あなたのことが大好きなので、今すぐ婚約を解消いたしましょう! 

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』

文字の大きさ
48 / 54

芽吹きはじめた未来

しおりを挟む
 

 アズールが前国王を玉座から引きずり下ろして、半月が過ぎた頃。王都は次第に活気を取り戻しつつあった。

「ミリィ! 頼まれてた薬持ってきたぞっ。あとランドルフ様がこれをミリィに届けてくれってさ!!」 
「ありがとうっ! 代わりにこれをオーランド様に渡しておいてねっ。あっ! あとこっちは数日中には皆回復しそうだって伝えてっ」
「あぁ、わかった!! じゃあなっ」

 ミリィはスカートの埃を払い、立ち上がり周囲をぐるりと見渡した。

 当初たくさんの患者たちでぎゅうぎゅうにひしめき合っていたベッドには、最近ではちらほら空きも目立ちはじめていた。特効薬と治療のおかげで、治療中の患者たちにもそれほど重症な者もいない。
 それになんといっても、アズールがこの国の新しい為政者として王の座についたことで、食料も薬も潤沢にまわり始めたことも大きい。
 いまだ国内の物流は滞ったままではあるが、この調子ならば元の活気あるにぎやかな王都の姿を取り戻すのも時間の問題だろう。

 ミリィたちの仕事もすっかり落ち着きつつあった。一息つく間もなく治療と製薬に追われていた日々が嘘のようだ。この国にきてからというものいつもの無愛想っぷりに拍車がかかっていたオーランドの表情も、ようやく和らいできた気がする。

(そろそろこの国での役目もおしまいね。お医者様も皆解放されて、あちこちの町や村で治療が進んでいるっていうし……)

 前国王が無理矢理に自分のそばに集めていた医者たちは、すべて解放された。牢獄に捕らえられていた者もすべて。その医者たちがこの国の患者たちを診ることができるようになり特効薬も行き渡りはじめた今、ミリィたちの出番はない。
 オーランドの特効薬も、弟子となったジングが引き継いでいる。そのうちオーランドがいなくても、薬を供給することができるようになるだろう。

 ミリィはほぅ……と安堵の息を吐き出した。
 そして先ほど届いたばかりのランドルフからの知らせを手に取った。


『婚約者殿

 こちらは順調に、前体制の膿出しが進んでいる。
 アズールも近頃では国王としての威厳が漂いはじめてきたようで、王宮内にも良い風が流れ出したように思う。
 そちらはどうだろうか?
 あなたのことだから毎日患者たちのためにと忙しく走り回っているのだろうが、あまり無理をしないように。

 まもなく帰国の途につく目処も立ちそうだ。国へ戻り次第、各所への挨拶回りやら王宮での祝宴やらで息を付く間もないだろう。その前に、あなたと過ごす時間が持てるよう心から願っている。 


 ランドルフ』

 
 久しぶりの手紙に、ミリィの口元がふわりと緩んだ。
 同じ国の同じ王都にいるにも関わらず、もう二週間近くランドルフと顔を合わせていない。ランドルフはアズールとともに新しい体制作りの準備に追われているし、ミリィはミリィで王都中の患者たちの治療でてんてこ舞いだったから。

 そんな中でも、ランドルフはこうして時折手紙を送ってくれる。おかげでアズールやランドルフが今どれほど一生懸命に頑張っているかも手に取るようにわかるし、治療のやる気にもつながっていた。けれど、どうあったったって寂しさは拭えない。こんなにすぐそばにいるのに、隣国にきて以来ゆっくりと話をする時間を一度も持てずにいたから。

 でももうそんな寂しさも残りわずかだ。この国はアズールという心から国を思う為政者のもとで、新たな一歩を踏み出したのだから。
 きっとアズールならば、この疲れ切った国を平穏で良い国に生まれ変わらせることができるだろう。自分たちも国を立て直すための力になりたいと、民がアズールのもとに結集しはじめていると言うし。
 明るい未来は、もうすぐそこまでやってきていた。くだらない戦争なんかない、皆が平穏に暮らせる明るい未来が。

 ミリィは微笑みを浮かべ、ほぅ……と息を吐き出した。

「やっと終わるのね……。なんだか夢中でもがいている間に過ぎ去った気もするけれど、無事に済んで良かったわ。国に戻ったら今度は……」

 そしてはたと思い出した。ランドルフが言っていた、国へ戻ったらあらためて求婚したいというあの言葉を。

「ランドルフ様が私に求婚……、ってことはつまり、その先にあるのは結婚……よね?? 国へ戻ったら……、ランドルフ様と結婚、するのかしら……。私……」

 どうにも実感がわかない。つかの間の婚約者から正真正銘の婚約者になって、まだそう時間はたっていない。そんな自分がランドルフと結婚するなど、まるで夢のようで。
 花嫁衣装を身にまといランドルフの隣に立つ自分を想像して、ミリィは顔を真っ赤に染めた。

「嫌だわ。私ったら何をひとりで妄想しちゃってるのかしら……! もうっ!!」

 ふと脳裏にはじめた会った日のリーファがよみがえった。あのぱっと光輝くような明るい黄色が――。
 その幸せで明るい希望の光に満ちた妄想は、この上なくミリィの心をときめかせ一日中頬を緩ませ続けたのだった。
 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり
恋愛
華やかな美貌を持つ妹・ミレイア。 静かに咲く野花のような癒しを湛える姉・リリエル。 騎士の青年・ラズは、二人の姉妹の間で揺れる心に気づかぬまま、運命の選択を迫られていく。 そして、修道院に身を置いたリリエルの前に現れたのは、 ひょうひょうとした元軍人の旅人──実は王族の血を引く男・ユリアン。 愛するとは、選ばれることか。選ぶことか。 沈黙と祈りの果てに、誰の想いが届くのか。 運命ではなく、想いで人を愛するとき。 その愛は、誰のもとに届くのか── ※短編から長編に変更いたしました。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

処理中です...