それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

文字の大きさ
32 / 66
謎の事件 シュガー・トスト

第三十二話 深夜の作戦

しおりを挟む
 ルッフィランテの三階はH型の廊下にメイドさんの部屋が連なっている。
 アルファベットでの位置は、『H』の左上が俺の部屋で、右上が風呂場だ。
 今夜俺とトマトは風呂場を監視し、犯人を捕まえる。

 いつもより遠慮がちなノックが聞こえ、部屋の扉を開くと、トマトの顔が手に持った灯りで薄く照らされていた。

「鳥太様、フィルシーさんがお風呂場に入ったのを確認しました。今から予定の位置に着きましょう」
「ああ、みんなを起こさないように、慎重にな」

 トマトは灯りを最小限に絞って歩き出した。俺も後に続く。
 『H』の横棒に位置する廊下で身を潜めた。
 ここなら全方向を監視できる。犯人がルッフィランテの内部にいるなら廊下でかち合うし、外部から侵入してくるなら階段から上ってくる可能性が高い。
 もしも脱衣所に直接侵入してきたとしても、フィルシーさんが何らかのアクションを起こしてくれれば助けに行ける。また、犯人を捕まえられなかったとしても、トマトが側にいることで俺の罪は晴れる。

「ところでトマト、あれは手に入りそうか?」

 腰を屈めながら尋ねる。
 フィルシーさんの書斎に保管されている――すべてのスキルが載っている分厚い本。それが手に入れば、昨夜犯人が侵入に使用したスキルを見つけられるかもしれない。トマトはそんなスキルはないと言っていたが、俺には漫画やゲームの知識があるので、スキルの応用法に思い至るかもしれない。

「残念ながら、お部屋に入れませんでした。今日はフィルシーさんが本のお部屋でずっと対策を練っていたのです。けれど、明日のお昼までには手に入ると思います」
「ありがとう、今晩犯人が捕まえられなかったらよろしく」

 雑談を終え、俺はトマトと背中を合わせた。
 トマトは風呂場と物置部屋の扉を、俺は階段側の廊下を監視する。
 メイドさん達が寝静まっているので、周囲は物音一つしない。

「鳥太様、こちら向きでいいのですか? 鳥太様がお風呂を見ていた方がいざというときに動けるのではないでしょうか」

 背中越しにトマトが囁いた。

「そっちもすぐに対応できるから大丈夫だ。何かあったら声をあげずに触れて知らせてくれ」
「はい、犯人に気づかれないようにですね。では灯も消しておきます」

 トマトが持っていた棒の尻を引っ張ると、その先端についていた豆粒大の光が消えた。

 俺が風呂場側を監視しない理由はもう一つある。
 万が一フィルシーさんが裸で飛び出してきたとしても、見ないようにする為だ。もちろん、これは口が裂けても言えない。

 そのまま数十分、暗闇の中でひたすら待った。
 二つの呼吸音だけが響く。

 寝間着用の簡易的なメイド服を着たトマトは衣擦れの音をさせずにじっとしている。
 俺は念のため戦闘服に着替えていたので、音の立たない素材に助けられている。 

 明かり一つ無い廊下をじっと眺めているのは思ったよりもキツい。
 ぼんやりしていると、自分が目を開けているかどうかもわからくなりそうだ……。

 けれど、犯人が階段を上がってきたら、必ず暗闇が”揺れる”。
 それを見逃さないように…………。

 すーっと背後から流れる吐息の音が、切れそうな集中を引き戻した。
 フィルシーさんが風呂から出るまで一時間くらいか。ギリギリ集中力は持つ。

 俺が想定している犯人のスキルは『壁抜け』だ。現実世界でも天井裏のダクトを通り抜けるなど、建物の構造を突いた抜け穴を見つけることはある。それに加えてこの世界にはスキルが存在するので、こちらが想定していない方法で侵入することは可能なはずだ。

 それに対して、厄介なのは透明化のスキルだった場合。俺達には見えないので、捕まえるのは困難だろう。

 思考に飲まれて集中が監視から逸れるタイミングは何度も生じてしまう。透明化だとしたらこの隙に廊下を通過することはできるだろうか。いや、それでも風呂場への扉を開いた瞬間にトマトが気付く。俺達の姿を確認して犯人が逃げる可能性はあるが……。

 ふと、背後のトマトが小さな衣擦れの音を立てた。
 体勢を変えた様子はなく、無造作に動いたような音には、少し違和感があった。

 振り向いてから、その顔が闇に隠れているのを思い出し、視線を戻して声をかける。

「トマト、大丈夫か?」
「鳥太様…………申し訳ありません」

 突然の謝罪に不安が募るが、平静を装って質問を重ねる。

「どうした? 落ち着いて話してくれ」
「いえっ、あのっ……その…………」

 上ずった声は、恥じらっている顔を容易に浮かばせた。
 この声だけで察する俺もどうかと思うけど、気付いてしまった以上、知らん顔するわけにはいかない。

「二~三分くらい一人でも大丈夫だ。休憩してきてくれ」

 と告げると、トマトはホッと息をついた。

「……はい、すみません!」

 そそくさと立ち上がる。
 トマトはほぼ休みなく働いていた上で俺の手伝いもしてくれていたので、これまでトイレに行く時間がなかったのだろう。

 すぐ近くにあるトイレをスルーして下の階に降りて行ったけど、脳内で詮索するのはやめておく。

 トマトが戻ってくるまで三分~五分程度。この間は三方向に集中する必要がある。
 闇の中で一パーセント程度しか機能しない視覚と聴覚を研ぎ澄ませ、トマトが去っていった階段を眺める。

 ふと、背後で小さな光が漏れた。

「――――っ!」

 風呂上がりのフィルシーさんが出てきた。
 慌てて壁に身を隠す。

 一瞬目が合ったかもしれない。バレたなら説明すればいいのかもしれないけど、トマト不在で対応するのは心もとない。おまけに条件反射で隠れてしまったので、弁解が難しくなった。

 扉が全開にされたのか、廊下は橙色の光に照らされた。
 暗闇に目が慣れていたせいで眩しく、やましい行為を咎められているようにすら感じる。

 音が聞こえないのはフィルシーさんが立ち止まっているからか、それとも息を殺しているからか。
 今すぐ出ていくべきか……?
 けど、タイミングが悪すぎる。こっそり部屋に戻るべきか…………。

 メイドさんを守る状況なら怖いものはないが、これまでと異なるピンチに対応できない。額にじんわりと汗が滲む。

 突然、廊下の光が消えた。
 暗闇で何かが動く気配。
 それは俺の目の前でダンッと床を鳴らし、シュッと細く鋭い息を漏らした。

 慌てて回避。
 これまでの経験から辛うじてそれが攻撃だとわかった。
 転がるように自分のいた場所から退き、髪に感じた風圧からその殺意の大きさを知る。

 犯人か⁉

 どこから侵入したのかわからないが、このタイミングで現れた上に、まさか攻勢で来るとは思わなかった。
 退路の階段側を塞ぐべきか。
 いや、ここは……

 フィルシーさんを守る為、風呂場への進路に立ち塞がる。

 ダンッッ!

 相手が再び床を踏み切った。気配を隠そうとする様子もない。厚い板の間に響く音は、全力で踏み切った音色だ。しかし、思いのほか軽く小さい。

 至近距離に生じた風圧を二歩下がって躱すと、再びスッと小さな息の音が聞こえ、ようやくその正体に思い至った。
 この攻撃は………………

 と、油断した瞬間、

「――――――っ!」

 完全に警戒を怠っていた背後から、後頭部に硬質な物体が振り下ろされた。
 鈍い痛みが広がる。
 再び背後で誰かが何かを振りかぶった。
 同時に、前方から凶暴な小動物のような気配が飛んでくる。

「ま、待った! 俺だ! 鳥太だ!」

 背後から振り下ろされた木の棒らしき物を左手で受け、前方から突っ込んできた拳を右手で払う。そして明らかに俺の正体を察したであろう前方の小さな影は、ワンテンポ遅れて俺の腹を軽く殴った。

 この負けず嫌いな性格。間違いない…………。

「チズだな」

 廊下に明かりが灯ると、チズが寝不足と殺意が混じった瞳で俺を睨んでいた。
 小柄な影の正体はやっぱりこの子だ。

 そして、背後から木製の花瓶で殴りつけてきたのはフィルシーさん。

「と、鳥太君ですか……」
「はい、俺です。犯人じゃないですよ」

 フィルシーさんとチズも俺達と同じように、今夜脱衣所に犯人が現れると踏んで、事前に打ち合わせをしていたんだろう。たぶん、フィルシーさんは俺の正体に気付いた後、チズの部屋に合図を送っていた。

 フーッと猫のような荒い息を吐くチズから視線を逸らし、弁明しようとフィルシーさんに視線を向ける。

 薄手の寝間着姿のフィルシーさんの胸には、いつもブラウスに付けているのと同じボタンがついてる。相変わらず胸の大きさで弾き飛びそうだ。

「鳥太君、何か言いたいことはありますか……?」
「え、いや、俺は何も見てない」
「はい? なんで鳥太君はここにいるのかお聞きしたいのですが」

 胸の話じゃないのか。落ち着け、俺。ここで動揺を見せるのはマズい。

「いや、俺は犯人を捕まえようと見張ってたんだ。トマトもさっきまで一緒にいた。今はトイ……下にいってるけど」
「そうですか……では鳥太君はずっとここにいたのですね?」
「はい、廊下をずっと監視してました」
「では、誰かが脱衣所に侵入したのを見ましたか?」
「いや、誰も見てない」

 フィルシーさんは長い睫毛を風呂場の方へ向け、世間話でもするかのように告げた。

「鳥太君、誰も侵入していないのなら、なぜ脱衣所のものが動かされているのでしょう?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

竜の国のカイラ~前世は、精霊王の愛し子だったんですが、異世界に転生して聖女の騎士になりました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
辺境で暮らす孤児のカイラは、人には見えないものが見えるために悪魔つき(カイラ)と呼ばれている。 同じ日に拾われた孤児の美少女ルイーズといつも比較されていた。 16歳のとき、神見の儀で炎の神の守護を持つと言われたルイーズに比べて、なんの神の守護も持たないカイラは、ますます肩身が狭くなる。 そんなある日、魔物の住む森に使いに出されたカイラは、魔物の群れに教われている人々に遭遇する。 カイラは、命がけで人々を助けるが重傷を負う。 死に瀕してカイラは、自分が前世で異世界の精霊王の姫であったことを思い出す。 エブリスタにも掲載しています。

処理中です...