺に見せたライバル意識は頼もしくもあるが、危うくもある。たぶんこの子は俺に似たタイプだ。的確に指示を出せるメイドさんと組んだ方が力を発揮できるだろう。

「そうですか。二人の見解が一致しているのであれば、鳥太君のパートナーはトマトに戻しましょう。あの子もやる気ですし」

 フィルシーさんは意味深に呟いて、ニヤッと笑った。
 その言葉の意味は、夕食と風呂の後、トマトが俺の部屋に来てから判明した。

「鳥太様、本日はお疲れ様でした! ご活躍を見れなくて残念ですが、おかげ様でパートナー再結成できましたね。またよろしくお願いしますっ!」
「おう、よろしくな!」

 十時間ぶりくらいに会ったトマトは少し丈の長いメイド服に包まれている。少しだけ大人っぽい。
 思わず凝視していると、

「ふふ、お気づきですか? 実は鳥太様の操作(ミリカ)で私も戦うことがあるので、戦闘メイドの服に変えてもらったのです。これまではごく普通の雑務用メイド服だったのですよ。どうでしょうか?」

 フニャッとしたパンチを繰り出して、トマトはご機嫌な顔を俺に向けた。子供のお遊戯的な可愛さがある。

「似合ってるよ。戦闘メイドっぽいな」

 前半は本音、後半はご機嫌を取る為に言うと、

「ありがとうございますっ」

 トマトは「ほーっ」と気の抜ける掛け声を出して、ぱぱっと空中にパンチの素振りをした。
 やる気になってくれているので、これからはこの子と協力して戦う術も身に着けよう。今回俺が学んだのはメイドさんと共に戦うことだ。まあこのパンチは蚊を倒すくらいしか使えないかもしれないけど。

「ところで、フィルシーさんまだ起きてるよな……? いつも夜中まで働いてるみたいだけど、いつ寝てるんだろう」

 ベッドに寝そべると、マッサージが開始される。
 背中の筋肉をほぐされる感覚に身を委ねながら、背中越しの声に耳を傾ける。

「フィルシーさんはいつも夜中まで働いていますよ。一人でルッフィランテの経営をしながらメイドの育成もしていますから。お風呂に入るのはみんなが寝た後です」
「そういえば、トマトはフィルシーさんの着替えを手伝ってたんだっけ?」
「はい、フィルシーさんのお世話役でした。なので色々知っていますよ。フィルシーさんはルッフィランテを引きついだとき、世間からメイドに経営なんてできるはずないと言われていたのですが、前オーナーのときの倍以上黒字を出して、一目置かれるようになったのです」
「すごいな……そんな経営センスもあるのか……」

 それで軌道に乗っても睡眠時間を削って仕事しているのだから凄い。

「前オーナーが健在だった頃から、フィルシーさんは色々なお仕事を任されていましたからね」

 そう呟いてから、トマトは「あ」と何かを思い出したように短い声をあげた。

「鳥太様、実は壊してほしい物があったのです!」
「へ?」
「前オーナーが購入した古い家具がたくさんあるのですが、前オーナーはとにかく頑丈な家具がお好きで、私達では壊せず、物置に入れっぱなしになっているのです。お風呂の隣の部屋と、その隣の部屋いっぱいにあります」
「それは構わないけど……とんでもない量だな」
「そうなんです。明日フィルシーさんにも相談してみますね」

 ルッフィランテの部屋はどれも軽く十畳はある。二部屋分の家具を壊すとなると……正直、いつか攻撃スキルを手に入れた後にした方が楽そうだ。

「鳥太様、本日、チズと組んでみてどうでしたか?」

 ぐぐぐぐぐぐ……と、腰を押される感覚が急に強くなった。トマトの声も少し力んでいる気がする。

「チズは……ツンツンしてたな。誰にも負けたくない、みたいな雰囲気は頼もしかった。けど、俺とは相性よくないな。俺もチズも真っすぐ突っ走るタイプだから、フォロー役がいなくて、今回はかなりピンチになった」
「いつもピンチになってるじゃないですか?」
「今回は本当にヤバかったんだよ」

 ピンチだと思った事は何度もあったが、敗北を意識したのは初めてだった。
 弱音を零した俺の背中は、くいっくいっと軽く揉まれ始めた。

「チズはそれほどピンチだと思っていなかったようですよ。さっき鳥太様のことを、信じられないほど強かったと言ってました。忠誠を誓ったのも、鳥太様の強さを目の当たりにしたからでしょうね」
「そう……なのか?」

 チズは俺にも勝ちたいというような雰囲気だった。俺に忠誠を誓った理由は、ピンチで他に選択肢がなかったからだと思っていたが……。

「あの子はクシィをずっとライバル視していたので、鳥太様がクシィより強いと噂されてることが気に入らなかったようです。今回目の前で強さを見て、忠誠を誓おうと思ったそうです。これからは態度も柔らかくなると思いますよ?」
「それはちょっと、想像できないな」

 はは、と笑い声を零して、俺はいつの間にか眠りに落ちた。


 翌朝。
 昨夜の疲れを取る為にたっぷり寝かせてもらったらしく、窓の外を見ると太陽がほぼ真上にあった。
 いや、ここは地球じゃないから、あれは太陽じゃないのか。名前はまだ聞いてないな。
 のんびりした頭でどうでもいいことを考えながら扉を開く。

「はうっ! 鳥太様! おはようございます!」
「あ、シュガー。おはよう」

 寝起きの俺にハイテンションな挨拶をしてきたのはシュガー・トスト。彼女の目はラメが入っているかのようにキラキラ光る特殊な色で、この世界でも珍しい。と以前教えてもらった。

「鳥太様、何かご不満があれば、私ならいつでもお相手しますよ。多少は……頑張りますよ?」
「は……ああ、そう。ありがとう」

 何の話だかよくわからないが、トマトが今日俺を起こしに来てくれなかったことか? と回転の遅い寝起き脳で適当に答える。

「はうっ! お礼を言われてしまいました! それはいいということなのですね? ふふふふふ……。いつでも遠慮なく言ってくださいね」
「お、おう」

 何かトマトが手に回らないお世話があったら頼めるということか? シュガーの反応はよくわからないな。
 けど、よく考えたらいつもこんな感じだ。
 ペコリと頭を下げたメイドさんはスキップで去っていき、廊下の先で再び「はうっ」と妙な声を漏らした。

 まあ、いつも通りだな……。
 小さくなっていく鼻歌を聞き届けて振り返る。すると、金髪のメイドさんが、昨日と同じかそれ以上に不機嫌な表情で俺を睨んでいた。

「鳥太様、よくお休みになられたようですね。昨“夜”はお疲れ様です」
「ああ、チズもお疲れ……」

 声がトゲトゲしい。原因は……俺が昼まで惰眠を貪っていたことかな……。

「ちなみに鳥太様のお風呂は夜にメイドが洗ってしまうので、夜中に二度入るのはできればご遠慮ください」
「ん、わかった。まあ昨日は入ってないけどな」

「そうですか……。では、鳥太様のおトイレは廊下の間にありますので、反対側の廊下に行く必要はないので、迷わないように注意してください」
「おお……って、チズ、なんか俺に言いたいことあるのか?」

「いえ、以上で私の言いたいことを終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。それと一応、昨日はお疲れ様でした」
「………………」

 意味不明な注意事項を挙げ連ねたチズは、二度目のねぎらいの言葉を残して、「何でだ?」とでも言うような表情で去って行った。
 何でだ? と聞きたいのはこっちだけど…………。

「――ということがあったんだけど、どう思う?」

 朝食を食べながら、俺はチズの不審な言動を近くで暇そうにしていたマカロに尋ねてみた。
 緑がかった黒髪のスレンダーなメイドさんは、昨日も俺を治療してくれた“治癒メイド”だ。ルッフィランテの中でもフレンドリーなタイプで、気軽に相談しやすい。

「鳥太様が高度な演技をなさっているのでなければ……噂をご存じないようですね?」
「噂?」

 ルッフィランテで唯一男の俺がメイドさんの噂の種になることは珍しくない。日ごろ耳にしているのは、俺がトマトの新作料理をおいしいと言っただとか、昨日は誰を助けたとか、シュガーの目を綺麗と言ったとか、取るに足らないことばかりだったけど……。今朝のチズを見る限り今回はいい噂ではなさそうだ。

「私の口からはお伝えできませんが、今メイドの間ではこの噂でもちきりですよ? 鳥太様の様子を見ると、噂は噂だったようですけどね」

 何でも打ち明けてくれるマカロが話せないとなると、俺が噂を知ってはいけないのか……? 誰かに不利益が生じるとか……?

「なんだか腑に落ちないけど……チズの態度の原因はそれなのか?」
「ええ、たぶんそうですね。私から話しておきましょうか? 噂はただの噂ですと」
「マカロは俺を信じてくれるのか?」
「はい、信じていますよ。鳥太様が上手に嘘をつける方とは思いませんし」

 マカロはふふっと安心感のある笑みをくれた。
 このメイドさんは、普段から俺の許容範囲までは遠慮なく踏み込んでくる。この性格だからこそ、俺が嘘をついていないことを、きちんと見抜いてくれているのかもしれない。

「ありがとう、そうして貰えると助かるよ」
「任せてください。ではごゆっくり」

 俺は深く考えるのをやめて、残りの朝食に取り掛かった。


 午後。部屋でくつろいでいると扉がノックされた。
 叩く位置が低くて、どことなく輪郭の丸い音なので、トマトだとわかる。
 扉を開けると、トマトは深刻そうな顔で入って来た。

「おはようございます、鳥太様」
「おはよう、トマト、やっぱり例の”噂”の話か……?」

 ドアが閉まったことを念入りに確かめたトマトは、神妙な顔で頷いた。
 瞳には、俺に対する疑いの色はない。けれど、その小さな口はハッキリと告げた。


「このままだと、鳥太様はルッフィランテを追放されてしまうかもしれません」


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