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私とアリシア~レティシア目線~
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お母様が亡くなったのは、私が十歳の冬だった。
病だった。
奇しくも私が聖女としての力に目覚める、ほんの少し前のことだ。
母は静かに私の手を握って言った。
「神の声に、惑わされてはだめよ。自分の心で選びなさい。レティシア」
あの人らしい、優しくも芯のある言葉だった。
その声は弱々しくても、まるで私の心の奥深くに刻まれるように響いた。
お母様が息を引き取った、十日後のことだった。
凍てつく夜、月明かりが私の部屋の窓から差し込み、冷たい床に淡い光を投げかけていた。
私はまだお母様の不在に慣れず、ただ毛布にくるまって震えていた。
すると、突然、胸の奥で温かな光が灯ったような感覚がした。
それはまるで、お母様の最後の言葉が私の心に火を点したかのようだった。
次の瞬間、指先に柔らかな輝きが宿った。
驚いて手を広げると、淡い金色の光が私の掌から溢れ、部屋を優しく照らした。
それは温かく、まるでお母様の抱擁のような安心感に満ちていた。光は私の意志に従うように揺らめき、触れただけで傷を癒し、痛みを和らげる力を持っていることを、私は本能的に理解した。
これが、聖女の力。
私は呟きながら、涙が頬を伝う。
この力があれば、お母様を救えたのかもしれない。そんな後悔が胸を締め付けたが、そんな詮無いことを考えても仕方ない事だ。
それならば、この力で人の為、世の為に働き、私のように辛い思いをする人を減らしたい、と思った。
そうして、暫くして、神託が降りるようになり、神殿より、正式に聖女として認定された。
多忙な日々だったが、私は楽しかた。
そんな中、お母様が亡くなって一年後、お父様は再婚した。
相手は名もない商家の未亡人で、娘をひとり連れていた。
正直驚いた。
エルメロワ家は伯爵家で、由緒正しい。
代々、聖女の血筋を誇る名門なのだ。
だから私が癒しの力を発揮した時も、自然の流れだった。
由緒正しき家柄の当主であるお父様が、商家の未亡人、しかも子連れの女性を迎えるなど、誰にとっても予想外の選択だった。
私はその報せを、静かな書斎で受けた。
お母様の肖像画が見下ろす部屋で、お父様は落ち着いた口調で告げてきた。
「彼女は良い人だ、レティシア。理解してほしい」とだけ言われた。
私は言葉を飲み込んだ。
驚きはあったが、感情を表に出すことはなかった。ただ、胸の奥で小さな波が立ったような気がした。お母様の事は忘れたのですか?
その言葉が喉元まで上がってきたが、飲み込んだ。
そうして、ふたりは屋敷にやってきた。
私はアリシアを“連れ子”だと思っていた。
お父様もそう言ったし、誰もそれを疑わなかった。
だが、それは嘘だった。アリシアは、お父様の実の娘だったのだ。
お母様の生前からお父様は、その女、新しい母と称される商家の未亡人と関係を持っていた。
それを知ったのは数年後、偶然耳にした使用人の会話だった。
台所の隅で、年配のメイドがひそひそと囁く声が私の耳に届いた。
「アリシア様はご当主の血を引いているって、本当かしら。あの子の生まれた年を考えれば」
その言葉は、まるで冷たい刃のように私の心を刺した。
だが、確証がなかった。
噂話にすぎない、と思い込もうとした。しかし、真実は隠しきれなかった。
ある日、アリシアが怪我をした。
屋敷の庭で転び、膝をすりむいた彼女は、泣きながら私のもとに駆け寄ってきた。
彼女の桃色の髪が乱れ、大きな桃色の瞳に涙が光っていた。私は聖女としての務めを果たすべく、そっと彼女の膝に手をかざした。
その瞬間、掌から淡い金色の光が溢れた。
私の癒しの力が発動し、アリシアの傷は瞬く間に消えた。
だが、その光はいつもとどこか違っていた。
私の力が彼女の身体に触れた瞬間、まるで共鳴するように、彼女の内に微かな力が脈動しているのを感じた。
それは、聖女の血に宿る特別な輝き、エルメロワ家の血筋だけが持つ、神聖な力の片鱗だった。
私は凍りついた。
アリシアがただの“連れ子”ではない。
お父様の血を引く娘であり、聖女の力を秘めた存在であること。
それが、癒しの光を通じて確かな証拠として私の前に突きつけられたのだ。
それから間もなく、アリシアの癒しの力は発揮され、聖女となった。
胸の奥で、抑えていた感情が波となって押し寄せる。
お母様を裏切り、家族を偽り、そして私の知らぬ間に別の娘を儲けていたお父様。
ふたりがやってきてから、私の“家”が、まるで別物に変わっていった理由がすべて繋がった。
お父様は、お母様を失って悲しんでなどいなかった。
むしろ、妻としてアリシアの母を迎える“正当な口実”を手に入れたとすら、思っていたのかもしれない。
それ以来、私はアリシアを“妹”として接しながらも、その本質を見逃さなかった。
彼女は、私の持つものすべてを欲しがっていた。
“父の目線”
“家の中心”
“聖女としての尊敬”
そして、“王太子ラゼルとの婚約”
最初は、ただの憧れに見えた。
だが、彼女は違った。
欲しいものがあれば、手段を選ばない。
それが誰のものだろうと、
奪えばいいと、
そう教実母に教えられて育ったのだろう。
自分を置き続けた。
そして誰も、それを疑おうとしなかった。
「神託なんて、もともと曖昧なものだ」
「信じることこそが、信仰だろう?」
言葉とは、便利な鎧だ。
その鎧をまとった者に、真実は届かない。
けれど、私は見ていた。
彼女が祈っているふりをしながら、時折指先を震わせるのを。
神の気配が全く降りていない空間で、必死に“信仰の演技”を続ける姿を。
ああ、この子は知っているのだ。
自分が
“本物ではない”
ことを。
それでも、王都の人々は彼女を信じた。
だから私は、何も言わなかった。
神は気まぐれではない。
必ず、選ばれた者にしか語らない。
そして、神が語りかけなくなったとき、
その場に残るのは、力でも容姿でもない。
“信じられたという重み”
と、
“偽物だったという後悔”
と、
“ 神託は曖昧はない”
という現実だけだ。
病だった。
奇しくも私が聖女としての力に目覚める、ほんの少し前のことだ。
母は静かに私の手を握って言った。
「神の声に、惑わされてはだめよ。自分の心で選びなさい。レティシア」
あの人らしい、優しくも芯のある言葉だった。
その声は弱々しくても、まるで私の心の奥深くに刻まれるように響いた。
お母様が息を引き取った、十日後のことだった。
凍てつく夜、月明かりが私の部屋の窓から差し込み、冷たい床に淡い光を投げかけていた。
私はまだお母様の不在に慣れず、ただ毛布にくるまって震えていた。
すると、突然、胸の奥で温かな光が灯ったような感覚がした。
それはまるで、お母様の最後の言葉が私の心に火を点したかのようだった。
次の瞬間、指先に柔らかな輝きが宿った。
驚いて手を広げると、淡い金色の光が私の掌から溢れ、部屋を優しく照らした。
それは温かく、まるでお母様の抱擁のような安心感に満ちていた。光は私の意志に従うように揺らめき、触れただけで傷を癒し、痛みを和らげる力を持っていることを、私は本能的に理解した。
これが、聖女の力。
私は呟きながら、涙が頬を伝う。
この力があれば、お母様を救えたのかもしれない。そんな後悔が胸を締め付けたが、そんな詮無いことを考えても仕方ない事だ。
それならば、この力で人の為、世の為に働き、私のように辛い思いをする人を減らしたい、と思った。
そうして、暫くして、神託が降りるようになり、神殿より、正式に聖女として認定された。
多忙な日々だったが、私は楽しかた。
そんな中、お母様が亡くなって一年後、お父様は再婚した。
相手は名もない商家の未亡人で、娘をひとり連れていた。
正直驚いた。
エルメロワ家は伯爵家で、由緒正しい。
代々、聖女の血筋を誇る名門なのだ。
だから私が癒しの力を発揮した時も、自然の流れだった。
由緒正しき家柄の当主であるお父様が、商家の未亡人、しかも子連れの女性を迎えるなど、誰にとっても予想外の選択だった。
私はその報せを、静かな書斎で受けた。
お母様の肖像画が見下ろす部屋で、お父様は落ち着いた口調で告げてきた。
「彼女は良い人だ、レティシア。理解してほしい」とだけ言われた。
私は言葉を飲み込んだ。
驚きはあったが、感情を表に出すことはなかった。ただ、胸の奥で小さな波が立ったような気がした。お母様の事は忘れたのですか?
その言葉が喉元まで上がってきたが、飲み込んだ。
そうして、ふたりは屋敷にやってきた。
私はアリシアを“連れ子”だと思っていた。
お父様もそう言ったし、誰もそれを疑わなかった。
だが、それは嘘だった。アリシアは、お父様の実の娘だったのだ。
お母様の生前からお父様は、その女、新しい母と称される商家の未亡人と関係を持っていた。
それを知ったのは数年後、偶然耳にした使用人の会話だった。
台所の隅で、年配のメイドがひそひそと囁く声が私の耳に届いた。
「アリシア様はご当主の血を引いているって、本当かしら。あの子の生まれた年を考えれば」
その言葉は、まるで冷たい刃のように私の心を刺した。
だが、確証がなかった。
噂話にすぎない、と思い込もうとした。しかし、真実は隠しきれなかった。
ある日、アリシアが怪我をした。
屋敷の庭で転び、膝をすりむいた彼女は、泣きながら私のもとに駆け寄ってきた。
彼女の桃色の髪が乱れ、大きな桃色の瞳に涙が光っていた。私は聖女としての務めを果たすべく、そっと彼女の膝に手をかざした。
その瞬間、掌から淡い金色の光が溢れた。
私の癒しの力が発動し、アリシアの傷は瞬く間に消えた。
だが、その光はいつもとどこか違っていた。
私の力が彼女の身体に触れた瞬間、まるで共鳴するように、彼女の内に微かな力が脈動しているのを感じた。
それは、聖女の血に宿る特別な輝き、エルメロワ家の血筋だけが持つ、神聖な力の片鱗だった。
私は凍りついた。
アリシアがただの“連れ子”ではない。
お父様の血を引く娘であり、聖女の力を秘めた存在であること。
それが、癒しの光を通じて確かな証拠として私の前に突きつけられたのだ。
それから間もなく、アリシアの癒しの力は発揮され、聖女となった。
胸の奥で、抑えていた感情が波となって押し寄せる。
お母様を裏切り、家族を偽り、そして私の知らぬ間に別の娘を儲けていたお父様。
ふたりがやってきてから、私の“家”が、まるで別物に変わっていった理由がすべて繋がった。
お父様は、お母様を失って悲しんでなどいなかった。
むしろ、妻としてアリシアの母を迎える“正当な口実”を手に入れたとすら、思っていたのかもしれない。
それ以来、私はアリシアを“妹”として接しながらも、その本質を見逃さなかった。
彼女は、私の持つものすべてを欲しがっていた。
“父の目線”
“家の中心”
“聖女としての尊敬”
そして、“王太子ラゼルとの婚約”
最初は、ただの憧れに見えた。
だが、彼女は違った。
欲しいものがあれば、手段を選ばない。
それが誰のものだろうと、
奪えばいいと、
そう教実母に教えられて育ったのだろう。
自分を置き続けた。
そして誰も、それを疑おうとしなかった。
「神託なんて、もともと曖昧なものだ」
「信じることこそが、信仰だろう?」
言葉とは、便利な鎧だ。
その鎧をまとった者に、真実は届かない。
けれど、私は見ていた。
彼女が祈っているふりをしながら、時折指先を震わせるのを。
神の気配が全く降りていない空間で、必死に“信仰の演技”を続ける姿を。
ああ、この子は知っているのだ。
自分が
“本物ではない”
ことを。
それでも、王都の人々は彼女を信じた。
だから私は、何も言わなかった。
神は気まぐれではない。
必ず、選ばれた者にしか語らない。
そして、神が語りかけなくなったとき、
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