神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第1章 その翼は何色に染まるのか

11話 妖精教育

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 灯真のところにディーナがやってきてから1週間が経過した。洗面所から洗濯終了を知らせる音が聞こえると、本を読み耽っていたディーナはすぐに手に持っていたそれを机に置き、足早に洗面所へと向かった。

「灯真さん、お洗濯終わりました!」
「わかった。こっちに持ってきてくれ」

 横になっていた灯真は、ゆっくり体を起こすとハンガーやピンチをベランダの物干しにかけて洗濯を干す準備を始める。ディーナはと言えば、覚束ない手つきで洗濯物を取り出し灯真の元へ運んで行く。

 溜まっている有給休暇を消化しろとの指示もあり、10日間の休みをもらった灯真はこの間に自分とディーナの常識のすり合わせを行なっていた。

「私は人の手によってこの世に生を受けました。だから、相手が人であれば誰であっても最大限に頭を下げるべきと……」

 灯真が一番困ったのが彼女の根底にあるこの考えである。ディーナには自分が人間によって作られた、人間ではない別の生物という認識があった。彼女にとって人間は神のような存在で、最大限頭を下げて挨拶をするのは当然だという。
 そんな彼女に灯真は、子供でもわかるように一つ一つ教えていった。ただし、ディーナの方は灯真のことを自分が従うべき主人という認識でいるようで、灯真から教えられたことを命令として受け止めているようだった。
 契約テノクの効果はこういう時便利なもので、彼女の思考を理解するのに苦労はしなかった。ディーナの方にも灯真が命令として言っていないということが伝わっているはずなのだが、彼女の考えに変化はなく、それだけ彼女に施されている教育が強力であると思い知らされた。

「灯真さん、こちらはハンガーでよろしかったですか?」
「それはこっちにもらおう」
「はい」

 灯真としては不本意なところもあったが、彼のいうことには反論することなく従ってくれたので、それを利用して少しずつ彼女の認識の修正をかけていった。最初は灯真のことを「様」を付けて呼んでいたのが「さん」付けになったのもその成果である。
 他にも日常生活に必要な事として掃除や洗濯などの家事全般も教えていき、今ではこうして一緒に洗濯物をハンガーにかけて干すこともできるようになった。新しいことを覚えるのは好きなようで、灯真が教えている時の彼女の反応を見ていると5歳であるというのも納得であった。

「まだ時間がかかるんだろうか……」
 洗濯を干し終えて雲ひとつない青空を見上げる灯真だったが、未だディーナの今後に関して進展がないことに不安を募らせていた。ディーナとの生活に大した負担は感じていなかったが、あと数日で灯真の有休は終わってしまう。

 チリーン

 リビングに置かれていた灯真のスマートフォンから、鈴の音に似た通知音が鳴った。灯真が確認したところ、それは君島からのメールだった。

「明日か……」
「何か……あったのですか?」

 スマートフォンを見ながら神妙な面持ちの灯真に、ディーナは自分に関する連絡であると察した。

「明日、君島さんが職場の社長を連れてここに来るそうだ。君の今後について決まったのかもしれない」
「そう……ですか」

 それまで明るかったディーナの顔に不安の色が現れ、彼女は自分の腕を力強く握った。ここにいつまでも居られるわけではないことはディーナも理解している。

「どういう判断がされるのかわからないけど、君島さんも動いてくれている。ここより良いところを探してくれるだろう」
「ここだって良いところです……」
「それはここ以外知らないからだ。いろいろ知っていったら、ここが大して良いところじゃないってすぐわかる」

 ディーナが知っているのは自分が生まれ育った場所とこの部屋だけだが、ここで彼と暮らすことに不満を感じたことはなかった。灯真が作ってくれる食事や君島が持ってきてくれる洋菓子は美味しいし、湯船に浸かっている時間も寝る時間も自分で決められる。誰かへの奉仕を強制されることもなく、灯真の持っている本を読ませてもらうこともできる。彼女からすれば、灯真の言う「良いところじゃない」という意味が理解できなかった。
 
「ここで出来ることは他のところでも出来る。でも一緒に暮らしているのが俺だ。君島さんも言っていただろう? 同性と暮らした方がいいって」
「でも、灯真さんは良い人です。別に他の人でなくても……」

 灯真に伝わってくる彼女の不安の中にわずかに不満の色が見えた。ここにきたばかりのディーナなら「神と等しい存在である人に意見するなんて愚かなこと」と言って、自分の意見をいうことなどなかっただろう。灯真からの「言いたいことがあれば我慢せず言うように」という命令を守っているだけなのかもしれないが、ずっと受け身だったディーナが自分の意思を口に出してくれることが灯真は嬉しかった。しかしそれでも、彼女とここで暮らし続けるわけにはいかないという灯真の考えは変わらない。

「今は仕事の休みをもらっているけど、また行くようになったらディーナと常に一緒にいるわけにはいかない。そうなったら何かあったときに守ってあげられない。それに君島さんも同性じゃないと教えられないこともあると言ってた。自分も同じ考えだ」

「…………」

 1週間という短い期間だが、ここを離れたくないと思うには十分な経験だった。しかし、ここを出るというのが灯真からの命令であれば彼女はその指示に従うしかない。憂欝な表情のディーナを見た灯真は、かける言葉に悩んだ。言いたいことは言えと伝えたのは灯真だが、彼はディーナのこれからのことを決める権利を持たない。下手なことを言って彼女に期待をさせるわけにはいかなかった。

「話を聞くのはタダなんだ。不安なことや不満なことは、聞いてからじっくり話をしよう。ディーナにも選ぶ権利はある」
「選ぶ……権利……」
「そうだ。選択肢がどの程度用意されるかは分からないが、その中からディーナが納得できるものを君自身が選ぶんだ」
「…………」

 ディーナの今後については、灯真も全く予想はできない。保護という名目で一切の自由を奪われることもありうる。

(内容次第では契約テノクの効果をでっち上げるか……)

 効果の全てが証明されていない契約テノクの効果は、いくらでも嘘の証言ができる。最悪離れてしまっては効果が薄くなって危険だなどと言っておけば、ディーナに近いところにいられるだろうし、定期的に会うこともできるだろうと灯真は考えていた。 

「まあ、今悩んでも仕方がない。まずは明日話を聞いてからにしよう」
「はい……」

 俯いたまま返事をするディーナは何やら思い悩んでいる様子だったが、それ以上明日のことを話してくることはなかった。

 その日の夜、リビングで横になっていた灯真が人の気配に気付いて目を開けると、彼の足元で生まれたままの姿のディーナが四つん這いになって灯真のことを見つめていた。

「……何をしている?」
「お食事をいただいたり、服をくださったり、灯真さんからたくさんしていただいてるのに、何もお礼ができていなくて……その……」

 灯真に伝わってくるのは謝意ただ一つ。やましさもなければも羞恥心も感じない。灯真はゆっくりと体を起こすと、かけていたタオルケットを勢いよく彼女の頭からかけてその体を隠した。視線を遮られたディーナが慌ててそれをどかすと、灯真はあぐらをかいて彼女のことを見ている。彼からほんのわずかな怒りを感じ取り、ディーナはタオルケットを羽織って体を隠し彼の前に座った。

「何故こんなことを?」
「……もし灯真さんと離れて……会えなくなってしまうかもと思って……でも……私にはこの体以外差し上げられるものがありません……だから……」
「それも教えられたことなのか?」

 無言のままディーナは小さく頷いた。彼女の肉体は女性である君島が絶賛したほど、肉感的で魅力的だ。それは灯真にも理解できている。しかし、灯真には彼女に手を出そうなどという考えは生まれなかった。

「体が使えるなら、お礼の仕方は他にもある。今後そういう使い方はやめなさい。わかったな?」
「……はい」

 灯真の言葉を聞いたディーナはしょぼんとして肩を落とした。これまで灯真にしてもらったことへのお礼として喜んでもらいたかっただけなのだが、彼はため息をついてディーナを静止させた。怒らせてしまっていないかという不安がディーナの中で大きくなっていくのを灯真は感じていた。

「体しかないからと言うが、今のディーナには知らないことがたくさんある。それこそお礼の仕方もな。だからいろいろ学んで、それから何をするか考えればいい」
「教えていただけるのですか?」
「教えて欲しいならな。とりあえず今日はゆっくり寝なさい」
「はい」

 ディーナは灯真の言葉を聞いて安心したのか、ホッとした表情を見せるとタオルケットを羽織ったまま彼の横に丸まるように寝転んだ。

「……何をしている?」
「今日はここで寝ます。自分で……決めました」
「選ぶ権利があるとはいったけど……」
「先ほどのようなことはしません。ただ……隣にいるだけです」

 彼女の意思は固く、まるで岩のように固まって動こうとはしない。その行動に呆れる灯真だったが、観念したのか彼女の隣で横になり、子供をあやすように優しく肩を叩き始めた。

「ずいぶんと頑固者だな」

 そう言いながら叩く彼の手は、心臓の鼓動に近いリズムをディーナに伝えていく。それがとても心地よかったのか、彼女はすぐに眠りについてしまった。
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