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しばしのお別れ
しおりを挟むいよいよ隣国を旅立つ時がきた。
「ランドルフ、ずいぶん世話になったな。お前の助力のおかげでこの国は新しく生まれ変わることができた。それからオーランド、民を救ってくれた礼はとてもいい尽くせない。心より感謝する」
久しぶりに目にしたアズールは、ほんの少し前とは身にまとう空気がガラリと変わっていた。王として国を背負う覚悟ができたせいだろうか。
ミリィはその姿に、安堵した。アズールは心から国と民を大切に思っている。それは決して王族の血が流れているからではなく、責任があるからというのでもなく、ただ国と民を愛しているからだ。そんなアズールが国王になるのだから、きっとこの国の未来は明るいだろう。そう思った。
「ミリィ。君にも心から感謝している。この国の民を助けるため、危険を冒してこんなところまできてくれて本当にありがとう。民たちはすっかり君を天使だの女神だのともてはやしているらしいぞ?」
「天使……!? め……めめめめめ、女神っ!? そんな、滅相もないっ!!」
慌てふためくミリィに、アズールがおかしそうに声を上げて笑った。
「ははははっ!! 確かにずいぶんと気さくな女神様ではあるがな! だが、実際そのどんな状況でも前を向く明るさとひたむきさは、希望そのものだ。どれだけ民たちを勇気づけてくれたか知れない。ランドルフの婚約者でなければ、このまま国に残って俺に伴侶になってくれと言いたいくらいだ!」
アズールのその言葉に、ランドルフの顔色がさっと変わった。それに気がついたアズールがおかしそうに吹き出す。
「だが残念なことに、この男がお前を離すはずはないからな! あきらめてやる。くくっ!! ……ランドルフ」
「……なんだ」
憮然とした表情でアズールをにらみつけるランドルフに、アズールは破顔すると。
「そうおそろしい顔でにらむな。私はお前とは生涯の友でいたいと思っている。幸せを邪魔するような真似などしないさ。……国が落ちついたら、正式に即位式を執り行う。その時にはお前たちを招待するから、またその時に会おう」
「……あぁ。その時は、玉座で澄ました顔をしているお前を冷やかしにくるさ。しっかりやれよ。アズール」
アズールとランドルフはがっちりと握手を交わし、微笑み合った。
そしてミリィたちは、民たちの心からの感謝の声と涙に見送られいよいよ国への帰途につくこととなった。
◆◆◆
オーランドはミリィとは別の馬車に乗り込もうとして、つとミリィを呼び止めた。
「どうかなさいましたか? オーランド様? 何かお忘れ物でも?」
「いや……。そうではないが……」
この国にきた時は、同じ馬車に乗り込んでいた。護衛の関係や馬車の中でも薬を作る必要があったために、致し方なくではあったが――。
オーランドはミリィの後方で同じ馬車に乗り込むために待っているランドルフをちらと見やった。そして小さく舌打ちした。
自分には愛だの恋だの、結婚だのは所詮縁のないものだとあきらめはした。したが、やはり気分が悪い。
国に帰ってしまえば、もう二度とミリィとふたりで何かをすることなどないだろう。同じ研究室でともに植物を向き合うことも。それがなんとも寂しかった。
「オーランド様……??」
呼びつけておきながら一向に口を開こうとしないことに、ミリィがかわいらしく首を傾げた。その瞬間、ちらといたずら心が首をもたげた。だから――。
「……!!」
オーランドは手を伸ばし、ミリィの頬にぐいっと触れた。一体何事かときょとんと目を瞬かせるミリィに、にやりと笑いかけた。
「頬に汚れがついていた。取ってやったから、ありがたく思え。……じゃあな。ミリィ。これで本当に助手生活はおしまいだ。今までありがとう……」
「えっ!? 汚れっ?? あっ、ありがとうございますっ……?? それと、こちらこそ本当に何から何までお世話になりましたっ!! あまりお役には立てませんでしたけど、オーランド様と一緒に研究ができて嬉しかったですっ!」
困惑と驚きで目を丸くしながらも、ミリィはそう言って明るく笑った。その顔がなんともまぶしくて、思わず抱きしめそうにぴくりと動く腕をぐっと抑えるオーランドなのだった。
そして馬車へと乗り込み、過ぎゆく外の景色をぼんやりと見つめながらつぶやいた。
「まったく罪作りだな、あいつは……。一国の王となる男まで惚れさせるとは……。はじめから叶うはずなかったか。この先もずっとそばにいてほしい、などと……」
その顔に、ほろ苦い笑みが浮かんだ。
きっと今頃ふたりは、おそろいの真っ赤な顔でうつむくばかりで会話らしい会話もできずにいるに違いない。ランドルフもあれだけ武人としては堂々としていながら、ミリィの前では途端にポンコツになる。それがなんとも見ていてぞわぞわもするし、苛立ちもするのだが。
「……ふっ! まぁ、いいさ。私には研究がある。誰がそばにいようと、それはこの先も何も変わらないのだからな。どうせまたすぐにこの国に戻るつもりだし、新しいジングという助手だっているんだし」
胸の奥でチクリ、と走った痛みにはあえて気が付かないふりをして先を走る馬車のふたりを思い苦笑したのだった。
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