光と瘴気の境界で

天気

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王都

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渓谷を臨む高台の手前で、一行は足を止めた。
ここから先は、空気の質が明らかに違う。肌にまとわりつくような冷えと、喉の奥に残る苦味――瘴気だ。

「ここまでだ」

アルバートの判断に、誰も異を唱えなかった。

兵たちは周囲に結界杭を打ち、警戒陣形を敷く。第二騎士団の動きは無駄がなく、第一騎士団の者たちもそれを横目に見ながら黙々と役割を果たした。

はるは、アルバートの外套を肩に掛けたまま、高台の縁に立っていた。
渓谷は深く、底が見えない。そこから立ち上る瘴気は、黒い靄のようにゆっくりと揺れている。

「……あそこ……」

小さな声。

アルバートはすぐに隣へ寄る。

「見るだけだ。近づかなくていい」

「うん……」

そう答えながらも、はるの視線は離れない。
胸の奥が、きり、と小さく鳴った。

(呼んでる……?)

だが、昨夜のような強制力はない。
ただ、懐かしさにも似た、曖昧な引力。

ミエルがそっと魔力測定器をかざす。

「……反応値、上がっています。
 ですが、暴走兆候はなし」

「アルバートの距離は?」

セナが尋ねる。

「一歩以内です。手を伸ばせばすぐに触れられる。
離れると途端に数値が跳ねます。」

ルートが苦笑する。

「ほんと、相性が悪いのか良いのか分からないね、その二人」

アルバートは何も言わなかった。
ただ、はるの背に手を添える。

その瞬間――

渓谷の奥で、空気が揺れた。

「……っ!」

兵の一人が声を上げる。

瘴気が一箇所に集まり、形を成していく。
獣の輪郭。だが肉体は曖昧で、まるで影が歩いているようだった。

「魔物化が進んでいる……!」

「数は一体だが、濃度が異常だ!」

第二騎士団が前に出ようとする、その刹那。

はるが、息を呑んだ。

視界が、歪む。

黒い靄の向こう――
“何か”が、こちらを見ていた。

『……ようやく……』

直接ではない。
頭の奥に、響く声。

『……黒の器……』

はるの指先が冷たくなる。

「……アル……」

その声は、かすれていた。

「離れるな」

即座に応える。

アルバートは、はるを自分の背に引き寄せた。

同時に、瘴気が一気に膨れ上がる。

「来るぞ!」

号令とともに、魔物が高台へと跳躍した。

第二騎士団が迎撃に入る。
魔法陣が展開され、剣と術が交差する。

だが――

「再生しています!!」

切り裂かれても、影は霧のように戻る。

「瘴気そのものが核だ!」

セナが叫ぶ。

「普通の討伐じゃ、削りきれない!」

その瞬間、はるの胸が熱を帯びた。

(……壊せる……)

“知っている”感覚。

魔法ではない。
属性でもない。

構造そのものを、ほどく方法。

一歩、踏み出そうとしたはるの肩を、アルバートが掴んだ。

「だめだ」

低く、強い声。

「はるがやる必要はない」

「でも……あれ……」

「大丈夫だ。俺たちがやる」

アルバートは前へ出る。

「ルート、拘束。
 セナ、結界を最大展開」

「了解!」

息の合った指示。

だが、瘴気は濃く、魔物はなおも再生を繰り返す。

その光景を見つめながら、はるの中で――
黒い何かが、静かに目を開いた。

『……まだ……』

声が、囁く。

『……まだ、使う時ではない……』

はるの視界が一瞬、闇に染まる。

次の瞬間。

アルバートの剣が、白く輝いた。

瘴気を切り裂くその一撃は、
“黒”ではなく――

“遮断”する様だった。

世界の流れを、一瞬だけ止める刃。

魔物の再生が、ぴたりと止まる。

「今だ!」

セナの浄化陣が重なり、
ルートの魔法が瘴気を拡散する。
第二騎士団が意気のあった連携で核に攻撃を仕掛ける。

影は悲鳴もなく、霧散した。

沈黙。

高台に、風が戻る。

アルバートは剣を納め、すぐにはるの元へ戻った。

「……大丈夫か」

はるは、少し呆然としながら、頷いた。

「……うん……
 でも……」

胸に手を当てる。

「……今……使わないって……言われた……」

「誰に」

はるは、答えなかった。

その代わり、
遠く、渓谷の奥を見つめる。

そこにはもう、声はない。

だが、確かに――
“待っている”気配だけが、残っていた。







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