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動きはじめた国
しおりを挟む男たちは、こんな状況に至った経緯をランドルフとアズールに話した。
現国王はどこまでも卑怯で自分本位な恥ずべき人間だった。自分だけが助かればいいと、妻と自身と血のつながった息子までも見放し、病にかかりたくなければすぐに王宮を出て西のどこか田舎にでも逃げろと追い出した。そしてありったけの薬を自分ひとりのために自室に集めさせ、国中の医者たちを自分を助けるために呼び寄せた。
医者たちはもちろんそれに抗議した。自分たちは王侯貴族を助けるためだけに医学を志したのではない、と。けれど国王は自分に反意を見せる者たちを皆牢獄に入れ、監禁したのだった。
「だからどの町にも王都にさえ医者がいなかったのか……。病院にも薬ひとつさえなく、おかしいとは思っていたが……。まさかそんな姑息なことを国の長である国王がするとは……。どこまで腐っているんだ……!!」
アズールが壁に拳を叩きつけた。
「国と民を守るべき国王がそんな暴挙に出たと知った貴族たちは、我先にと逃げ出しました。重鎮たちも役人も一目散に……。とうに腐りきり、壊れていたのです。この国は……」
男たちは肩を震わせむせび泣いた。
「我々はなんとか崩壊を止めようとしたものの、力及ばず……。結局それを止められなかった私たちも同罪でございましょう……」
「王都も他の町や村も、ひどい有り様だと聞いています……。民にどう申し開きすればいいのか……」
男のひとりが、つとアズールを見やった。その眼差しにはどこか伺うような、すがるような光が浮かんでいた。
「あなたはこの国を……現体制を討ち滅ぼしにきたのでございましょう? この国を……この国の民を守るために。あの国王とは名ばかりの男を廃するために……?」
アズールは目をきらめかせ、無言でうなずいた。男はしばし黙り込み、目を伏せた。
「わかりました……。ならばこの先に陛下がおひとりでおいでです。お進みください。我らは止めはいたしません。あなた様の意のままに……。どうぞこの国を、こんな情けない形ばかりの飾り物から救い出してくださいませ」
膝をついた男にならい、他の者たちも深く頭を垂れ膝をついた。
「……あなた様がこの国を背負って立つのならば、我々の命をお預けいたします。どうぞこの国に良い風を……」
「はじまりの前には終わりがくるのは道理……。願わくば、この国に良い風をもたらしてくださいませ。民たちが平穏でいられるような良い風を……」
アズールはそれにうなずき、ランドルフと視線を合わせた。そして、高らかに声を上げた。
「扉を開けよっ!!」
アズールの命により、男たちが最奥へと続く両開きの大きな扉をゆっくりと開けた。
ギギギギイィィィィッ……!!
中へと一斉になだれ込むアズールとランドルフ、その部下たち。
「さぁっ!! 今こそ終わりとはじまりの時だっ!! 名ばかりの王を捕えよっ!! 新たな国をうち立てるぞっ!!」
突然の乱入者たちに、自室で頭からシーツを被り病と反乱とに怯え震えていた国王が引きずり出された。
「ひいいいいぃぃぃぃっ!! お前らは一体何者だっ!? 私はこの国の王だぞっ!! 控えろぉぉぉっ!!」
長く部屋から一歩も出ずに引きこもっていたのだろう。ベッドの中で垂れ流し同然だったのか、糞尿と汗が混じったすえた匂いが鼻を突く。
「私の名は、アズール! アズール・ドラード・ノア・ベルディア!! お前がかつて毒殺した弟の忘れ形見だ!」
「な……なんだとっ!? そんな……あいつに子などいるはずが……!?」
うろたえ腰を抜かす国王を、アズールは冷たく見下ろした。
「お前の治世はこれで終いだ。……父を殺した罪、自らの欲を満たすためだけにこの国を戦乱に陥れた罪、自分だけ病から逃れようと民を苦しめた罪。罪状を上げればキリがないな? おとなしく縄につけ!!」
「ひいいいいいぃぃぃぃっ!!」
国王とは名ばかりの男は、半狂乱で何かを叫びながら引っ立てられていった。
こうしてこの国を長く苦しめ続けた悪政は、あっけなく幕を閉じた。
そして正常な国を取り戻すべく、アズール・ドラード・ノア・ベルディアという、王族の正当な血統であることを示す名を受け継いだ若者が新たに立ったのだった。
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