はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
57 / 68
4章

囚われの身 4

しおりを挟む
 
「そうか……。そう言うことだったのか。君が本部に拘束されていたために、君本人からの証言が得られなかったのが痛くてね。でも君の話を聞いて、合点がいったよ」

 フェリクスは、シオンの話から何かを察したらしい。
 が、こちらはさっぱりだった。

「どういうことだ? なぜランソルがこれを持っていたのかの謎がわかったと言うのか?」

 一国の王子に対する口調ではないものの、この際そんなことは言っていられなかった。
 もしもランソルがすべてを知っていたのなら、話はまた変わってくる。クロイツがもしもランソル自身の命を狙ってあの事故を仕組んだのだとしたら、より許すわけにはいかなかった。

 けれどフェリクスは首を横に振ると、思案しながら告げた。

「これは私の想像なんだけどね……。きっとランソルは、クロイツの悪事を理解してはいなかったんじゃないかな」
「ならなぜこれを、俺の役に立つなどと……」

 わざわざ恋人への手紙に忍ばせて、大事に持っておけと言い残すなんてどう考えても今の状況を予期していたとしか思えない。

「うーん。なんとなくなんだけど、ランソルというのは動物的な勘が働くタイプの男だったんじゃないかな? よくいるだろう。身に迫る危険や異変を、なんとなく勘で察知して生き延びるタイプの」

 そう言われて、はっとした。

 確かにランソルにはそういうところがあった。いつも何も考えていなそうな能天気な男だったが、いつも敵の気配に気づくのはあいつが先だったように思う。

「……」
 
 沈黙を、同意と理解したのだろう。フェリクスは続けた。
 
「きっとランソルは、クロイツのというより君がクロイツに何らかの疑いを持って動いていることに気がついたんだ。そしてクロイツはそんな君の口を封じようと、事故を画策していた。それを持ち前の勘で察知したんじゃないかな……」

 何かを思い出したように、アグリアが口を開いた。

「ミリーさんが言ってたの。ランソルさんはいつも手紙にシオンのことを書いてきてたって……。不器用だけど情に篤くて、誰よりも信用できるいい男だって……。きっとランソルさんは、シオンのことをいつも気にかけていたんだと思う。だから異変に気がついたのかも……」
「……」

 はじめて聞く話に、思わず目を伏せた。

「なるほどな……。確かにあいつなら、ずっと一緒にいたお前の異変に誰より先に気づいたはずだ。そうか……。だからランソルは念には念を入れて、お前を守るためにミリーへの手紙に同封したのか……」

 モンバルトの声が震えていた。

「……」

 ぐっと腹に力を込め、心が震えるのを堪えた。

 脳裏にランソルの馬鹿みたいに大口を開けて笑う、明るい顔が浮かんだ。

 あの男ならそんな馬鹿みたいな奇跡も起こしかねない。そう思った。底抜けに明るくて能天気で、でもどこか生まれ持った勘のよさみたいなものを持ち合わせている男だったから。

(久しぶりにあいつの笑った顔なんて思い出したな……。あれ以来、はじめてか……)

 ランソルが死んで以来、あの日のことを思い出そうとするといつもきまって目の前の血だまりに転がった片腕だけがよみがえった。そのたびにランソルを巻き込んでしまった後悔ばかりが募った。
 けれど今は――。

 六年ぶりにランソルの明るい笑顔を思い出し、なぜだかほっとしていた。ふざけた大きな笑い声も、肩を揺すりながら腹を抱えて笑う癖も、あたたかな少し大き過ぎる声もありありと思い出せた。

(ランソル……。お前は本当に馬鹿なやつだ……。俺のためにそんなことを……。ランソル……)

 じわりと視界がにじんでいく。ずっと心の奥底に閉じ込めていた苦しみやら後悔やら悲しみやらが、一気にあふれ出た。

「っ……!」

 たまらず嗚咽が口からこぼれた。きっとあまりに長く色々なものを抱え込み過ぎたせいだろう。もう堪えようもなかった。

 何かやわらかなあたたかいものが、肩にそっと触れた気がした。顔を上げなくてもわかる。アグリアの手の感触だった。

「シオン……」

 愛しい声が聞こえる。アグリアの香りも。

 思わず肩にそっと置かれた手を、ぎゅっと握り返した。
 ぬくもりにすがりつかなければ、心が壊れてしまいそうだった。

 その手を、アグリアがそっと握り返してくれた。その優しさに、ずっと心の中にため込んでいた苦しみが浄化されていく気がした。

 その後タリオンも到着し、皆で今後のことを話し合った。 
 今はフェリクスの補佐をしているというタリオンがあとから合流したのは、クロイツの動きを密かに見張っていたためらしい。

「そうか……。クロイツがいよいよこちらの動きに気がついたか。君が私の保護下に入ったと知れば、クロイツはきっとアグリアを狙うはずだ。君の一番の弱点が何であるのか、もう奴は知っているからね」

 クロイツは、自分の身が牢から出されフェリクスの名のもとに保護されたと聞き怒り狂っているらしい。
 当然だ。自身の罪を被せ、真実を知る自分の口をやっと永遠に封じることができると安堵していたのだろうから。

 フェリクスの言葉に、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

「アグリアの身に危険が及ばないようすでに対策は十分にしてあるが、万が一ということもある。……となればここは、こちらから先手を打って出るしかアグリアを守る手はないと思うんだが、どうだ? シオン」

 含みのある黒い笑みを浮かべるフェリクスをちらと見やり、息をのんだ。

「それはどういう意味だ? もちろんそれであいつからアグリアの身を守れるのなら、どんな危険も冒す気はある。それに……ランソルのためにも、過去の悪夢を終わらせるためにももういい加減けりをつけたい」

 強い決意を込めて、フェリクスを真っすぐに見やった。

「……ふっ。わかった。ではぜひ協力してもらうとしよう。危険ではあるが、きっと君なら臆せずやってのけると信じているよ。シオン」

 アグリアが不安そうな顔でひゅっと息をのんだのがわかった。けれど真っすぐにフェリクスを見すえたまま、こっくりとうなずいて見せたのだった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです

百門一新
恋愛
旧題:恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜 魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

処理中です...