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4章
過去との決着 1
王城に身柄を移されて、数日が過ぎた。
今日もアグリアは店の帰りに王城に立ち寄り、甲斐甲斐しく傷の手当てに励んでくれている。
そんなことはしなくてもいい、とは言ったものの、むしろこうしている方が気持ちが落ち着くらしい。
けれど一度は別れを告げご丁寧に離婚届まで送ってしまっている上、家族を含め皆にも形だけの夫婦だったことは知られている。となれば、もはや他人も同然の関係だ。
なのにこうして毎日のように顔を合わせているのがなんとも複雑でくすぐったくもあり、曖昧な今の関係がひどくもどかしくもある。
領地を出てからのことも、色々と聞いた。
モンバルトから過去の経緯を聞き、いても立ってもいられず王都にきたこと。
タリオンやモンバルトだけでなく、昔の部隊の仲間たちも皆力になりたいと言ってくれたことも教えてくれた。
そして、ミリーのことも。ランソルが死んでしばらくはふさぎ込んでいたミリーは、今では立ち直り近々結婚の予定であるらしい。
ランソルは自分の笑った顔が好きだといつも言ってくれた。だからもう前を向いて幸せに生きることにした、と。
強い、と思った。自分なんかよりもはるかに。さすがはランソルが惚れた女性だ、なんて納得もした。
この件がすべて片付いたら、一度会いに行ってみようかと思っている。そして、ランソルの墓参りにも
――。
懐かしくほろ苦い思いを噛み締めていると、アグリアが突然に何かを思い出したように「あ……、そうだった!」と声を上げた。
「どうした? アグリア」
何事かと問いかければ、アグリアが告げた。
「そう言えば、お義母様から手紙を預かってたんです! はい、これ。大事なことが書いてあるから、しっかり読むようにって言ってました」
「大事なこと? 何だ、一体……」
首を傾げつつも、手紙を開封したその時だった。
コンコンッ! バーンッ!
ノックの音と同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。
「シオン! きたわよっ。傷の具合はどうっ?」
元気いっぱいの子ども特有の甲高い声に、アグリアとふたり勢いよく振り向いた。
「……? あ、もしかしてお邪魔しちゃった? ふふふふっ。でもちょうどよかったわ。アグリアにも会いたかったの!」
ルンルミアージュがカラリと笑いながらアグリアに抱き着いた。
「ルンルミアージュ、いつも言っているだろう。ノックと同時に扉を開けるな」
一応表向きは刑の言い渡しを待つ罪人ということもあり、部屋の前には常に衛兵が立ち鍵もかけられている。だがルンルミアージュとリリアンヌ、今度のことに関わっているアグリアたち一同は、ほぼ顔パス状態だった。
にしたって、あまりに顔を出し過ぎる気もするが。
「あら、いいじゃない! それともふたりとも、見られてまずいことでもしてたの? ふふっ」
ルンルミアージュのなんともませた物言いに、アグリアの顔が真っ赤に染まった。
「わ、私たちは別にそんなんじゃ……」
「そんなわけないだろうっ! そうじゃなくて、俺は基本的なマナーをだなっ」
しどろもどろになりながら反論すれば、遅れてリリアンヌが顔を出した。
「うふふふっ! ごめんなさいね。お邪魔しちゃって。ルンルミアージュがあなたに会いたいって聞かないものだから……」
リリアンヌの笑みには、明らかに含みがあった。ふたりの間に漂う空気が甘いことを察知したのだろう。
「あ、そう言えばお義母様からの手紙はもう読んだ? シオン。まだなら早く読んだ方がいいわよ」
「は……?」
リリアンヌにも急かされ渋々と手紙に目を通し、そして固まった。
「なっ……何だ、これは……!」
「え? 何て書いてあったの? シオン」
慌ててくしゃりと乱暴に便箋を封筒に突っ込み枕の下に隠せば、アグリアが不思議そうに首を傾げた。
「い、いや! なんでも……、なんでもない! こっちの話だっ」
「……そう?」
手紙にはなんとも意味深なことが書いてあった。
『一日も早く覚悟を決めて、アグリアちゃんに自分の気持ちをはっきりお伝えなさい。なし崩し的にアグリアちゃんの思いをもてあそぶような真似は、私が許しませんからそのつもりで』と。
「まったく……!」
小さくつぶやき、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回した。
「そんなこと、わかってる……。わかってはいるが、まだ事が片付いてないんだからしょうがないだろう!」
ぶつぶつとひとりつぶやくのを、リリアンヌが笑って見ていた。きっと手紙の内容をすでに母から聞き及んでいたのだろう。
どこか励ますような生温い視線に顔が熱くなるのを感じ、げんなりしているとルンルミアージュが純粋無垢な目で問いかけた。
「ね! ふたりともこんなに好き合ってるってお互いにはっきりしたんだもの。離婚なんてせずに、これから先も領地で一緒に暮らすんでしょう? 私、また領地に遊びに行きたいなぁ。マルクにも会いたいし!」
「ぶふぉっっ……!」
「ふわぁっ……!?」
アグリアとふたり、同時に頓狂な声が出た。
「な、何を……、それは……その……。だから……えーっと……」
ここでそんなことあるはずないだろう、などと言ってしまえば、アグリアとの未来を全否定することになる。かと言って互いに腹を割って本音で話をしていない今の状況下で肯定するわけにもいかない。
全身からダラダラと汗を垂らし、もごもごと口ごもった。アグリアも頬を真っ赤に染めうつむいている。
アグリアの反応やこれまでの行動からするに、まったく未来の希望がないということではない気もするがこればかりは確信が持てない。
一日も早くクロイツの罪をすべて白日の下にさらし自分の嫌疑を完全に晴らさない限り、まともに未来の話をすることだってできないのだ。
するとリリアンヌが助け舟を出してくれた。
「ふふっ。だめよ、ルンルミアージュ。そういうことは当人同士に任せなきゃ」
「えーっ?」
不服そうに口を尖らせるルンルミアージュに、リリアンヌがにっこりと微笑んで言い聞かせた。
「シオンにだって色々と心の準備とか覚悟とか必要だし、物事には順序というものが必要だもの。……そうよね? シオン」
まるできっちりとけじめをつけるまでは絶対にアグリアに手は出すなと念押しせんばかりのその言葉に、こくりとうなずいた。
「ふぅん……、そういうもの? 大人って面倒なのね……」
わかったようなわからないような顔で首を傾げ、ルンルミアージュはアグリアと自分を振り返りにっこりと笑った。
「ま、いいわ! 私は素敵な未来を信じてるもの。ふたりを見てたら、きっとうまくいくってわかるもの! じゃあまたくるわ。シオン、アグリア!」
そう言ってルンルミアージュは、リリアンヌとともに嵐のように去っていったのだった。真っ赤な顔をした自分たちを残して――。
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