神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第1章 その翼は何色に染まるのか

12話 社長来訪

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「トーマ! 遅くなってすまなかったな。あっ、これはお土産だ」

 翌日灯真のところに現れたのは、青い瞳と爽やかな笑顔を見せるブロンドの男性だった。灯真よりも背が高くスーツをビシッと着こなしている彼は、手に持った大きな紙袋を灯真に手渡してきた。日本語は堪能だがこの男、英国人で名前はルイス・ブランド。調査機関ヴェストガインのトップで、みんなからは社長と呼ばれている。

「ブランド社長。ご無沙汰してます」
「もう少し早く来たかったんだが、話が上手く進まなくてな。本当にすまない」
「いいえ。今お茶用意しますので、どうぞ中へ」
「お邪魔するよ」

 ルイスに続いて君島も一緒に部屋に入っていく。奥の扉からこっそり顔を出すディーナに気付いた彼女が小さく手を降ると、ディーナも照れ臭そうに手を振って返した。

「彼女が例の?」
 
 ルイスも奥にいる彼女に気づき笑顔で手を上げるが、警戒しているのかサッと奥に隠れてしまった。

「……嫌われてしまったか」
「警戒しているようですが、すぐに慣れてくれますよ」

 二人をリビングへと案内すると、ディーナはすぐに灯真の方へと歩み寄り彼の後ろにくっついて離れようとしない。時折ルイスの顔をじっと見つめているが、彼が手を振ったりしても反応する様子はない。

「この人が昨日話してたうちの社長の……」
「ルイス・ブランド。最も高みに近づく魔法使いの一人。レドルムトン・ラガル不殺の両刃剣フ……」

 彼女がルイスのことを見ていた理由。それは自分の頭の中に彼の存在がないかを確かめてのことであった。彼が著明な魔法使いであり、自分のいた場所と関係ないことが分かったからか、少しずつ警戒心が薄れていくのを灯真は感じ取っていた。

「ディーナ、社長のことを知ってるのか?」
「その……お顔とお名前と、お使いになる魔法だけ……」
「もしかして、俺や君島さんの魔法も?」
「はい……知っているか聞かれませんでしたので……」
「トーマ、確認してなかったのか?」

 ディーナがエルフであるという情報に気を取られ、彼女が魔法に関してどれくらい知っているのか確認するのを灯真はすっかり忘れていた。

「もう少し慣れてきてから徐々に聞いていこうかと思ってたんですけど……」
「分からなくもないが……その情報は知っておきたかったな」
「すみません」

 灯真がルイスに頭を下げると、ディーナもそれにつられて同じように頭を下げた。

「ディーナは悪くないからいいんだよ」
「私が話していなかったのがいけないのですし……」
「気にしなくていいんだ。でも、俺の羽を見たときに魔法なのかって聞いてきたのは?」
「知ってはいるのですが……その……実際に動くのを見たことがなかったので……」

 ディーナ曰く、顔・名前・使える魔法をセットで覚えているが、人の情報は名前と顔以外分からず、魔法についても効果を知っているだけで使われているところを見たことはないという。

「まあ、今知っておけて良かった。ちなみに他のことについてはどうなんだ?」
「言語能力は大人と大差ないレベルですが、一般常識については少し偏った教育がされているようです」

 灯真に促され用意されていた座布団の上に腰を下ろすと、ルイスは顎に右手を当てながら頭の中で状況の整理を始める。その間にテーブルにはルイスが土産として持ってきたケーキと温かい紅茶が並べられた。灯真が座っても後ろに隠れていたディーナだったが、テーブルに並べられたケーキを見て目をキラキラと輝かせている。その様子を目の当たりにし、ルイスは満面の笑みを浮かべた。

「いつもすみません。ケーキいただいて」
「いいんだ。うちのケーキを喜んでくれて光栄だよ」
「ディーナちゃん。いつも私が持ってくるケーキは、この人がくれてるのよ?」

 君島が毎回ディーナへと用意してくる洋菓子の数々は全てルイスが用意したものだった。彼は調査機関ヴェストガインのトップでありながら、イギリスに本店を構える洋菓子店「KAY(カイ)」日本支店の店長でもある。

 その店名は日本が大好きという創業者が、「希望」「愛」「勇気」という自分の好きな日本語の頭文字をとってつけたと言われており、数年前から横浜に出店している。

「ディーナ、せっかくの機会だからお礼を言おう」
「あの……ありがとう……ございます。とっても美味しかったです」
「どういたしまして。さあ、どれでも好きなのを食べて」

 ルイスに勧められ一度灯真の顔色を伺うディーナだったが、彼が首を縦に振ると恐る恐るモンブランを指さした。君島が皿に乗せられたそれをディーナの方へと近づけると、灯真の影から出て彼女の隣に座る。一度喉を鳴らし手に取ったフォークの先にマロンクリームをほんの少し乗せ、ゆっくりと口の中へ運んだ。

「甘い……」

 口の中に広がる甘さに恍惚の表情を浮かべるディーナを見て、君島はあまりの色っぽさに同性であるはずなのに一瞬ドキッとしてしまった。ルイスはふむふむとその様子を興味深く観察している。

「トーマ。こういうのを、日本ではユリというんだったか?」
「まあ……間違ってはいないと思います」
「間違ってるでしょ! 社長も何言い出すんですか!」

 ハッハッハッと盛大に笑うルイスに対し、灯真は冷静に紅茶を口へと運んでいく。頬を膨らませている君島を頬を赤らめたディーナがチラチラと見ていた。

「ディーナちゃん、どうかした?」
「あの……あきらさんが御所望でしたら……その……」
「ちっ……違うのディーナちゃん! 誤解だから! 社長が変なこと言うからですよ!」
「すまんすまん。普段見られない姿だったものだからつい」
「この件、セクハラとして記録しておきますね」
「そっ、それだけは許してくれ」

 君島とルイスが漫才のようなやりとりを繰り広げる中、灯真は静かにディーナの口にした言葉を思い返していた。

(あの様子だと、百合の意味も理解しているか)

 未だ謎が多すぎる案件だけに、灯真はちょっとした情報でも気にするようにしていた。真面目に考えている灯真を見て、騒いでいた二人は咳払いし神妙な面持ちとなる。

「トーマ……急で申し訳ないのだが、明日協会ネフロラに彼女を連れてくるようにとのお達しがあった」
「明日……ですか」

 覚悟はしていたはずだったが、急すぎる話を耳にしてディーナは俯き、着ていたシャツの裾を強く握り締めた。その様子に気付いた君島が心配そうな表情を彼女に向ける。

「相談した相手も今回のことは慎重に進めたいとのことでね。まずは彼女、ディーナを魔法使いとして協会ネフロラに登録することから始める。トーマにはもうしばらく一緒に行動してもらうことになる」
「大丈夫なんですか!?」
「あまりエルフという存在を広めたくないというのが、向こうの意向だ。契約テノクをトーマが使ったことも秘密にしてくれている。バレたら君の大切な魔道具マイトを回収されてしまうからね」
「ありがとうございます」

 深々と頭を下げる灯真。彼に合わせるようにディーナも頭を下げた。彼と離れなくて済む。それがはっきりしたことで、気がつけば握り締めていたディーナの手は裾を離していた。

「一体誰に相談したんですか? いつもなら協会ネフロラで保護するって申し出て来そうなのに……」

 協会ネフロラとの交渉は君島も経験があるが、正直あまり良い思い出はない。ルイスに相談しても、ディーナと灯真を引き離すことになってしまうだろうと思い悩んでいたくらいだ。

協会ネフロラには友人が少なくてね。仕方なくアーサーにお願いしたんだ」
「アーサーってまさか……」
 君島が協会ネフロラのアーサーという人物で思い当たるのは一人しかいない。アーサー・ナイトレイ…協会ネフロラの長である。

「多分、アキラが知っているアーサーさ。彼はトーマのことを知っているからね。話はスムーズに進んだよ」
「ナイトレイさんが……今度会えたらお礼を言わないと」

 君島はルイスがアーサーと親しいという話は聞いたことがある。だからといって、協会ネフロラのトップにいきなり相談するとは思っていなかった。それだけならまだしも、灯真の口ぶりから彼もアーサーと面識がある様子。ただでさえ謎の多い人物である灯真の謎がさらに深まっていった。

「大丈夫……ですか?」

 苦悩のあまり頭を抱える君島を心配していたのはディーナだけだった。声をかけながら横から彼女の顔を覗き込む。

「ありがとう、ディーナちゃん」

 君島が何に悩んでいるのか灯真は理解できていないようで、ディーナを抱きしめる彼女を見て首を傾げていた。

「今回の件は私とアーサー、それにモトヒロとヴィクトルの4人しか知らない。トーマもアキラも、この件はそういうことだと理解してくれ」

 ディーナに抱きついていた君島の動きが止まった。相当驚いたようで大きく開いた目も口も塞がる気配がない。冷静だった灯真でさえ、紅茶を口元に運ぼうとしていた手が止まっている。ただ、彼女たちの反応は魔法使いとして生きているのなら当然とも言える。なぜならルイスが挙げたのは協会ネフロラと各機関の長、つまり現在の魔法使いのトップに君臨する者たちの名前だからである。

「上の方々だけで動いてらっしゃることがある……と?」
「私のことを信じて欲しい。今言えるのはそれだけだ」

 そう言うとルイスは、灯真に向かって深く頭を下げた。それを見た灯真は持っていたコップをテーブルに置くと、目を閉じて深呼吸を始める。

(灯真さん……悩んでる?)

 ルイスには調査機関ヴェストガインに誘ってくれた恩があり信頼もしている。だが、彼の口から出た言葉からはエルフに関して何か知っていることがあるようにも感じられる。

(社長もエルフ創造に関与しているのか……それとも関与している奴らを追っているのか……でも、ディーナが社長のことを確認して怯える様子がない。どちらかといえば後者の可能性の方が高いか)

 灯真が目を開けてディーナの方を向くと、彼女は小さく頷いた。そして灯真の心に彼女の言葉が小さく届いた。「私は貴方を信じます」と。

「……わかりました、社長を信じます。ただ、俺の有給が終わってからはどうするんですか?」
「ちょうど今、魔法使い予備群の登録が進んできているところだ。タイミングとしては申し分ない」

 魔法使いたちはその力を隠し一般人に紛れて暮らしてきた。中には魔法使い同士で婚姻を結びその力を代々継承してきた者たちもいるが、力を隠したまま生きてきた者たちもいる。その結果、現代には先祖が魔法使いだと知らぬまま生きているものが多く存在する。しかし彼らの子孫が突然魔法の力に目覚めてしまい、それを使って事件を起こすことがここ2~3年で異常に増加していた。そのため、一般人であっても魔法使いの家系であれば協会ネフロラの方で登録させるよう進めているところであった。

「予備群として登録ができてしまえば、うちで雇うことができる。そうすれば灯真と一緒に職場にいることができるし、誰かに狙われても守れるだろう」

 意味深な言い方をするルイスの言葉に灯真は小さく頷いた。

「まあ、如月さんの魔法なら……身元はどうするんです?」
「それに関してはアーサーの方でなんとかするそうだ。ディーナはうちの妻にも負けない美人だが、顔のタイプが違うから調査機関ヴェストガインの誰かの親戚という扱いには無理がある。そこは上の力を期待するとしよう。ところで……ディーナ……」
「は……はい!?」

 真剣な眼差しで見つめられ、ディーナは思わず背筋をピンと伸ばした。灯真も君島も、何を聞くのだろうかと思わず息を飲んだ。

「次は……どのケーキにする?」
「え?……えーっと……」

 ルイスの持ってきたケーキの数は明らかにこの場にいる人数よりも多かったが、それはディーナが自分の店のケーキを気に入ってくれたと聞いたルイスの喜びの表れだった。どれが一番の好みかも分からなかったのでメジャーどころを揃えて持ってきたのだ。まさかの質問に君島がガクッと肩を落とす。

「真面目な話じゃ無いんですか!?」
「何をいう! 彼女に喜んでもらおうと思って持ってきたケーキなんだぞ?」
「ディーナ。好きなのを選ぶといい」
「はい。それじゃあ……」

 そう言って指さしたのは苺が入ったチョコレートのショートケーキであった。

「普通のショートケーキではなくそっちを選ぶか。それも自信作なんだ。どうぞ」
「あっ……ありがとうございます」
「無駄に緊張して疲れちゃったわ。私もいただきます」

 ため息をつきながら君島は苺のショートケーキを自分の前に引き寄せていく。スポンジとチョコと苺をまとめて口に運び満足げな顔を見せるディーナを横目に、灯真はゆっくりと紅茶を口に運んでいた。

「灯真、体調の方はどうなんだ?」

 ケーキを喜んで頬張る二人の女性を他所に、ルイスはそれまでとは一転して陰鬱な表情で灯真に声をかけた。

「今も変わらずですよ」
「……そうか」
「15年も付き合ってれば慣れもします」
「どれくらい寝れてるんだ?」
「3時間弱ってところですね。30歳過ぎて疲れが取れなくなってきた気がします。歳ですかね」

 口元を緩めて話す灯真の自虐的な言葉を聞き、ルイスは嘆息をもらした。

「何度も言ってるが、無理だけはするなよ」
「ご迷惑はかけないようにします。これは俺の問題ですから」
  
 そう言って俯いた灯真は、近くにあったチーズケーキの皿を近づけておよそ半分ほどをフォークで取ると大きく開けた口へと運んだ。
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