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4章
囚われの身 4
しおりを挟む「そうか……。そう言うことだったのか。君が本部に拘束されていたために、君本人からの証言が得られなかったのが痛くてね。でも君の話を聞いて、合点がいったよ」
フェリクスは、シオンの話から何かを察したらしい。
が、こちらはさっぱりだった。
「どういうことだ? なぜランソルがこれを持っていたのかの謎がわかったと言うのか?」
一国の王子に対する口調ではないものの、この際そんなことは言っていられなかった。
もしもランソルがすべてを知っていたのなら、話はまた変わってくる。クロイツがもしもランソル自身の命を狙ってあの事故を仕組んだのだとしたら、より許すわけにはいかなかった。
けれどフェリクスは首を横に振ると、思案しながら告げた。
「これは私の想像なんだけどね……。きっとランソルは、クロイツの悪事を理解してはいなかったんじゃないかな」
「ならなぜこれを、俺の役に立つなどと……」
わざわざ恋人への手紙に忍ばせて、大事に持っておけと言い残すなんてどう考えても今の状況を予期していたとしか思えない。
「うーん。なんとなくなんだけど、ランソルというのは動物的な勘が働くタイプの男だったんじゃないかな? よくいるだろう。身に迫る危険や異変を、なんとなく勘で察知して生き延びるタイプの」
そう言われて、はっとした。
確かにランソルにはそういうところがあった。いつも何も考えていなそうな能天気な男だったが、いつも敵の気配に気づくのはあいつが先だったように思う。
「……」
沈黙を、同意と理解したのだろう。フェリクスは続けた。
「きっとランソルは、クロイツのというより君がクロイツに何らかの疑いを持って動いていることに気がついたんだ。そしてクロイツはそんな君の口を封じようと、事故を画策していた。それを持ち前の勘で察知したんじゃないかな……」
何かを思い出したように、アグリアが口を開いた。
「ミリーさんが言ってたの。ランソルさんはいつも手紙にシオンのことを書いてきてたって……。不器用だけど情に篤くて、誰よりも信用できるいい男だって……。きっとランソルさんは、シオンのことをいつも気にかけていたんだと思う。だから異変に気がついたのかも……」
「……」
はじめて聞く話に、思わず目を伏せた。
「なるほどな……。確かにあいつなら、ずっと一緒にいたお前の異変に誰より先に気づいたはずだ。そうか……。だからランソルは念には念を入れて、お前を守るためにミリーへの手紙に同封したのか……」
モンバルトの声が震えていた。
「……」
ぐっと腹に力を込め、心が震えるのを堪えた。
脳裏にランソルの馬鹿みたいに大口を開けて笑う、明るい顔が浮かんだ。
あの男ならそんな馬鹿みたいな奇跡も起こしかねない。そう思った。底抜けに明るくて能天気で、でもどこか生まれ持った勘のよさみたいなものを持ち合わせている男だったから。
(久しぶりにあいつの笑った顔なんて思い出したな……。あれ以来、はじめてか……)
ランソルが死んで以来、あの日のことを思い出そうとするといつもきまって目の前の血だまりに転がった片腕だけがよみがえった。そのたびにランソルを巻き込んでしまった後悔ばかりが募った。
けれど今は――。
六年ぶりにランソルの明るい笑顔を思い出し、なぜだかほっとしていた。ふざけた大きな笑い声も、肩を揺すりながら腹を抱えて笑う癖も、あたたかな少し大き過ぎる声もありありと思い出せた。
(ランソル……。お前は本当に馬鹿なやつだ……。俺のためにそんなことを……。ランソル……)
じわりと視界がにじんでいく。ずっと心の奥底に閉じ込めていた苦しみやら後悔やら悲しみやらが、一気にあふれ出た。
「っ……!」
たまらず嗚咽が口からこぼれた。きっとあまりに長く色々なものを抱え込み過ぎたせいだろう。もう堪えようもなかった。
何かやわらかなあたたかいものが、肩にそっと触れた気がした。顔を上げなくてもわかる。アグリアの手の感触だった。
「シオン……」
愛しい声が聞こえる。アグリアの香りも。
思わず肩にそっと置かれた手を、ぎゅっと握り返した。
ぬくもりにすがりつかなければ、心が壊れてしまいそうだった。
その手を、アグリアがそっと握り返してくれた。その優しさに、ずっと心の中にため込んでいた苦しみが浄化されていく気がした。
その後タリオンも到着し、皆で今後のことを話し合った。
今はフェリクスの補佐をしているというタリオンがあとから合流したのは、クロイツの動きを密かに見張っていたためらしい。
「そうか……。クロイツがいよいよこちらの動きに気がついたか。君が私の保護下に入ったと知れば、クロイツはきっとアグリアを狙うはずだ。君の一番の弱点が何であるのか、もう奴は知っているからね」
クロイツは、自分の身が牢から出されフェリクスの名のもとに保護されたと聞き怒り狂っているらしい。
当然だ。自身の罪を被せ、真実を知る自分の口をやっと永遠に封じることができると安堵していたのだろうから。
フェリクスの言葉に、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
「アグリアの身に危険が及ばないようすでに対策は十分にしてあるが、万が一ということもある。……となればここは、こちらから先手を打って出るしかアグリアを守る手はないと思うんだが、どうだ? シオン」
含みのある黒い笑みを浮かべるフェリクスをちらと見やり、息をのんだ。
「それはどういう意味だ? もちろんそれであいつからアグリアの身を守れるのなら、どんな危険も冒す気はある。それに……ランソルのためにも、過去の悪夢を終わらせるためにももういい加減けりをつけたい」
強い決意を込めて、フェリクスを真っすぐに見やった。
「……ふっ。わかった。ではぜひ協力してもらうとしよう。危険ではあるが、きっと君なら臆せずやってのけると信じているよ。シオン」
アグリアが不安そうな顔でひゅっと息をのんだのがわかった。けれど真っすぐにフェリクスを見すえたまま、こっくりとうなずいて見せたのだった。
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