51 / 54
4
皆で帰ろう
しおりを挟むオーランドがほろ苦い思いを噛みしめながら車窓を眺めている頃、その前をひた走る馬車の中では――。
「……」
「……」
「……コホンッ! す……すみません。なんだか私、お邪魔しているみたいで……。どうかお気になさらずお話でも……」
護衛騎士のミランダが、目のやり場に困ったように窓の外を見つめながら口を開いた。
いくら婚約中のふたりとは言え、まだ結婚していない男女がふたりきりでひとつの馬車に乗り込むわけにはいかない。よって護衛騎士としてともに隣国へと渡ってきたミランダが、ともに乗り込んでいたのだが。
馬車の中は静寂に満ちていた。もちろん愛し合うふたりが向かい合っているのだから、険悪な空気でなどあるはずもない。が、そのなんともいたたまれないむずむずとする空気にミランダはいっそ気絶でもしたい気分だった。
「いえ……あの、ミランダこそ何かおしゃべりでも……。あ、そうだ! この間話してくれた騎士団でのおもしろい話でも……!!」
「は……はぁ……。ですが……せっかくランドルフ様とこうしてご一緒されているのですから、おふたりで……」
「……っ!!」
「……!!」
けれどふたりは顔を真っ赤に染めうつむくばかり。もうこうなったら、とミランダはブランケットを頭から被り狸寝入りを決めることにしたのだった。
ガタンゴトンッ……! カタンッ!! ゴトゴトゴトゴトゴト……。
時折小さな小石を跳ね飛ばしながら走る車輪の音が、馬車の中に響く。
ミリィもランドルフも互いに何か話さねばと思いながらも、何から口にすればいいのかわからずにひたすらもじもじしていた。
(あんなに話したいことも話さなくてはならないこともあったのに……。どうしていざとなると、何も言葉が出てこないのかしら……!?)
目の前にあのランドルフがいるのだと思うと、目が合うだけで胸がうるさいくらいに高鳴ってとても会話などできない。ミリィはそわそわとスカートのひだを手で触りながら、もどかしさに悶絶していた。
ランドルフに至っては、いっそ手紙で会話をすればいいのではなどと明後日のことを考え、今にもペンを取り出そうとしていた。
「あ……あの……。ミリィ、その……」
「は……はははは、はいっ!? なんでしょうかっ?」
「そういえば実はあなたに打ち明けねばならぬことが……。その……以前に贈った首飾りのことなんだが……」
「はっ……! 首飾りっ!?」
ミリィは思わず息をのんだ。
「実はあれは、私が選んだものではないのだ……。すまない。婚約してはじめての大切な贈り物だったのに、不義理なことをしてしまって……」
突然の告白にきょとんと目を瞬くミリィに、ランドルフはけがを負って動けなかったために部下のロイドに選んで送らせたものだったのだと告げた。気恥ずかしさから、婚約を承諾してくれた礼をしたためもせずに送ってすまなかった、と。
思わぬ事実を聞き、ミリィはあれはやはり自分の斜め上の勘違いだったのだとあらためて恥ずかしさに頬を染めた。
「いえ……私こそ、てっきりあれはユリアナ様を思ってランドルフ様が選んだのだろうなんておかしな勘違いをしてしまって……」
そのせいで、つかの間の婚約者としての役目を果たさねばと斜め上に突っ走っていたのだとランドルフに打ち明けたのだった。
「そんな……まさかそんなことが……! 誤解が解けたのなら、良かった……。本当に……良かった……」
「はい。本当に良かったです……」
そしてまた沈黙が落ちた。馬車の中に満ちるぎくしゃくとした空気をなんとか変えようと、ランドルフが強引に話題を変えた。
「あ、あぁ! そう言えばユールのパイだがずいぶん王都で人気だったようだな!!」
「は、はい!! ランドルフ様の故郷の味をなんとか作れるようになれれば、と頑張ってみた甲斐がありました! もうユールが出回る季節は終わってしまって、召し上がっていただけないのが残念です……」
「そうか……、そうだよな……。さすがにもうユールは売っていないか……。残念だ……。だが……!! ぜひまたユールが出回ったら……その! 君の作ったパイを食べてみたい……!!」
顔を赤く染め、身を乗り出すようにそう大きな声でたずねたランドルフに、思わずミリィは吹き出した。
「はいっ!! もちろんですっ。必ずお作りしますねっ。ふふっ!!」
そうにっこりと返せば、ランドルフがそのいかつい顔立ちとはなんとも不似合いな満面の笑みを浮かべたのだった。
そしてその後ふたりは、これまで交わしてきた手紙の話題で盛り上がった。きっともっと大切な話すべきことは他にあるのだろう。けれどようやく直に言葉を交わせるようになったばかりのミリィとランドルフには、今はまだこれが精一杯だった。
「あ、そう言えば社交についてのお心遣い、本当にありがとうございましたっ。おかげさまで憧れのモーリア侯爵夫人ともお会いできて、皆さんの助けのおかげで最近では慈善の協力者もとても増えたんですっ!!」
「そうかっ。役に立てたのなら良かった。にしてもまさかマダムオーリーやロぺぺ殿まで味方につけるとは驚いた!」
「ふふっ!! そう言えばロぺぺ様が、ランドルフ様がお戻りになったら私とおそろいのお洋服を作らせてほしいっておっしゃってました!」
「うっ……!! あまり華やかな装いは得意ではないんだが……。まぁ君が世話になったようだし、君とおそろいというのなら……。あぁ、そう言えば劇場の騒動なんだが……」
「わわっ……!! あ、あれはっ!! その……」
そんな他愛もない会話で楽しげに笑うふたりをよそに、ミランダは狸寝入りをしながらひたすらに願っていた。どうか早く、一秒でも早く馬車が国に着くようにと――。
162
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】祈りの果て、君を想う
とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。
静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。
騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。
そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、
ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。
愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。
沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。
運命ではなく、想いで人を愛するとき。
その愛は、誰のもとに届くのか──
※短編から長編に変更いたしました。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる