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王都
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しおりを挟む夜営地は、渓谷から十分に距離を取った丘の上に設けられた。
風向きも良く、瘴気もここまで届かない。
空気は澄み、焚き火の匂いと草の湿り気だけが夜を満たしている。
はるは簡単な夕食を終え、セナとミエルの診察を受けた。
「呼吸も脈も安定してる。瘴気の影響は、今は見られないな」
セナがそう言い、ミエルも水晶板を覗き込みながら頷く。
「魔力波形も落ち着いています。
むしろ……昼間より整っているくらいだ」
アルバートは黙って、その様子を見ていた。
「今日は、もう休め」
短くそう言って、はるをテントへ送る。
「……おやすみ」
小さく呟き、はるは横になった。
外では交代で巡回が行われ、鎧の擦れる音が一定の間隔で聞こえる。
やがて、意識が沈んでいく。
⸻
――暗い。
どこまでも、深い黒。
水の底に沈んでいくような感覚の中で、声がした。
『……こちらへ……』
低く、静かで、しかし抗いがたい響き。
『……戻る場所………ある……』
はるは、自分が眠っていることを知らない。
ただ、その声が――
懐かしく、悲しく、そして“自分の一部”のように感じられた。
「……いかなきゃ……」
夢の中で、はるは立ち上がる。
黒い霧の向こう、
瘴気の漂う渓谷の方角から、何かが呼んでいた。
『……力を……還せ……』
『……世界の底へ……』
⸻
テントの布が、静かに揺れた。
夜番の巡回兵2人が、焚き火の向こうに人影を見つける。
「――誰だ?」
次の瞬間、息を呑んだ。
外套も羽織らず、ふらふらと歩く小さな背中。
「……はる、様……?」
迷いなく、渓谷の方角へ向かっている。
「まずい……!」
巡回兵は顔を見合わせ、1人が即座に踵を返し、走った。
もう1人ははるに声をかけるも反応がなく、ふらふらと渓谷の方へはるが歩いていく。
⸻
「アルバート団長!!」
切羽詰まった声に、アルバートは即座に剣を掴む。
「どうした」
「はる様が……テントを出て、渓谷の方へ……!」
その言葉が終わる前に、アルバートは駆け出していた。
「セナ、ルート!」
「わかってる!」
セナもすでに立ち上がり、結界魔法の詠唱を始めている。
⸻
月明かりの下。
はるは、夢遊病のように歩いていた。
足元の石にも躓かず、
まるで“知っている道”を進むかのように。
「……呼ば、れてる……」
小さく、呟く。
その背後から、影が伸びた。
「はる!!」
アルバートの声。
だが、はるの耳には届かない。
瘴気の境界が、すぐそこまで迫っていた。
その瞬間――
アルバートが、魔力を展開しながらはるを強く抱き寄せた。
「……っ!」
はるの体が大きく揺れ、意識が一瞬浮上する。
「……ア……ル……?」
焦点の合わない瞳。
胸の奥で、黒の力がざわめき、抵抗するように暴れた。
「っ……!」
セナが即座に魔法を展開する。
「結界、最大出力!」
淡い光が広がり、瘴気を押し返す。
ミエルも駆け寄り、はるの額に手を当てた。
「……高熱はない。だが、魔力反応が……」
「はる」
アルバートは、はるを抱いたまま、低い声で呼ぶ。
「……呼ば、れ…てる……」
はるは、アルバートの胸元に顔を埋め、小さく身を震わせた。
「……こわい……」
その一言で、アルバートの表情が、僅かに歪む。
「……大丈夫だ」
耳元で、静かに囁く。
「もう、行かせない」
その言葉に応えるように、
はるの魔力波形は、ゆっくりと――確実に、落ち着いていった。
渓谷の奥で、何かが――
不満そうに、静かに沈黙した。
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