6 / 54
1
文通をはじめるようです
しおりを挟むミリィはランドルフから届いた手紙に目を通し、きょとんと目を瞬いた。
『婚約者殿
品物が無事に届いたとのこと、胸をなで下ろしている。本来挨拶とともに直接お渡しすべきところ、このような形になり申し訳なかった。
とはいえ、正式な挨拶をするのはまだ先のことになるかと思う。そこで、ひとまずは互いのことを知り合うところからはじめてみるのはどうだろうか。
ということで、まずは私から。
私は、西方にある自然豊かな田舎の子爵家の三男坊として生まれた。そのせいか、今も華やかな王都などより自然にあふれた場所の方が心安らぐ。
もちろん獣と遭遇することもあるが、それも食料調達と身体を鍛える訓練の一環にちょうどいい。
先日も川で魚釣りをしていた折、ちょうど魚を食べにきた熊と遭遇し取っ組み合いになった。なかなかの巨体の持ち主だったが、無事魚を横取りすることに成功したところだ。
あなたはどうだろうか。もしお嫌でなければ、あなたのことも教えてくれると嬉しい。
それから、手紙の内容が他者の目に触れる危険もあるため、今後はお互いに仮名でやりとりができたらと思っている。返事をくださると嬉しい。
ラルフ』
それは、首飾りを贈ってくれたことへのお礼の手紙の返事だった。とはいえ、ユリアナからあんな話を聞いた直後とあって、つい儀礼的なものになってしまったけれど。
少し無骨だけれど、一文字一文字丁寧に時間をかけて書かれたであろう文字をもう一度たどり、首を傾げた。
「……。これはもしかして……、文通の提案……なのかしら??」
ランドルフにとってこの婚約は、王命ゆえに断ることのできなかった本当は不本意な話に違いない。
けれど何度読み返してみても、この手紙から漂うのは親しみだった。
婚約を結んだ相手と互いのことを知り合い、仲を深めたいという内容の――。
「ランドルフ様は、もしかして私との婚約を円満に続けるおつもりなのかしら……。結婚も考えて……?? でもユリアナ様は……?? はっ!! まさか外に囲うつもりっ……!?」
貴族にとって、結婚は義務も同然。ユリアナ様のことは別として、結婚は別ものと考えているのかもしれない。外に愛人を囲っている貴族は珍しくはないし、伴侶がそれを認めているのならばそれはそれで平穏と言えるのかもしれないが。
「できたら愛人は……ちょっと嫌なんだけど……」
添い遂げるからにはやはり、愛のある夫婦でいたい。義務だけでつながった形ばかりの冷え切った夫婦というのは、いくらランドルフの幸せのためとはいえ耐えられる気がしない。だって仮にも初恋の相手なんだし。
「でもせっかくこうして歩み寄ろうとしてくださっているんだもの。お返事を書くべき……よね……??」
困惑しつつ、便箋を取り出し書き物机に向かった。
「ええとまずは自己紹介と……、あとは仮名を考えなくてはね。うーん……」
さて何を書けばいいのか、ああでもないこうでもないと考えを巡らす。
「昔会ったことは……きっと覚えていらっしゃらないわよね。ほんの一瞬だし。なら……、私の好きなこと? バザーをしていること?? それとも……」
もしかしたら、ただの社交辞令なのかもしれない。陛下直々の縁談ともなれば無下にもできないし、顔合わせすらしていない婚約者へのただの気遣いに過ぎないのかも。
けれどペンを走らせるうちに、気づけば口元が緩んでいた。
一度会ったとはいえ、ランドルフのことを何も知らないのだ。国の皆が知っていること以外は何も。だから嬉しかった。初恋の人の人となりや好きなことを知ることも、知りたいと望んでくれることも――。
それからしばらく時間をかけ、ミリィは手紙を書き上げた。
そして願ったのだった。どうかこの手紙が無事にランドルフのもとに届くようにと。できることならば、一時の夢でもいいから一通でも多く束の間の婚約者としてランドルフと心を通わせられますように、と――。
こうしてこの日から、いまだ一度も顔合わせすらしていない婚約者ランドルフとミリィの文通ははじまったのだった。
264
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる