光と瘴気の境界で

天気

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王都

20





王の決定が下った翌朝、離宮の空気はどこか張り詰めていた。

窓の外では、王都の朝が静かに動き始めている。
はるは椅子に腰掛け、膝の上で指を絡めながら、装備を整えるアルバートの背を見ていた。

「……また、瘴気のあるところに行くの?」

不安を隠しきれない声だった。

「“視察”だ」

アルバートは簡潔に答える。

「戦闘はこの間のように第二騎士団が担う。
 はるは、見るだけだ。」

「……ほんとに……?」

「ああ」

振り返り、はるの目を真っ直ぐに見る。

「俺がいる」

その言葉は、短いが揺るがなかった。




王城中庭。

第二騎士団の精鋭が整列し、その中に第一騎士団の一団も混じっていた。
カエルスは腕を組み、無言でこちらを見下ろしている。

「……また妙な役回りだな」

低く、苛立ちを隠さない声。

「陛下の命だ」

アルバートは感情を乗せずに返す。

「黒の君の同行は、俺が引き受ける」

「……また貴様が?」

カエルスの視線が、はるに向いた。

黒髪黒目。
静かに立つその姿は、到底“災厄”には見えない。

カエルスは一瞬、歯噛みするように口を閉じたが、やがて鼻を鳴らした。

「……勝手にしろ」

「だが――」

鋭い視線を向ける。

「もし暴走すれば、その場で俺が斬る」

はるの肩が、わずかに震えた。

その瞬間。

「必要ない」

アルバートが一歩、前に出る。

「その前に、俺が止める」

二人の団長の間に、火花が散る。

セナが間に割って入った。

「はいはい、そこまでだ」

「今は睨み合ってる場合じゃない」

軽い口調だが、目は真剣だ。

「はる、体調はどうだ?」

「……だいじょうぶ……」

そう答えながらも、アルバートの外套の端を、無意識に掴んでいた。

アルバートは何も言わず、その手をそっと包む。

「行くぞ」




目的地は、王都から西へ半日ほどの渓谷。

かつては交易路だった場所だが、瘴気が噴き出してからは封鎖されている。

進むにつれ、空気が変わる。

「……なんか、へん……」

はるが、思わず呟く。

甘く、重く、胸の奥に絡みつき引き寄せられるような感覚。

「瘴気だ」

セナが説明する。

「濃度は低いが、長くいると精神に影響する」

「……でも……」

はるは胸元を押さえた。

「……なんだか……引っ張られる……」

その瞬間。

アルバートの魔力が、静かに広がった。

強いが、荒くない。
包み込むような魔力が、はるの周囲に膜を作る。

「……ありがと…」

はるの呼吸が、少し整う。

ミエルが水晶板を確認し、目を見開いた。

「……魔力波形、安定しましたね」

「……完全に共鳴だね」

ルートが、半ば呆然と呟く。




渓谷の奥で、低級魔物が数体現れた。

第二騎士団が即座に展開する。

「はる、見るな」

アルバートが前に出る。

「後ろで、目を閉じていろ」

「……うん……」

はるは素直に従った。

剣と魔法が交錯する音。
短い戦闘だった。

魔物が倒れると同時に、瘴気が一瞬、濃く揺らぐ。

その刹那。

はるの胸の奥で、何かが――応えた。

「……っ……!」

思わず息を呑む。

黒い波紋のようなものが、視界の端で揺れた。

「……はる?」

アルバートが、すぐに振り返る。

「……だいじょうぶ……」

だが、声は震えていた。

セナが即座に駆け寄る。

「無理するな。今日は、ここまでだ。」

「……いや、“あれ“確認せずに帰るとは言わせん。」

カエルスが渓谷の奥を見ながら低く声を上げる。

まだ、何かがいる。

「今日は“見る”だけだ」

セナはきっぱり言った。

「十分すぎる成果だよ」

はるは、アルバートの外套を掴んだまま、小さく頷いた。

(……なんだろ、この感覚…こわい……)

でも――

アルバートの存在が、確かに、黒の力を鎮めていた。

そして誰よりも早く、セナは理解していた。

――このままでは、
はるを“前線”から遠ざけることは、もう出来ない。

それは守るためであり、
同時に、最も危険な道でもあった。







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