光と瘴気の境界で

天気

文字の大きさ
54 / 64
王都

21

しおりを挟む



夜営地は、渓谷から十分に距離を取った丘の上に設けられた。
風向きも良く、瘴気もここまで届かない。
空気は澄み、焚き火の匂いと草の湿り気だけが夜を満たしている。

はるは簡単な夕食を終え、セナとミエルの診察を受けた。

「呼吸も脈も安定してる。瘴気の影響は、今は見られないな」

セナがそう言い、ミエルも水晶板を覗き込みながら頷く。

「魔力波形も落ち着いています。
 むしろ……昼間より整っているくらいだ」

アルバートは黙って、その様子を見ていた。

「今日は、もう休め」

短くそう言って、はるをテントへ送る。

「……おやすみ」

小さく呟き、はるは横になった。
外では交代で巡回が行われ、鎧の擦れる音が一定の間隔で聞こえる。

やがて、意識が沈んでいく。






――暗い。

どこまでも、深い黒。

水の底に沈んでいくような感覚の中で、声がした。

『……こちらへ……』

低く、静かで、しかし抗いがたい響き。

『……戻る場所………ある……』

はるは、自分が眠っていることを知らない。

ただ、その声が――
懐かしく、悲しく、そして“自分の一部”のように感じられた。

「……いかなきゃ……」

夢の中で、はるは立ち上がる。

黒い霧の向こう、
瘴気の漂う渓谷の方角から、何かが呼んでいた。

『……力を……還せ……』

『……世界の底へ……』





テントの布が、静かに揺れた。

夜番の巡回兵2人が、焚き火の向こうに人影を見つける。

「――誰だ?」

次の瞬間、息を呑んだ。

外套も羽織らず、ふらふらと歩く小さな背中。

「……はる、様……?」

迷いなく、渓谷の方角へ向かっている。

「まずい……!」

巡回兵は顔を見合わせ、1人が即座に踵を返し、走った。

もう1人ははるに声をかけるも反応がなく、ふらふらと渓谷の方へはるが歩いていく。





「アルバート団長!!」

切羽詰まった声に、アルバートは即座に剣を掴む。

「どうした」

「はる様が……テントを出て、渓谷の方へ……!」

その言葉が終わる前に、アルバートは駆け出していた。

「セナ、ルート!」

「わかってる!」

セナもすでに立ち上がり、結界魔法の詠唱を始めている。





月明かりの下。

はるは、夢遊病のように歩いていた。

足元の石にも躓かず、
まるで“知っている道”を進むかのように。

「……呼ば、れてる……」

小さく、呟く。

その背後から、影が伸びた。

「はる!!」

アルバートの声。

だが、はるの耳には届かない。

瘴気の境界が、すぐそこまで迫っていた。

その瞬間――

アルバートが、魔力を展開しながらはるを強く抱き寄せた。

「……っ!」

はるの体が大きく揺れ、意識が一瞬浮上する。

「……ア……ル……?」

焦点の合わない瞳。

胸の奥で、黒の力がざわめき、抵抗するように暴れた。

「っ……!」

セナが即座に魔法を展開する。

「結界、最大出力!」

淡い光が広がり、瘴気を押し返す。

ミエルも駆け寄り、はるの額に手を当てた。

「……高熱はない。だが、魔力反応が……」

「はる」

アルバートは、はるを抱いたまま、低い声で呼ぶ。

「……呼ば、れ…てる……」

はるは、アルバートの胸元に顔を埋め、小さく身を震わせた。

「……こわい……」

その一言で、アルバートの表情が、僅かに歪む。

「……大丈夫だ」

耳元で、静かに囁く。

「もう、行かせない」

その言葉に応えるように、
はるの魔力波形は、ゆっくりと――確実に、落ち着いていった。

渓谷の奥で、何かが――
不満そうに、静かに沈黙した。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

声だけカワイイ俺と標の塔の主様

鷹椋
BL
※第2部準備中。  クールで男前な見た目に反し、透き通るような美しい女声をもつ子爵子息クラヴィス。前世を思い出し、冷遇される環境からどうにか逃げだした彼だったが、成り行きで性別を偽り大の男嫌いだという引きこもり凄腕魔法使いアルベルトの使用人として働くことに。 訳あって視力が弱い状態のアルベルトはクラヴィスが男だと気づかない。むしろその美声を気に入られ朗読係として重宝される。 そうして『メイドのリズ』として順調に仕事をこなしていたところ、今度は『無口な剣士クラヴィス』としても、彼と深く関わることになってしまって――

宮本くんと事故チューした結果

たっぷりチョコ
BL
 女子に人気の宮本くんと事故チューしてしまった主人公の話。  読み切り。

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

異世界転移をした俺は文通相手の家にお世話になることになりました

陽花紫
BL
異世界転移をしたハルトには、週に一度の楽しみがあった。 それは、文通であった。ハルトの身を受け入れてくれた老人ハンスが、文字の練習のためにと勧めたのだ。 文通相手は、年上のセラ。 手紙の上では”ハル”と名乗り、多くのやりとりを重ねていた。 ある日、ハンスが亡くなってしまう。見知らぬ世界で一人となったハルトの唯一の心の支えは、セラだけであった。 シリアスほのぼの、最終的にはハッピーエンドになる予定です。 ハルトとセラ、視点が交互に変わって話が進んでいきます。 小説家になろうにも掲載中です。

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

処理中です...