それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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謎の事件 シュガー・トスト

第三十三話 追放

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 翌朝、部屋にはチズとトマトが神妙な面持ちで並んでいた。

「つまり、昨夜、フィルシーさんは物の配置を記憶してから風呂に入ったと…………」
「はい……。お洋服の重なり方、クローゼットの棒の傾き、タイル上でのマットの位置などを記憶していたそうです」
「それで、普段より早めに風呂から出たら、配置が変わってた……?」
「はい、そのようですね……」

 トマトは眉を八の字にして答えた。
 犯人の潜入経路は不明。犯行が可能だったのは俺だけ。
 フィルシーさんにはトマトが釈明してくれたけど、犯人に最も近いのが俺という事実は変わらなかった。真犯人の手がかりもつかめていない。

「鳥太様、何と言えばいいのでしょう…………。私が席を外したせいで、鳥太様の疑いが強まってしまいました。私があの場にいれば疑いを晴らせたのですが…………」
「いや、謝らないでくれ。トマトは悪くない」

 トマトは昨日一日で、鍵の手配、フィルシーさんと俺の繋ぎ役、深夜の見張りまで手伝ってくれた。文句を言えることは一つもない。

 部屋の壁際で、終始棘のある視線をこちらへ送っていたチズが口を開いた。

「鳥太様には容疑が晴れるまで外にいていただくことになりました。フィルシーさんはまだ鳥太様が犯人でない可能性を信じておられるようですので」

 この言い方からすると、チズは完全に俺を犯人だと確信している。
 無理もない。初日に俺らしき人影を目撃したのもチズだし、二度目の現場に居合わせたのもチズだ。
 疑いが晴れるまでは言うとおりにするしかないか……。

「外で待機するのはいいけど…………それはルッフィランテから離れた場所か?」
「いえ、門番の目に見えるように、ルッフィランテの庭にいていただきます。次の犯行が起こるまでクシィや私の視界から外れないでください。ベンチのところに簡易的な屋根を用意しました。少なくとも明日まではそこでお過ごしいただきます」
「わかった。面倒かけるな」

 俺が外で過ごすことは問題ない。けど、次に犯行が起こるまで悠長に待っていたら、ルッフィランテに何らかの被害が及ぶ。
 どうにか犯人に近づかないと……。

 トマトに促されて席を立ち、ドアの一歩外に出た。
 去り際、部屋の中へ顔を向ける。

「チズ、ルッフィランテを頼んだ」

 今晩、ルッフィランテを守れるのはチズだけだ。俺は外にいるし、クシィは門にいる。
 おそらくフィルシーさんも同じことを考えているだろう。俺に疑いがかかった状況で、チズをボディーガードに選んでいたことからもわかる。機動力、思いきりの良さ、忠誠心、その全てがチズには備わっている。

「鳥太様、私は一昨日の夜、あなたと同じ背格好の人物を見かけています。服装も普段着ているものと同じでした。疑いと信じる気持ちは五分五分でしたが、昨晩再び目撃した以上、八割方は疑わざるを得ません」

 ためらうように息を飲む音が聞こえた。
 チズの俺への疑惑はほぼ百パーセントだと思っていたが、心の奥に潜んでいた残りの二割がこの沈黙の中に見えた気がした。
 そして、黄色の瞳は覚悟を決めたように、敵に向けるそれへと変わった。

「今から一時的に、忠誠を取り下げさせてもらいます」

 胸の奥で常に灯っていた小さな炎が、熱を失い、体温に埋もれていった。

 スキルが、消えた。

 敵対の言葉を口にすることで、忠誠の心を封じ込めたのか。

「それじゃ、頼んだ」

 俺はどんな表情をしたんだろう。
 チズに罪悪感を与えたくなくて、曖昧に微笑んだのかもしれない。

 部屋から出ると、トマトは心配そうに見上げた。

「鳥太様……」
「大丈夫だ、心配いらないよ」

 赤茶色の髪に軽く触れる。
 その時、体の奥に微かな熱を感じた。
 チズから貰ったスキルだ。消えたように思えたが、まだ残っている。急速に冷えたせいで消えたと勘違いしたのか。

「鳥太様、何を笑っているのですか?」

 トマトはきょとんと首を傾げている。

「ああ、戦いはこれからってことだよ」

 絶対に捕まえる。
 どこかにいる犯人に宣戦布告して、トマトにもつかの間の別れを告げた。


 門を出ると、クシィがいつも通り優雅な動作で扉を押え、軽くお辞儀をした。その上品な振る舞いは俺を敵とは思っていないようにも見える。

「鳥太様、本日はあちらの屋根の下でお過ごしください。この状況ですから、お側までご案内はできませんので、ここから失礼いたします」

 噴水の前にあるベンチにスッと手が向けられた。四人掛けのベンチの上に、簡易的な屋根が取り付けられている。四本の支柱の上を覆う紙のように薄い木。これはメイドさんの誰かがわざわざ作ってくれたものだろう。追放された割に扱いは丁寧だ。

「ありがとう、クシィ」

 門と俺、両方監視するのは大変だと思うけど、頑張ってくれ。と素で言いそうになったが、皮肉っぽく聞こえそうなので遠慮しておく。

 クシィは瞬きをせず、まだ話は終わっていないと目で俺を引き留めた。

「鳥太様、一応申し上げておきますが、私はどちらとも思っていません。いえ、思わないようにしています。どちらかに偏って考えていると、いざというとき対応が遅れますから」
「それで十分だよ。ありがとな」

 クシィらしい。フェアに宣言するところも含めて、一本芯が通っている。
 信じてもらえているわけではないけど、この子の言葉は胸にすんなりと馴染んだ。
 門番という危険な仕事を続け、体術やメイドとしての技能を磨き、強さを培う中で自然と芽生えた心の強さがあるのだろう。

「ちなみに何かお困りのことがあれば私におっしゃってください。出来る限りの物はご用意いたします」
「何から何までありがとうな。困ったら頼むよ」

 クシィに背を向けて、今日一日過ごすベンチに向かった。

 温かみのある木に腰を下ろし、涼し気な影の下に身を置くと、ピクニックでもしているような気分になる。
 けど、俺はどうにかして犯人に近づきたい。できれば今夜、再び張り込みをしたい。
 退屈しのぎの本やトレーニンググッズ、あるいは軽食を頼めば、監視の目は緩むだろうか。

 ふと門の下へ視線を向けると、こげ茶色の髪が微風に乗って軽やかに揺れている。

 クシィは余裕な表情だ。あの様子を見る限り、もし俺が予想外の行動をしたとしても対応できるのだろう。今夜、俺が何か行動を起こすとしたら、あの目を欺かなければいけない。下手をすると犯人への手がかりを見つけるよりも困難だ……。

 そうして少し経つと、トマトが昼食を運んできてくれた。
 サンドイッチに見えるけど、これはロダーニャ。ふわふわした食感で腹持ちの良い食べ物だ。

「鳥太様、お食事をお持ちいたしました!」

 トマトはやや棒読み気味で告げた後、小声でごにょごにょと囁いた。

「フィルシーさんは私を警戒しているようです。例のスキルの本は手に入りませんでした。今日は一日中フィルシーさんの近くでお仕事することになってしまったので、外出もこれきりになります」
「ありがとう。大丈夫、こっちでなんとかするよ」

 予定では昼から夜までの時間にスキルが全種類載った本を読み明かし、犯人の侵入方法を探るつもりだった。けどやはり、フィルシーさんは、世話役のトマトを自由に動かすほど甘くはなかったようだ。こうなると今日俺ができることはほとんどない。

 トマトはすぐに秘密の会話を切り上げ、屋敷へ戻っていった。
 よほど警戒されているのだろう。

 そのまま俺は、クシィの監視下に置かれ、切り札のトマトを封じられ、犯人に近づく為の行動が何もとれないまま半日を過ごした。
 
 日が暮れ始め、外の熱電灯がぽつぽつと灯り始める。
 大体夕方の七時くらいか。
 あと五~六時間もすればフィルシーさんの入浴時間になる。

 これまでずっと犯人の侵入経路や侵入手段を妄想していた。
 その結果、やはり壁さえなんとかすればルッフィランテへの侵入は可能という結論に至った。

 この世界の建物はどれも三階程度の高さ。土地が広いので高層ビルを建てる必要はない。そして人間の身体能力は、ある程度の水準にあれば六メートルはジャンプできる。三階に直接飛ぶことは可能だ。

 風呂場に侵入するとは思えないので、おそらくその隣の物置、不要な家具が詰め込まれているあの部屋が犯人の侵入経路だろう。

 ここまで間違いないと思うが、あと一歩の決め手に欠けた。
 相手の所持スキル、すなわち侵入方法さえわかれば、三度目の事件が起こった瞬間に駆けつけて、犯人を捕まえられると思う。
 やっぱり、

「例の本が欲しいな…………」

 古今東西、この世のほぼすべてのスキル名と効果が網羅されている本。それを読破すれば犯人のスキルを推測できると思う。

 この世界に壁抜けのスキルはないとされているが、スキルの威力や持続時間には個人差がある。スキルの威力次第で壁を突破できるものがあるかもしれない。あるいは多少強引だが、壁を壊すスキルと消音スキルと修復するスキルを組み合わせるという手もある……。

 ノンストップで妄想し続け、思考力の低下を感じ始めたとき、再びルッフィランテの門が開いた。
 薄暗がりの中でも白くキラキラと光る瞳。
 トマトに変人として認識されているメイドさん――シュガー・トストだ。

「鳥太様~♪ お夕飯をお持ちしましたよ~。お外でも食べやすいロダーニャです♪」

 銀の大皿を持ってきてくれた。サンドイッチに見える食べ物が山盛りだ。

「旨そうだな。ありがと!」

 昼と二連続ロダーニャだけど、笑顔で礼を言う。
 外で食べやすい食べ物=ロダーニャという思考はみんな一緒らしい。色んな種類があるのが救いだ。
 シュガーは口元をとろけさせて、少しだけ声のボリュームを落とした。

「それと私からのささやかなサービスです。ずっと何もないところにいて退屈でしょう? ご本と灯りをお持ちいたしましたよ。私の選び抜いたオススメです♪」

 銀皿に乗った本と灯りと食事がまとめてベンチに置かれた。

「『フィランロピーの恋』、読んだことありますか? 貧乏な家出身の主人公が紳士のチャリンコ様に助けられて恋に落ち、義理のお姉様に初恋のチャリンコ様を取られそうになるけれど、チャリンコ様は最初から主人公のことしか見ていなくて、最後はめでたく結ばれるお話です♪ すごく面白いですよ!」

「そ、そっか……。面白そうだね。ラストまで言っちゃったけど」

 ついでに言えばコテコテの古典的ラブストーリーだし紳士の名前も変だ……。と思ったけど、苦笑いを浮かべながら本を手に取る。この世界も恋愛物は人気らしい。

「ふふふっ。鳥太様、絶対に読んでくださいね」

 シュガーは去り際一瞬立ち止まり、声を潜めた。

「実は私、お仕事をサボるのが得意なのです」
「………………おお」

 いつも一生懸命働いてるように見えるけど、メイドさんもサボったりするのか。
 けど何で突然その話をしたんだ……? やっぱりこの子はよくわからないな……。
 低空のスキップで去っていくシュガーを見送り、手に持った分厚い本に視線を落とした。
 そこでようやく気付いた。

『~スキル全集~』

 受け取った俺ですらシュガーの演技とキャラクターにすっかり騙されていた。物語なんかじゃない。これは俺がトマトに頼んだ、犯人へ迫る手がかりだ。

 たぶん、トマトが隙を見てシュガーに頼んだんだろう。完璧な人選だ。
 監視役のクシィもシュガーとすれ違いざま、呆れた表情を浮かべていた。この本の正体に気付いた様子はない。

 これで犯人にグッと近づける。

 その後。『興味ないけど退屈だから仕方なく読むか~』という演技に効果があったかどうかは不明だが、特に咎められることもなく、夜が更けるまでページを捲り続けた。ページを捲る度に、欲しいスキルや意外性のあるスキルなどが好奇心を刺激したおかげで、いつしか夢中になっていた。そして、

 タイムリミットの夜を迎えたとき、俺は”わずか三十ページほど”しか読み終えていなかった。
『半日もあれば読めるだろ、余裕余裕!』と高を括ってたのに、あの強気はなんだったんだ……。普段あまり読書をしてなかったからペースを見誤ってた。

 せっかくトマトが本を入手してきてくれたのに、何の手がかりもないまま、一か八かで犯人と対峙することになるかもしれない。

 このままだとまずい。何かないのか? 一瞬で分厚い本を読めるスキルとか、求めてるページを一発で開ける強運とか…………。
 
 アホな考えだと思いながらも、つい実行してしまう。
 本を閉じ、細く長く息を吐く。
 女神様、犯人のスキルのページを開かせてください。俺を転生させたあなたならそれくらい余裕でできるはず。お願いします!

 と、柄にもなく祈り、いざ開こうとした瞬間、手が止まった。

 分厚い紙の重なりに、微かな隙間がある。
 何かを挟んでいるときに生じるアレだ。まさか…………。

 ――トマトからの応援メッセージだったら泣けるな。

 都合のいい妄想を繰り広げながら、紙束を指先で一枚ずつ捲る。
 発掘したのは手のひらサイズのメモ用紙だった。
 走り書きの文字で、この状況への打開策がつづられている。

 いや、突破口は初めから開かれていたのか。

 羅列された三桁の数字を頼りにページを捲ると、情報が手に入った。
 合計七つ、百科事典より分厚い古今東西のスキルから、たった七つ、ルッフィランテに侵入できる可能性のあるスキルがピックアップされていた。この手際の良さには声も出ない。

 ルッフィランテの三階を見上げると、廊下の灯りが消えた。
 中に入ろう。このメモのおかげで準備は整った。
 立ち上がり、門へ向かう。

 クシィは普段通りの凛とした表情を作りながら、右手を軽く丸め、拳の形に近づけた。

「鳥太様、どうかされましたか?」
「通してくれ、クシィ」
「それはできません」

 クシィは拳を握り、左足を半歩下げた。

「いや、俺は戦うつもりはないんだ」

 先ほど本に挟まっていたメモを左の手のひらに載せ、左腕を右手で押さえながら、小さく差し出す。
 敵対の意思はないという合図。
 メモに視線を落としたクシィはふっと口元を緩めた。

「了解しました。鳥太様、お通りください」

 優雅な手つきで音もなく扉が開かれる。
 暗闇に包まれたルッフィランテは、決着をつけるには最適な場に見えた。

「必ず今夜、捕まえるよ」

 肩越しに呟き、数時間ぶりに屋敷内のカーペットを踏みしめた。


 俺がクシィに見せたメモにはフィルシーさんの筆跡でサインが書かれていた。それはルッフィランテへの入場券を意味する。
 つまり、すべてはフィルシーさんの計算内だった。

 俺の想像で補完するとこうなる。
 事件が発覚した一昨日の夜から、今日の昼にかけて、フィルシーさんは書斎であの分厚い本を読破し、ルッフィランテへの侵入が可能だと悟った。

 そして、そのスキルから、俺が犯人ではないこと、真犯人がルッフィランテに自由に出入りできること、真犯人がどこかに潜んでいる可能性があることを察した。

 そこで賭けに出た。
 犯人にとって最も厄介であろう俺を屋敷から追放し、パートナーであるトマトを封じ、ルッフィランテに”仮初の隙”を作った。
 油断した犯人が今夜再び侵入してきたところを俺が捕えるという作戦の為に。

 百パーセント確実ではないが、強気な攻めの一手だ。下手に守るよりはずっといい。

 二日連続で何らかの目的を遂行しようとルッフィランテに侵入した犯人は、おそらく相当焦っている。作戦がバレていなければ、今夜再び現れる可能性は高いはずだ。

 そして、メイドさんや当事者の俺を含め、フィルシーさん以外の全員が騙されていたのだから、この作戦は十中八九、犯人にもバレていない。

 速度を落とし、静かに階段を上がる。
 フィルシーさんのメモには、廊下の灯りが消えたら入浴する合図だと書かれていた。さきほど灯りが消えたので、犯人が現れるとしたら今から一時間以内だ。

 この世界の木は非常に軽く硬い素材なので、軋む音は鳴らない。
 ほぼ完全な闇の中でも視力は機能している。薄っすらと見える影と慣れた感覚を頼りに歩くことは造作もない。

 そうして三階へ上がったとき、完全に警戒を怠っていた。
 怯えるべきは犯人。俺に障害はない。そう思い込んでいた。

 このメイドさんにまだ疑われていることを、失念していた。

「鳥太様、やはりあなたでしたか」

 チズ・バガー。小柄な金髪のメイドさんは、拳を握りしめ、こめかみの前方に構えた。

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