7 / 54
1
ランドルフ、デレる
しおりを挟むミリィからの返事は、一週間かけてランドルフのもとへと届いた。それをすでにもう何度も読み返しては、ランドルフは目尻をだらしなく下げていた。
『敬愛する婚約者様
先日は、親しみのこもったあたたかいお手紙をありがとうございました。
私も草花などの自然がとても好きです。特に明るい色の花は、心を明るく照らしてくれるようで。鳥やうさぎなどの小動物も、とても心癒されます。
きっとラルフ様の故郷も、美しいのでしょうね。豊かな自然にあふれたラルフ様の故郷をいつか見てみたく思います。
私についてですが、月に一度町の教会でバザーをお友だちと一緒に開いております。不要になった衣類などをリメイクして刺繍などを施して売るのですが、なかなか盛況なんですよ。孤児院の子どもたちや町の方たちから、いつも元気をもらっております。
そちらはそろそろ夜風が冷たく感じられる頃でしょうか。どうかお風邪など召されないようお気をつけくださいね。
遠い空の下、お会いできる日を楽しみにあなた様の無事と幸運をお祈りしております。
リル』
少し右上がりの癖のある、かわいらしい筆跡だ。
女性らしいやわらかな流線と、どこか芯の強さを思わせる直線とが混じり合ったその文字ひとつひとつが愛おしい。
ランドルフはだらしなく口元を緩ませながら、遠い空の下にいる婚約者へと思いをはせた。
(今頃何をしているだろうか……。また慈善活動に励んでいるのだろうか。あまり根を詰めていないといいのだが……)
一度も対面しないまま婚約が結ばれてしまって、どこか現実味が薄かった。何かの冗談ではないのかと。けれどこうしてミリィの直筆の手紙を手にして、ようやく実感がわいてきた。
(これまでは恋に浮かれるロイドたちを呆れ顔で見やっていたが、もうあいつらのことを笑えないな……。私も一緒だ……。舞い上がっている今なら裸踊りだってできそうだ……)
恋とはなんとおかしなものだろうか。こんなにも感情を大きく揺り動かすとは思いもしなかった。
ランドルフは緩みきった口元をはっと引き締め直し、そしてまたへにょりと下げた。
軍人となってからほとんどを戦地で過ごしてきたランドルフにとって、人生はどこか殺伐としたものだった。どんな理由があろうともすっかり血で汚れきった両手が呪いとなって、どこか人生をあきらめていたようにも思う。
少なくとも、ミリィとの婚約が決まるまでは――。
この戦いは、隣国との間にまたがる山脈から発見されたとある希少な鉱石をきっかけとしてはじまった。
けれどその鉱脈はこの国の領土内にのみ通っていたために、火種となったのだ。ほんのわずかでも国境線がずれていたならば、それらは隣国のものになっていたのかもしれない。そう考えるのも自然なことではあった。
もとより強欲で支配的と悪名高い隣国の現国王は、強硬手段に出た。ある日我が国の領地である鉱山に侵略し、坑夫たちを人質に取ったのだ。そして無理矢理採掘をさせる形で、鉱脈そのものを奪い取ったのだった。
以来、何年もの月日が流れた今も問題は決着していない。
そんな長く不毛な戦いの最中決まった、ミリィとの婚約――。それはランドルフの殺伐とした心を救い上げてくれた。なんとしてでも生きて帰り、ミリィとともに喜びに満ちた人生をはじめるのだ、という夢とともに。
ランドルフはミリィからの手紙をもう一度読み直し、一層目尻を下げた。
戦いはまだまだ終わらないだろう。血に濡れる日々も。けれどミリィのことを考えている時だけは、せめて血なまぐさい戦いのことなど忘れたい。それがほんの一時のことであっても。
「さて、今度は何を書こうか……。そうだ、この間ロイドが食べた毒キノコの話を……。あとは……」
いそいそとペンを取り、便箋に向かう。
そしてここが戦地であることもしばし忘れ、ランドルフはカリカリとペンを走らせるのだった。
339
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら
柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。
「か・わ・い・い~っ!!」
これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。
出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
【完結】イアンとオリエの恋 ずっと貴方が好きでした。
たろ
恋愛
この話は
【そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします】の主人公二人のその後です。
イアンとオリエの恋の話の続きです。
【今夜さよならをします】の番外編で書いたものを削除して編集してさらに最後、数話新しい話を書き足しました。
二人のじれったい恋。諦めるのかやり直すのか。
悩みながらもまた二人は………
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる